第2話
全ての家事を終え、私はダイニングテーブルにペンダントを置いた。
時刻は午後十一時。もう寝なくては。明日の仕事に差し支えてしまう。そう思うものの、ペンダントが気になって仕方なかった。
「和子。何だい、それ」
夫の
私は
「雑貨屋さんでね、貰ったの」
「貰った?」
「ええ……」
支払いをしていないのだから、貰ったという表現が正しいのだろう。だが、魔女から「あげる」と言われたわけでもない。
自信が持てない私の声を気にしたのだろう。
「和子、明日も早いんだから、ほどほどにね」
明日も仕事に行き、フルタイム働き、
「ほどほどにって、何……」
私の口から、醜い恨み言がもれ出た。
「少しくらい、いいじゃない」
「悪いとは言ってないよ。ただ、ね」
「毎日
わかってる。わかってる、けど。
「もう疲れた……」
言ってはいけないことを口走ってしまった。
パシンと、乾いた音が響く。ジンと頬が痛む。
「……ごめん」
「……ごめんなさい……」
リビングは静まり返った。
「…………早めに寝なさい」
私は椅子に腰掛けて、写真立てを両手に抱えた。
写真には、笑顔の
半年とちょっと前、剣道の県大会で優勝した時の写真だ。この頃は、まさかあんなことが起きるなんて思わなかった。
「
早く意識を取り戻して。お願いだから。
そう願い、私は写真立てをぎゅっと抱きしめる。
その時、ペンダントが輝き始めた。
「……え?」
さっきまで普通のペンダントだったのに。今やキラキラと煌めいている。私はペンダントに顔を近づけた。
宝石の中に、何かの影が見える。それに見とれていると、次第に周りの景色が溶けていった。
部屋は洞窟に変化する。
空気は湿気を帯びて、ジメジメとしていた。足元には、見たこともないようなおぞましい虫が這い回っている。虫が苦手な私は発狂しそうだった。その場で体を震わせる。
「ケンー、ほんとにここで合ってるのー?」
洞窟の奥から聞こえた女性の声に、私は振り返る。
「合ってる。俺の勘が、そう言ってる」
「またそれぇ? ま、ケンの勘が外れたことなんてないけど」
私は目を見開いた。
「
私は
けど、私の手は
二人は暫く洞窟を歩いた。私は後ろからついて行くしかない。
やがて、洞窟の最深部に辿り着く。
開けた空間は、まるで何かを祀っているかのようだった。辺りにはドラゴンを模した石像がいくつも置かれている。
途端に
「ケン、大丈夫?」
少女が問いかける。
私も
何なの、これは。私は何を見せられているの。
「惑星のペンダント。今生きている世界線とは別の異世界を覗く魔法具だよ」
私は振り返る。
背後には、星降堂で出会った魔女がいた。彼女は私に微笑んでいる。
もしかして、ここは異世界とでも言うの?
「くひゅひゅ、大正解」
魔女はさも面白そうに笑う。
私が見ている景色は異世界のもの。もしそうであるならば、目の前にいる
「彼は、君たちの息子、
意味が、わからない。
「でも、私達の
私はそう言ってみるが、私の記憶は彼を
口調も、仕草も、私がよく知る
「異世界転移って、知ってるかい?」
魔女は尋ねた。
異世界転移。現実とは異なる世界に飛ばされること。
え、まさか……
「そのまさか。
ありふれた? ふざけないで。
「意味がわからないわ。そうよ、今この映像も、あなたが見せているものなのね」
「はぁ、大人とやらは頭が固くて困るよ」
魔女はわざとらしくため息をつく。まるで、私を小馬鹿にしているみたいに。
許せない。
「そんなことより、見てみなよ」
魔女は
「すっごい!」
耳が尖った少女が、
「すごいよ、さすがケン! 誰も引き抜けなかった、聖剣・エクスカリバーを引き抜いちゃうなんて!」
私は……私は、涙が堪えきれなかった。ずっと見たかった
魔女をちらりと見る。彼女はニッと笑ってこう言った。
「残念ながら、私はそんなにお人よしではないよ」
魔女はそう言って姿を消す。文字通り、いきなり消えてしまった。
やがて景色は、霧が晴れるように消えていく。そして私は、いつものダイニングにぽつんと一人だけ。
今のは夢だったのか、それともペンダントが見せた現実なのだろうか。
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