貴方様は女神様
カシコちゃんの怯えと不安を見て取った周囲の者たちはすぐさま胸に手を当てひざまずきました。
「これはこれは女神様。突然のことゆえさぞかし驚かれたことでしょう。ここは我らの施設で最も神聖な場所、中央演算処理聖堂です。そして我らはこの施設で働くあなたの
数十名の者たちのひとりがカシコちゃんの疑問に返答しました。彼がこの施設の代表のようです。もちろん彼の返答を聞いてもカシコちゃんの疑問は解消しません。それどころか謎は増えるばかりです。
「ここは何の施設なの。あたしが女神ってどういうこと。なぜあんたたちがあたしの下僕なの。そもそもどうしてあたしはこんな所にいるのよ。幼稚園の園舎で気持ちよくお昼寝していたのに」
若干怒気のこもったカシコちゃんの言葉を聞いて、下僕たちはさらに深く頭を下げました。
「お昼寝の最中でありましたか。尊い睡眠を妨げるような真似をいたしましたこと、謹んでお詫び申し上げます。この施設の存在理由は我らにもわかりかねます。我らが存在を開始した時からこの施設は存在していたからです。空や大地が何かと問われても答えられないのと同じように、この施設が何かと問われても我らにはわかりかねるのです」
(こいつらひょっとしてバカじゃないの。幼稚園はあたしが生まれる前から存在していたけど、それがどんな施設かちゃんとわかっているんだから)
とカシコちゃんは思ったのですが、バカに対して「あんた、バカでしょ」と指摘してもムダだということはこれまでの経験でわかっていたので何も言わないことにしました。
「あなた様がここに存在しているのは我々が呼び出したからです。定められた掟に従って新月の日の午後零時、我々は女神様召喚の儀式を執り行っております。これまで370回儀式を行いましたが女神様は一度も姿を現していただけませんでした」
(370回ってことは30年くらいか。またずいぶんと気の長い話ね)
カシコちゃんは賢いので新月370回分が約30年であることくらい計算するまでもなくわかるのです。
「しかし、371回目となる本日、ついにこの儀式が成功し女神様がこの聖堂に降臨されたのです。ありがとうございます」
「儀式、女神、降臨……これって、もしかしたらあたし、異世界に召喚されたってこと!」
実はカシコちゃんは将来に向けての勉強の息抜きとしてラノベを読んだりアニメを見たりしていたのです。その内容のほとんどが異世界転移や転生でした。そして現在の状況はそれらの物語でお馴染みの内容とほとんど同じでです。となればカシコちゃん自身も異世界に来てしまったと考えるしかありません。
「なるほどね。元の世界に未練がないわけじゃないけど、この異世界で女神として生きていくのも悪くないわ」
ラノベを読み込んでいただけあって異世界モノ主人公並みに切り替えが早いカシコちゃんです。
「我々があなた様の下僕である理由は我々を作ったのが神だからです。あなたは女神様、つまり女性の神。我々の創造主なのですから主人として崇めるのは当然と言えましょう」
「あんたたちを、作った?」
この答えを聞いたカシコちゃんは少し考えました。よく見ると周囲でひれ伏している者たちはあまり人間っぽくないのです。着ている服はみんな同じ。超光速ロケットの乗組員みたいに体に密着した光沢のあるスーツを着用しています。そして顔も背丈もみんな同じ。手や顔の皮膚もスーツと同じように光沢があります。声は男性っぽいのですが性別はよくわかりません。
「ひょっとしてあんたたち、ロボット?」
「はい。我々は神によって作られたアンドロイドです。生物ではありませんが可能な限り神に似せて作られているので、食事をしたり涙を流したり夢を見たりできます。ただし生殖能力は持ち合わせておりません。耐用年数である30年目になると再生処理装置に自己を投入し、記憶を保持したまま新しいボディに生まれ変わります」
「この異世界、ちょっと変わっているわね」
これまでカシコちゃんが親しんできた異世界モノのほとんどが剣と魔法が支配する世界を舞台にしていました。今回のように科学技術が高度に発達した世界へ転生する話など聞いたことがありません。
「でもこれはこれで面白いかも。なにしろあたしはこいつらを作った女神様なんだから。きっとこいつらは人間を神と思い込んでいるのね」
このアンドロイドたちがカシコちゃんに対して絶対服従であることは間違いないようです。それならば何も恐れるものなどありません。
