第4話 中学デビュー失敗!
☆☆
入学式を終え、教室にたどり着いた結は困り果てていた。入学式では、顔見知りの『天寿』理事長や生徒会長の挨拶に続いて、高校在籍のアイドルや芸能人によるライブが催され、周囲の熱狂に飲まれて疲れ果ててしまった。
だが、問題はそれではない。今度こそ友達を作ってやろうと意気揚々と教室に戻ってきたものの、やはり友達の作り方が分からない。そもそもどう話しかけていいかも分からないし、なんの話題を話したらいいかも分からない。
(一般庶民はどんなことを話しているのでしょうか? 将棋や麻雀や競馬に興味のある方はいらっしゃるかしら? それとも株や投資の話をすればよろしいんですの?)
分からない。だが、他の人たちが話している内容を聞く限りではどうやらそんな話はしていないらしい。結の全く知らない単語が飛び交う、別世界の会話が展開されていた。まるで、外国にでも来た気分だ。
(はぁ……やっぱり友達を作るのは諦めた方がいいのでしょうか)
かといってそのまま待っていても皆結のオーラに気圧されて話しかけてこない。
悩んでいると、教壇に立った担任の教師がこんなことを言い始めた。
「はい、では皆さん1人ずつ前で自己紹介してみましょうか!」
(自己紹介……?)
ザワつく教室、だが結にとってこれはチャンスだった。ここで上手くクラスメイトの心をつかむことが出来れば、間違いなく友達はできるだろう。結はどんなことを話そうかと考えながら自分の番を待った。
「はい、じゃあ次、天王寺結さん」
「……はい」
結は教師に促されて教壇に登る。そこからクラスを見渡すと、約三十人の視線が自分に集中していることが分かった。幼い頃からこのようなプレッシャーには慣れている結は、全く動じずに自己紹介を始める。
「初めまして、私、天王寺結と申しますわ。趣味は──」
「天王寺さんって、お金持ちなんだよねー? お母さん言ってたよ?」
「……ま、まあ」
最前列の生徒に話の腰を折られた結は苦笑を浮かべる。
「えっ、どんな家に住んでるの?」
「今朝来てたあの高そうな車って天王寺さんの?」
「今度焼肉おごってー!」
「ま、まあ……」
あちらこちらから上がる黄色い声に、結は愕然とした。これではまるで自分が人気者のようではないか。てっきり嫌われているかと思っていたというのに、意外な展開に戸惑う結。
「あ、あの……お話は一人ずつ……」
真面目な結は、一人一人の話を聞こうと身を乗り出す。だがその時、誰かがボソッと呟いた一言で教室の空気が凍った。
「でもさ、天王寺さんの家ってヤクザなんでしょ?」
「えっ……」
再びザワつく教室。
「ま、まあそう呼ばれていたこともあると聞きますわ……」
「へぇ……ってことは、天王寺さんに失礼なことしたらコンクリートに詰められて伊勢湾に沈められたり、怖い人に捕まって小指を切り落とされたりするのかな?」
「しないと思いますわ。多分……」
「多分……?」
「昔、そういうことがあったと聞いた事が──」
友達になるかもしれない相手に嘘は良くないと思い正直に答えると、教室は静まり返ってしまった。教師ですらひたすらオロオロとしている。結は泣きたくなった。しかし、人前で涙を流すのは弱い人間のすることだという祖父の教えを守って、必死に耐えた。
「え、えっと……皆さん天王寺さんと仲良くしてあげてくださいね……?」
教師はそう言うが、教師自身もビビっているのは明らかだ。きっと、触らぬ神に祟りなしとか思っているのだろう。いつもそうだ。と結は内心ため息をつく。
もちろん、その後結に話しかけてくる生徒はいなかった。
こうして、結の中学生デビューは失敗に終わったのだった。
☆☆
「いいえ、まだ終わっていませんわ……」
放課後、結が握っていたのは部活動紹介の紙であった。
(青春といえば部活、部活といえば青春。つまり部活に入れば友達ができるということ!)
