1・3

 私に与えられた仕事は大量の豆の選別。腐ったものが混じっているので、使えるものとダメなものを分ける。狭い厨房では邪魔になるから勝手口の外でやっている。面しているのは細い路地で通る人はまばらだ。


 空き箱に腰掛けて、一粒一粒チェックすること数十分。半分ほど終わった。 


 ……ラクでいいけど眠くなりそう……。


 学校、バイト、お婆ちゃんの話し相手に家事、合間に勉強。

 正直、しんどい。

 でも陛下の善意を断る勇気はなかったし、私ががんばることが、無念の死を遂げたお祖父ちゃんの名誉回復に繋がるかもしれないと思うと……






「待て!! 貴様!!」

 突然聞こえた怒声にハッとする。まずい、寝ていたみたいだ。しっかりやらないとお給料をもらえなくなる。

 てのひらに乗せたままだった豆をチェックして振り分ける。


「待て! どこのもんだ!」

「逃げんじゃねえ!」


 物騒な言葉と騒がしい足音が段々と近づいてくる。

 やだな。こっちに来そう。いったん中に入ろう。

 よいしょと立ち上がったとき、角から男が飛び出てきた。

 しまった、遅かった。


 しかも向こうに行ってくれればいいのに、私のほうに走ってきた。意外にも追われているのは細見の優男やさおとこだ。しかも下町の路地裏にはふさわしくない高価な服を着ている。

 なにをやらかしたんだろう。


 一瞬湧いた好奇心に、男の顔を見る。バチリと視線があった。印象的な緑の瞳。見たことあるような、整った美形。


「え! アルフォンス!?」

「あ! ユベール!」


 逃げていたのは学生部の同窓生、アルフォンス・ラフォンだった。ヤツらしくない情けない表情をしているけど、見間違いじゃないと思う。


「待て! クソ!」

「ぜってえ逃さねえぞ!」

 怒声が迫る。


 考えるより先に体が動いた。勝手口の扉を開きアルフォンスの腕を掴む。『こっち』と引っ張り、その勢いのまま中に放り込み扉を閉めた。

 間一髪で追手がふたり現れる。


「おい、坊主! 男はどっちに行った?」

「大通り」とそちらを指差す。

 ふたりの男は礼も言わずに走り去る。その後ろ姿が見えなくなるのを待って、厨房に入った。


 ――しっちゃかめっちゃかだった。


 投げ込んだアルフォンスが作業台に突っ込んだみたいだ。食材やらボウルやらが床にぶちまけられている。

 顔を真っ赤にした料理長が私を睨む。


「す……」

「クビだっ! クビクビッ!」料理長が怒鳴った。「今すぐ出てけっ! 料理にされたくなかったら三を数える間になっ。サン! ニィッ! イ……」

 アルフォンスの腕を掴んで外に飛び出す。


 バタン!と扉を閉めてから、足元に選別した豆がこぼれていることに気づいた。入れ物を蹴飛ばしたらしい。 

 お詫び代わりにせめてこれくらいは直して帰ろう。

 しゃがんで豆を拾う。と、脇から手が伸びてきて、同じように拾い始めた。

 アルフォンスだ。


「お坊っちゃまは落ちたものを拾ったらいけないんじゃないの? 一昨日僕にそう言って物を拾わせたよね」

「……借りを作りたくない」

「別に。そばにいられるほうがキモい」

「お前っ!」アルフォンスが顔を真っ赤にしている。

「うっかり助けちゃったけど意味はないから。つい親切心が出ちゃっただけ」


「あっ! いた!」聞き覚えのある声がした。

 さっきのふたり組が大通りのほうから猛然と走ってくる。

「クソ坊主っ! 嘘を教えやがったな!」


「ヤバっ!」

 豆を放り出して駆け出す。となりにはアルフォンス。

「君はいったいなにをやらかしたんだよ!」

 思わず叫ぶ。

 返事は返ってこない。

 ほんとイヤなやつ!


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