「で、あたしをこの世界に召喚した理由は何?」
「理由などありません。女神様召喚儀式は我々に組み込まれたプログラムであり、その設定に従って毎月儀式を行い、その結果あなた様がここにやって来た、それだけのことでございます」
「何よそれ。じゃあ、あたしはこの世界で何をすればいいの」
「何をされるかは女神様ご自身でお決めください。何をするのも自由ですし何もされなくても一向に構いません」
「なんだか張り合いがないわね。まあいいわ。それからその女神様っていうのはやめてくれない。あたしにはカシコって名前があるの」
「わかりました。それではカシコ様と呼ばせていただきます」
「あんたは何て呼べばいいの?」
「私はロボ1号です。右隣にいるのがロボ2号です」
「初めましてカシコ様。ロボ2号です」
「その右隣がロボ3号です」
「初めましてカシコ様。ロボ3号です」
こうしてアンドロイドの紹介は進んでいき、ロボ30号になったところで終了しました。
「なるほど耐用年数30年だから30号までいるのね。1年に1体ずつ処理されて新品になっていくわけか」
きっと代表として喋っているロボ1号が一番新しいのだろうなあとカシコちゃんは訳もなく思いました。
「さてカシコ様、何かご要望はありますか」
「そうね、手始めに着替えをちょうだい。幼稚園の制服と下着が寝汗で濡れて気持ち悪いの」
「あいにく着替えなどというものはここにはありません。濡れているのなら乾かしましょうか」
「ちょっと、女神様を召喚するのなら着替えくらい用意しておきなさいよ。もしかして一生この園児服のまま過ごせって言うの」
「現状ではそのようになります」
カシコちゃんは一気に不機嫌になりました。そしてアンドロイドだけの世界で生活することの難しさをようやく理解したのでした。
「だったら取り敢えず今あたしが身に着けている服装を複製して。これだけの科学技術力があるんだからそれくらいできるでしょう」
「お安い御用です。こちらへどうぞ」
カシコちゃんはロボ1号に連れられて中央演算処理聖堂を出ました。外は青空が広がり、地面には芝が植えられ、樹木が立ち並び、大きくて白い建物がいくつも建っています。まるでどこかの研究所みたいです。
「こちらへどうぞ」
案内されて入った建物の内部は精密機械メーカーの工作室のようでした。
「これは万能型3Dプリンターです。ほぼあらゆる物体をほぼ完ぺきに複製できます」
「へえ、すごいじゃない」
「それでは複製を希望する物体をその台に載せてください」
カシコちゃんは素っ裸になると着ていた衣類を全て台に載せました。一応女性ではありますがまだ5才ですし相手は人ではなくアンドロイドなので少しも恥ずかしくありません。
「では起動させます。ポチっとな。完成です」
作業は一瞬で終わりました。完成品排出口から出てきたのは色も大きさも材質もまったく同じ制服と下着と靴下です。さっそく着用してみると肌触りも大変心地良く、カシコちゃんはすっかり感動してしまいました。
「思ったよりやるじゃない。ねえ、これって複製しかできないの。希望した製品を生み出すことは可能?」
「音声による特徴の解説と図形による具体的な指示があれば、元になる物体がなくてもそれに近い物を製作できるはずです」
「できるはずって、あんたたち、試してみたことはないの?」
「我々アンドロイドは無から有を生み出す能力を持っておりません。ゆえに複製以外の用途で使用したことはありません」
ああ、これがロボットの限界なのだなとカシコちゃんは思いました。人間の英知を見せつけてやる良い機会です。
「そうねえ、何を作ろうかなあ……そうだ、寝具にしよう」
カシコちゃんはマイクに向かって「ふかふかで保温性抜群の羽毛布団6点セットを希望。掛け布団と敷布団、それぞれのカバー。枕とそのカバー。大きさはダブルで」と言った後に、ディスプレイに布団と枕とカバーの色と形を表示させて装置を起動させました。
「うわあ!」
装置から排出された羽毛布団6点セットはほぼカシコちゃんの希望通りでした。感動のあまりふかふかの羽毛布団に頬ずりしてしまったのですが、様子を見ていたロボ1号の感激ぶりはカシコちゃんの感動を遥かに凌駕していました。
「な、何と言うことでしょう。これが神の創造力なのですね。皆さん、アンドロイドの皆さん、すぐに集合してください!」
ロボ1号の呼びかけによって残りの29台は直ちに工作室へやってきました。
