第8話 お持ち帰り……?
☆ ☆
翌日、乃慧流は寮からの登校中、ずっと上機嫌だった。何故なら、彼女は昨夜のことを思い出していたからだ。唇を無理やり奪った相手の顔を思い浮かべる乃慧流。
(まさか、こんなに早く結さんとキスできるなんて……ふふ、興奮しちゃいますわね)
そんなことを考えつつ歩くうちに教室に到着すると、既に乃慧流の席の隣に座っていた真面目な梨乃がジト目で睨んでくる。
「乃慧流さん……朝からなんて気持ち悪い顔してるんですか……」
「あらあら? そんなことを言ってよろしいのかしら? いつものことではありませんか?」
「うわ、開き直ってる……怖っ」
「ふふ、失礼ですわね?」
そう言いながら席に座った乃慧流の脳内にはやはり結しかおらず、梨乃のことは目に映っていないようだった。
「もしかして、またお目当ての幼女を見つけたとか……? いい加減にしないとまた問題になりますよ? 風紀委員として、それは看過できません」
「ふふ、大丈夫ですわ」
「何が!? ……はぁ。まぁどうせ乃慧流さんを止めることなんて私にはできないですから、もういいです。勝手にやっててください。その代わり、どうなっても知りませんからね?」
呆れてため息をつく梨乃を見て、乃慧流はクスリと笑みを浮かべた。その笑みが何を企んでいたかは言うまでもないだろう。
そして、放課後になると乃慧流は予め情報屋の柚原七世から聞き出した中等部1年1組の結の教室の前に向かう。幸い、ホームルームはまだ終わっていないらしく、中から声が聞こえてきた。
窓から中を覗くと、結は教室の最前列に座って、真面目に教師の話を聞いている。
(あぁ……今日も結さんはなんて可愛いのでしょう……こんな可愛い生き物が存在していて良いのでしょうか?)
恍惚の表情を浮かべ、涎を垂らす寸前といった様子で結の後ろ姿を見つめる乃慧流。その目は恋する乙女そのものだ。が……
(しかし、このままではまずいですわねえ。わたくしのこの気持ちが抑えきれなくなりそうですわ)
乃慧流には結を自分だけのものにするという確固たる意志があり、そのためなら手段を選ばす、どんな卑怯な手でも使う覚悟がある。だからこそ、今のままでは足りないと判断したのだ。
(さて……今日はどうやって攻めましょうか。うふふ、楽しくなりそうですわ!)
そんなことを考えつつ教室の前でしばらく待っていると、ようやくホームルームが終わった。中から人がまばらに出てくる中、乃慧流は待っていましたと言わんばかりに行動を開始した。そそくさと教室を出ようとする結に背後から声を掛ける。
「結さん」
すると、結は少し驚いた顔で乃慧流の方を振り向いた。
「あなたは……っ、また性懲りも無く……一体どれだけ私の邪魔をすれば──!?」
「ふふ……そんなに慌てないでくださいませ。わたくしと結さんの仲ではありませんか」
「は? そんな仲になった覚えはありませんわ!」
「結さん、わたくし結さんにお伝えしたいことが──」
「嫌です!!」
乃慧流の言葉を途中で遮ると、結は早足でその場を去った。しかし、当然そんなことで終わるはずが無いのは明白。その後を追いかけながら乃慧流は口を開く。
「お待ちくださいまし。話の途中ですわよ」
すると、結は足を止めることなくこう答えた。
「うるさいです! もう金輪際あなたには関わり合いたくありませんわ!!」
そう言ってそのまま走り去ろうとした時だった。乃慧流の手が結を後ろから抱き上げ、そのまま壁際に追いやった。突然のことに驚く結だったが、その反応を楽しむように笑みを浮かべる乃慧流に対し嫌悪感を示す。そして、乃慧流の手を振り払おうとするも上手くいかない。
「ちょっ、離しなさい!」
「あぁ、結さんの匂い……落ち着きますわぁ……!」
うっとりと呟くと、乃慧流は結の首筋に顔を埋める。その感触に、思わず悲鳴を上げそうになるも必死に耐える結だった。が、乃慧流の方はお構いなしだと言わんばかりに深呼吸を繰り返している。そして、しばらくすると満足したように顔を離した。
「はぁ……この甘美なお体。やはりわたくしの運命の相手だったのですわ……!」
恍惚とした表情を浮かべながら、乃慧流はうっとりと呟く。
「気色が悪い……気持ち悪い……! もう我慢できませんわ……! どいてくださ──むぐっ」
我慢の限界が来たのか、再び怒鳴ろうとした結は突如手で口を覆われてしまうのだった。そして耳元で囁かれる言葉。
「あまり大きな声を出すと、皆さんに気づかれてしまいますよ?」
その声色からは有無を言わさぬ凄みのようなものが感じられ、結は何も言えなくなってしまう。乃慧流は続けて、こう囁く。
「ねぇ結さん……このまま、わたくしの寮の部屋まで来てくださいまし。──拒否権はありませんわよ? ふふ……」
乃慧流の妖しい微笑みを見て背筋が凍ったかのような錯覚を受ける結だったが、それでも気丈に応える。その目は鋭く、怒りを湛えていたのだった。
「嫌と言ったはずです……!」
結がそう口にすると、乃慧流は再び耳元で囁く。
「強情なお方ですわね。そんなところも可愛いのですけれども」
そう言うと結の口から手を離し、彼女を抱え上げたまま歩き出した。
「なっ、離してください!」
突然の浮遊感に驚きと恐怖心を覚えながらも結は暴れるが、乃慧流は涼しい顔でそれを制して歩いていく。すれ違う生徒達からの注目が集まっていることに気づきながらも、乃慧流は全く気にしていないようだ。そしてそのまま昇降口に辿り着いてしまい、靴箱の前で結を下ろすことにしたようだった。しかしそこで、結は再び抵抗を始めるもやはり上手くいくことはなく。乃慧流はそんな様子の結を見てクスリと笑った。そして──
「そんなに心配せずとも、大丈夫ですよ? 痛くしませんわぁ……」
そう言ってゆっくりと手を伸ばし結の靴箱を漁ると、結の外履きを靴箱から取り出す。
「ほら、自分で履き替えられますか?」
「馬鹿にしないでください!!」
怒りを露わにしながら乃慧流の持っている靴箱を奪い取ると、結は外履きと取り替えた。そして、そのまま乃慧流を置いて校舎から出ていこうと──しかしできなかった。乃慧流に腕を掴まれたのだ。振りほどこうと力を込めるものの乃慧流の手はビクともしない。それでも抵抗を続ける結だが、結局乃慧流の手を振りほどくことはできなかった。
「ふふ」
そんな結に対して、楽しそうに笑う乃慧流なのだった。
そしてそのまま菊花寮に連行して、乃慧流の部屋に到着した。成績優秀な生徒が集まる菊花寮は個室、つまりここに連れ込んだからにはもう邪魔するものはいない。
中に入りドアを閉められると、乃慧流は結を床に下ろす。
「さあ、着きましたよ。──ふふ……楽しみですわね……」
呟きつつ微笑む乃慧流だったが、結は鋭い目つきで睨んでいた。しかし乃慧流はそれを涼しい顔で受け流しつつこう続けたのである。
「……ふふ。その目つき……ゾクゾクしてしまいますわ……」
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