第6話 恋人らしいこと
「で、恋人ってなにするの?」
宇多見は俺に尋ねる。
「知らん」
俺は答えた。
昨日、晴れて、と言っていいのか分からないが、俺と宇多見は恋人になった。
しかし『恋人』を名乗っただけで中身が伴わなければ意味がない。現状をたとえるなら、映画のチケットを購入しただけで鑑賞もしていない状態だ。批判する権利を得られるわけもない。
そんなこんなで俺たちはいつものベンチに座り、『具体的になにをすべきか会議』を開催していた。
「というか恋人って普段なにしてるの?」
「知らん」
宇多見は呆れたようにため息をついた。
「なにも知らないんだね」
「お互い様だろ……!」
「『知らん』だけじゃ会議にならないでしょ。推測でもいいからなにか建設的なことを言ってよ」
「う……、そうだな。ええと……。トイレを使ったあとちゃんと蓋を閉めるか閉めないかで揉めてる」
「普段すぎる! もう若干倦怠期じゃん」
「でも実際そんなもんだろ」
「じゃなくて、もっとこう……、あ、熱々というか、そういうやつをちょうだい」
宇多見は両手で手招きした。
「まずお前の考えを言え。言い出しっぺの法則だ」
「まあ、たとえば……、揉める」
「同じじゃねえか」
「じゃなくて、お互いの身体の好きな部位を揉める」
「揉めるかっ!」
「揉めるでしょ! ……揉めないの?」
「そりゃ赤の他人よりは揉みやすい関係ではあるけど、イコール揉んでいいってわけではないだろ」
「そ、そうなんだ。わたしてっきり、世の中のカノジョさんはカレシさんにいつも揉まれてるものだとばかり」
宇多見は渋い表情をした。
――なんでちょっと不服そうなんだよ。
「でもまったく揉まないってことはないよね? 折に触れて揉むことも――」
「もう揉みから離れろ!」
短いセンテンスで『揉む』を多用しすぎだ。
「だったら丸瀬の考えは?」
「お、俺? まあ……、やたら人前でいちゃいちゃしてウザいとか」
「私怨入ってない?」
「街中でいちゃいちゃしてるのをよく見る」
「なるほど、いちゃいちゃね」
宇多見は顎に指を当てて考える素振りをした。
「ということはつまり、m」
「揉まん!」
「ちっ」
と舌打ちする。
なんだよそのリアクション。揉まれたいのか。
――……いやまさか揉みたいのか!?
「なんで胸を隠すの?」
宇多見は眉をひそめる。
「い、いや、身の危険を感じて……」
「?」
「とにかく俺の考えは出したぞ」
「うん、いちゃいちゃはいいと思う」
「だろ?」
「丸瀬にしては」
「一言多い」
「人前でいちゃいちゃと言えば……、デートだね」
「で、デェト!?」
「そう、デート……!」
宇多見は情感たっぷりに言った。
「ついにしちゃいます。わたしたちごときが、デートを!」
「マジかよ……。まさかこんな日が来るなんて」
一生、無縁だとばかり思っていた。
しかしデートして、しかも人前でいちゃいちゃできたなら、それはもうかなりちゃんと恋人ができたと言えるのではないか。
「で、どこに行くんだ?」
俺は尋ねた。
「知らん」
宇多見は答えた。
「……」
「……」
前途は多難だ。
◇
日曜日、俺は駅前で宇多見の到着を待っていた。
そう、デートの待ちあわせだ。
――俺が、デートの待ちあわせを……。
なんだか足元がふわふわして無重力状態だ。
コンビニの窓に目を向ける。
ライトグレーのシャツに黒のデニム。モノトーンコーデのこざっぱりした男の姿が映りこんでいる。
俺だ。いつもはくたびれたパーカーしか着ないくせに、ファッションアドバイザーのSNSを調べ尽くし、持ちあわせの服でできるコーディネートをしてきた。
ふわふわと浮ついているのは足だけじゃなく気持ちもらしい。
でもしょうがないだろう。だってあの噂に聞くデートなんだから。
「よ、よっす」
横合いから声がして振り向く。
ショートカーディガンにレースのプリーツスカートを身に着けた、見目麗しい少女が立っていた。
転校せ――、いや、宇多見だ。
――まだこの姿に慣れていないせいか脳がバグる。
「か、カレシ~、待った~? ……な、なんてねっ」
自分で言っておいて照れまくっている。
「ほ、ほら、丸瀬もなんか言うことあるでしょ」
「? こんにちは」
「こんにちは~、いい天気ですね。――じゃなくて! 『待った?』に対して」
「早く到着した分ちょっと待ちはしたけど、約束の時間はまだきてないしノーカウントだ。気にするな」
「うん、もう黙れ阿呆」
――言わせておいて!?
宇多見は俺の頭からつま先にまで視線を動かした。
「なんかちょっときれいにしてるじゃん」
「そう? いつもこんなだけど?」
嘘をつきました。
「そっちこそ気合い入れすぎじゃね?」
「べ、べつに入れてませんけど? そこらへんに落ちてた服を適当に着てきただけだし」
「勇者かお前は。拾い物で装備を整えるな」
お互い目をそらす。
――なんか、恋人っぽくならねえ……。
遠くからジャブを打ちあっているような状態だ。
「そういや宇多見、今日は眼鏡なんだな」
「う、うん」
宇多見はつるをつまんで眼鏡の位置を直す。
「丸瀬はさ、どっちがいいと思う?」
「なにが」
もじもじする宇多見。
「だから、コンタクトと眼鏡」
「そんなの決まってるだろ」
「え、そうなの? ど、どっち?」
「両方にメリットがあって、眼鏡はケアが簡単だしコンタクトは運動してもずれない。ようはケースバイケースだ。しいていうなら自分が気に入ったほうを使えばいい」
「はああああぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁ~……」
――ため息なっが……。
「もういいっす……」
宇多見はがっくりとうなだれた。
なんだかものすごく呆れられた。
――まさかどっちが似合うかみたいな話か?
俺にファッションの審美眼を求めるのは見当違いというものだろう。自分だって俺の美術の点が低いとか言ってたくせに。
「これ以上しゃべっててもテンション下がるだけだから行こう」
「そうだ、結局どこに行くんだ」
「分かんないけど、とりあえず歩きださないと、わたしたち延々とここで話しつづけそう」
「たしかに」
こうして俺たちはデートしながらデートの行く先を探す旅に出た。
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