「今、私は神の奇跡を目の当たりにしました。これをご覧ください。羽毛布団6点セットです。女神であらせられるカシコさまが創造されたものです。これほどの賢さがこの世に存在するとは驚き以外の何物でもありません。これぞ神の為せる御業!」
ロボ1号の言葉を聞き羽毛布団6点セットを見たロボ2号から30号は口々にカシコちゃんへの称賛を始めました。
「賢きことは素晴らしきかな」
「知りがたきこと陰の如く、賢きことカシコ様の如し」
「賢いという言葉はカシコ様のためにある」
「賢いヒロイン、ここに爆誕!」
「あたしの下僕たち、この程度で驚いてもらっては困るわ。あたしの奇跡はまだまだ続くんだから」
調子に乗ったカシコちゃんは欲しい物を次から次へと製作しました。パジャマ、普段着、靴、机、椅子、ぬいぐるみ、タオル、石鹸、ノート、ボールペン、作りまくっているうちにカシコちゃんはあることに気付きました。ディスプレイには文字が一切表示されないのです。
「ねえ、文字はどうやって表示させるの?」
「文字? 文字とは何ですか」
「文字を知らないの? 言葉を書き記すための記号よ。文字が無きゃ困るでしょ」
「いえ、困りません。言葉は音声だけでなく電気信号によって伝達できますし超大容量のサーバーに電磁気的に記録されていますから。言葉を記号として扱う必要などないのです」
この異世界は本当に生きづらいなあとカシコちゃんは思いました。アンドロイドなら目や耳を使わずとも有線や無線で情報を遣り取りできるでしょう。しかし人間はそうもいきません。文字を読んで情報を取り込むのが一番正確で楽なのです。
「仕方ないわね。じゃあ文字を教えてあげる。まずは平仮名ね」
こうしてその場でカシコちゃんによる国語の授業が始まりました。平仮名と片仮名五十音図。そして小学一年生で習う漢字80字を教え終わった時、そこに集合していたロボ1号から30号までのアンドロイドは一斉にカシコちゃんを褒め称え始めました。
「言葉を記号に置き換えるとは、なんという賢さ!」
「この賢さはもはや奇跡!」
「賢者とはカシコ様の代名詞である」
「賢いヒロイン、ここに爆誕!」
「お勉強していたらお腹が空いてきたわね。今って何時頃なの」
「午後六時です」
おやつを食べないまま夕食の時間になってしまいました。どうりで空腹を感じるはずです。
「ねえ、今日の夕食は何? ご馳走を食べさせてくれるんでしょう」
「はい。我々は神に似せて作られておりますので神様と同じ栄養素を摂取してエネルギー源としております。必ずやカシコ様の期待に添えられると確信しております。では食堂へ参りましょう」
30体のアンドロイドと一緒に食堂へ入ると中央には大きな長方形のテーブルが置かれていました。上座に当たる北側にカシコちゃんが座り、その両側に15体ずつアンドロイドが着席しました。
「本日の夕食、セット!」
ロボ1号が手を叩くと各自の前のテーブル表面に穴が開き、そこから本日の料理を乗せたお盆がせり上がって来ました。
「えっ、これが夕食」
カシコちゃんは大いに落胆しました。お盆に乗っているのは大豆ほどの大きさの丸薬5粒と水を入れたコップ、それだけです。
「この丸薬は完全栄養食でして、五大栄養素のタンパク質、糖質、脂質、ビタミン、ミネラルがバランスよく含まれております。また丸薬5粒のカロリーは1日の必要量の3分の1ですので3度の食事で過不足なく摂取できます。さらに消化器官に入ると体積が数倍に膨張するため満腹感も味わえます。コップの液体はただの水です。水はお代わりができます」
ロボ1号の説明を聞いてウンザリするカシコちゃんです。確かに栄養学的な面ではこれで十分なのでしょうが、食事を楽しむという娯楽の面では完全に不十分です。
「丸薬の原料は何? 工業的に製造されているの?」
「いえ、原料は穀物や野菜などの植物です」
この返事を聞いたカシコちゃんの顔が輝きました。
「じゃあ農場で栽培しているってこと?」
「はい。現在は米、小麦、豆などの穀物。トマト、キャベツなどの野菜類、果実、芋、さとうきびなどを栽培しています。栽培していない植物についても種や苗などが保存されていますので追加の栽培が可能です」
「そう、それなら改善の余地があるわね」
カシコちゃんは大いに喜びながら5粒の丸薬を一気に口に放り込みました。甘さと塩辛さが混じった不思議な味でした。
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