結は興味のある囲碁将棋部の部室を訪れ、扉をたたく。
「ごめんください」
「はいはい、こんにちはー」
部室から出てきたのはメガネをかけた優しそうな高校生の先輩だ。彼女は腕を組みながら結を品定めするように眺める。
「ふむふむ、入部希望かな?」
「いいえ、体験を……」
「初心者の子?」
「いえ、将棋なら多少は……」
「そっかそっか、じゃあとりあえず誰かと対局してみましょうか! あっ、そうだ。ちょうどいいところに! ──おーい、かすみー!」
先輩は、遠巻きにしていた一人の生徒を手招きする。それに応じてやってきた女生徒は、黒髪をツインテールにまとめた小柄な高校生だった。といっても、結よりは二回りは背が高い。かすみと呼ばれた高校生は、結を見下ろすとふーんと鼻を鳴らす。
「この子が新入生?」
「そう、ちょっと相手してあげてくれる? かすみも将棋始めたばかりだし、ちょうどいいかなって思って」
「なるほどね〜。まぁ、私は筋がいいって言われてるから、こんなちっこい子なんて相手にならないわよ」
「まあまあそう言わずに、少し手加減してあげて」
「いえ、手加減は不要です」
結がそう答えると、かすみは気分を害したらしく「なによ生意気ね。いいわ、お望みどおりボコボコにしてあげるから」などと呟いた。
「あはは、喧嘩はだめだよー?」
メガネの先輩がやんわりと仲裁に入り、二人は盤を挟んで椅子に座り、駒を並べ始める。完全に勝利を確信した様子のかすみに対し、結の表情にはあまり感情が宿っていない。どこか不気味な様子であった。
「「よろしくお願いします」」
挨拶と共に、先手の結がパチンと音を立てて駒を動かす。それとほぼ同時にかすみも手を指す。
しばらくして、かすみはなにかに気づいたようだ。
「
「古いけど、それだけ研究されていて定石が確立されている戦法だよ。なるほど、なかなかやるねぇ」
メガネ先輩が答えると、「わかってるわよ!」と返すかすみ。少しはできるようねと結を挑発する。だが結は眉ひとつ動かさない。それだけ集中しているのだ。
さらに少し経つと、かすみは明らかに押されているのを感じ始めた。駒を集めて敵陣の一点突破を試みるかすみに対して、結は守りに使用していない駒を縦横無尽に操り、的確にかすみの陣容の弱点をついて突き崩していく。瞬く間にかすみは防戦一方になり、結局そのまま結が攻めきってかすみの
「つ、つよ……何この子……」
「これは……逸材かも?」
驚いた様子のかすみ&メガネ先輩。その時、やっと結がふうっと大きく息を吐いた。
「えっと……将棋は誰に教えてもらったの?」
「祖父に師事しておりましたわ」
「おじいちゃん? ……もしかして有名なプロ棋士だったりする?」
メガネ先輩の問いかけに、結は首を傾げた。
「いえ、そのようなことはなかったと思いますが……」
「そういえば名前聞いてなかったね! お名前は?」
「天王寺結と申します」
「天王寺……?」
その名前を聞いて何か思い当たる節があったのか、メガネの先輩がハッと目を見開く。
「天王寺……もしかして、関西で有名な天王寺グループの社長さんと親戚だったりしない……?」
「孫ですわ」
隠しても仕方ないと思い、結が答えると二人だけでなく周りにいた上級生までもがざわつきはじめた。
「やっぱすごい……」
「さすが金持ち……格が違う……」
「でもさ、天王寺って……?」
(……!)
先ほどのクラスメイトの発言が蘇る。結が思わず俯くと、それに気づいたかすみがニヤリと笑った。
「ふーん……あんた、天王寺っていうのね?」
「……?」
結が顔を上げると、そこには何故か勝ち誇ったように微笑むかすみの姿。結は、なぜか背中に嫌なものを感じた。
「天王寺ってことは、元ヤクザでしょ? ヤクザのボスの孫娘だから、私達みたいな庶民と仲良くできないのよねー? しょうがないわよねぇ」
「……」
結が悲しそうな顔をすると、かすみは嬉々として追い打ちをかける。
「金持ちだから、私達庶民のことを見下してるんでしょ? そのお金も、汚いことして稼いだお金なんじゃないの?」
「ちょっとかすみ、言い過ぎ」
メガネ先輩の言葉にも聞く耳を持たず、嘲笑を続けるかすみ。だが結はそんな彼女をじっと見つめていた。そして、静かに口を開く。
「いいえ、天王寺グループはやましい事など一切しておりません。それに、わたくしもあなたたちと同じ普通の女の子ですわ」
結がキッパリと言い放つと、周囲の空気が一瞬固まった。
「はぁ!? どこが!? 普通なわけないでしょ!? あんたと私達の間には越えられない壁があんのよ! 生まれながらにして天と地の差があんの、まあ天王寺グループのお嬢様には分からないでしょうけどね!」
結の返答に怒りを覚えたかすみが怒鳴る。
「……確かに、そうかもしれませんわね。でも──」
しかし結は怯むことなく言葉を返した。
「わたくしは、誰よりも普通になろうとしてきた。あなた方のことを理解しようと──」
「それがどうしたって言うのよ!」
かすみが結の言葉を遮る。結はその瞳を見て、彼女が心に闇を抱えていることを察した。だが、彼女の言葉を受け入れないことには庶民に歩み寄ることはできないと思ったのも事実だった。
「いい? 私達にとっての"当たり前のこと"が、あんたにはわからないのよ! わかるはずがないわ!」
「……そう、ですわね。わたくしには何もわかりません。申し訳ありません」
そう答えると、結は部室を後にした。誰も追いかけてきてはくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます