◇幕間◇ 産後の王妃様

 シルヴァが尻尾が揺らしながらラナの帰りを待っている頃。


 ギィランガ王国の城は緊迫に包まれていた。

 無事に元気な男の子を産んだ王妃が第二王子と共に城に帰ってきたのだ。


 そしてようやラナとの婚約破棄とビストニアへの嫁入り、第一王子がラナの妹を孕ませたことを知った。


 王妃はラナを第一王子の未来の妻として、そして第二王子が王に即位した際のサポート役として大事に大事に育てていた。彼女なら次期王妃が妊娠・子育てしている間も外交を任せられると。


 第一王子が信頼出来ない分、ラナに期待をし、彼女はそれに答えてきた。当時は先代も生きており、彼女には第二王子の婚約者よりも苦労をかけたはずだ。


 またラナは食の聖女として、ギィランガ王国の食を支え、気候を予測することで魔獣の発生や災害などを予測してきた。産業の聖女と共に食物の輸出入について毎年意見も出していた。


 食の聖女がいかに国に貢献しているか。

 ラナが抜けたことによるギィランガ王国の損失を国王陛下も宰相もまるで気付いていないのだ。


 ラナが嫁いでひと月以内であれば、こちら側の手違いだったとでも言って強引に連れ帰ることが出来た。


 だがすでに半年経っている。王城に残してきた伝達役も王と宰相に買収もしくは邪魔をされていた。彼らは意図的にこの事実を王妃の耳に届かないように細工していたのである。


 怒りで頭がおかしくなりそうだ。だがこのまま放置することは出来ない。

 彼女は先代王から王家の血を繋ぐ役目を任され、そして次期国王になる息子のためにも手を打たねばならない。王妃は怒りとストレスでズキズキと痛む頭を押さえ、いつかの時のために保管し続けていた切り札を引いた。



「先代国王の遺言に則り、国王ノームを退位させ、第二王子ユーリスが王位を継ぐ年になるまで私が国王代理を勤めさせていただきます」

「なっ!」


 王妃は一枚の書類を王に突きつける。

 書類に目を通すと、ノームの顔からみるみる血の気が引いていった。ようやく自分のしでかしたことの愚かさを理解したのである。


 一度目のやらかしは二十数年前。ノームが愛人を孕ませた際のことだ。


 公爵家は当時の陛下にある条件を提示した。その条件こそが、公爵家側の独断でノームを王座から引き下ろす権利を与えること。


 本来臣下である公爵からそれを求めることは不敬に当たる。だがこの条件を飲めないのであれば娘と王子の婚約は王家側の過失で破棄させてもらうと。ここで公爵家に逃げらてしまえば次の相手が見つかるはずがない。


 だが王子が子を孕ませた令嬢の家格は低く、王にはノームしか子どもがいなかった。親戚から養子を取るには遅すぎる。なんとしても優秀な公爵令嬢に逃げられる訳にはいかなかった。


 だから陛下は彼女に王としてのなんたるかを仕込み、同時にラナにも未来を託すことにしたのだ。


 先代が亡くなってから数年が経過しているが、遺言状に書かれたことは絶対だ。

 しかも王妃が所有しているものは先代のサインだけではなく、当時の重役達の名前が連ねられている。中には亡くなっている者もいるが、存命の者も多い。これを見せた時点で国王と宰相、ラナの婚姻に関係した者に逃げ道などない。


 王妃だってこんな紙、使いたくもなかった。

 サインをしてくれた彼らも信じたいという気持ちがあったからこそ、必要以上の口を出さずに見守ってくれていた。王妃もこの紙を受け取った際、この紙を突きつける時は再びノームに裏切られた時と決めていた。


「国王代理として命じます。国に多大なる損益を与えたこの者達を捕らえなさい」


 王妃は冷ややかな声で命令を下す。


 すでに退職した宰相を筆頭に、信頼出来る者達に声をかけている。彼らには第二王子が即位するまでの間の王妃のサポートと、後進を育てて欲しいと記した手紙を送った。


 ラナの婚姻により王家に不信感を持っている教会のフォローもしなければ。食の聖女が抜けた今、信頼出来る仲間を集めたところで薬学の聖女と産業の聖女を敵に回せば国は機能しなくなる。


 彼女達には王妃が代理を勤める間だけではなく、第二王子が即位した後も国を支えてもらわなければならない。また王位を正式に引き継ぐ前に、新たな食の聖女を育てなければ。


 ラナが抜けた穴は第二王子の婚約者まで及ぶ。

 側室を取るつもりはなかったが、彼女の能力次第では検討が必要となる。


 それから第一王子とその妻、腹の子の問題もついても。

 もう二度と同じ過ちを繰り返させぬよう、念には念を入れて対処しよう。



 やるべきことは山積み。

 けれど王妃が最も心配しているのはラナのことだった。


 才能を買って第一王子の婚約者に指名した子だったが、将来の家族として接してきた。第一王子がもっとしっかりとしていれば第二王子の婚約者にするつもりだった。


 あの子なら次期王妃として、そして息子の妻を任せられると。

 本気でそう思っていた。


 だがそんなしがらみなどなくなった今、努力家で優しくて賢いラナが辛い思いをしていないか心配でたまらない。


 ビストニア王家とはもう何代も前から揉め続けている。きっかけは本当に些細なことだったと聞いている。先代はどうにかならないものかと、よく頭を抱えていた。


 だが貴族達に根付いた獣人嫌いは年々拍車がかかるばかりで、溝も深まってしまっている。その溝に突き落とされるように嫁がされていったラナが無事であるはずがないのに……。


「守ってあげられなくてごめんなさい」

 玉座に腰掛ける王妃の頬には悔しさの涙が伝った。



 まさかラナがギィランガ王国に居た頃よりも良い生活を送っているとも知らずに。

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