第3話 変わったけど変わってない
宇多見は周囲をぐるりと見回した。
「それにしても全然変わってないね」
「お前に比べれば時が止まっていたようなもんだ。――というか! お前、ふざけるなよ!」
「え、なに急に」
「なんだあの謎の行動は! めちゃくちゃ怖かったぞ!」
「なんのこと?」
「ここ何日か、夜に俺の家の前をうろうろしてただろ」
「あ、ああ、あれ」
宇多見はそっぽを向き、気まずそうに身体を揺すった。
「丸瀬に会いに行った」
「チャイムを鳴らせよ」
「でもなんか緊張して、踏んぎりがつかなくて……。うろうろしてたら気づいて出てきてくらないかなあって……」
「人見知り……!? 友だちだろうが」
「友だちでも! 久しぶりだと緊張するでしょうが!」
「ひどい逆ギレ……」
俺も同じ人種だ、気持ちは分からなくもない。しかし俺があるていど人見知りを克服したのに対し、宇多見はあいかわらずのようだ。
「それに……」
宇多見はうつむく。
「怒ってるかなって」
「……? なにを」
「連絡、全然しなかったから」
「そうだ、なんで急に連絡とれなくなったんだよ。電話もつながらなかったし」
「引っ越したとき携帯の会社を変えたんだけど、データの移行に失敗して……」
「縁切られたと思ってショックだったんだぞ」
「ご、ごめん……」
「半日くらい落ちこんだわ」
「立ち直るの早くない!?」
そして口をとがらせた。
「わたしはずっと謝りたいって思ってたのに」
「べつに怒ってない。どうせそんなところだろうと思ってたしな」
「本当にごめん」
「いいって。でも二発だけ殴らせて」
「めちゃくちゃ怒ってる!?」
「冗談だ。でもけじめを付けたいっていうなら、そのうち飯でもおごってくれ」
「……うん」
宇多見はこくりとうなずき、照れくさそうに笑った。
「ともかく、これでまた昔みたいにオタク語りができるな」
「ほんとそれ……!」
宇多見の感極まった様子に、彼女が俺と同じ悩みを抱えていることが窺えた。
「やっぱりお前もか。現代は、俺たちみたいな陰キャオタクにはかえって生きづらい世の中だよな」
「昔に比べてオタクへの偏見はなくなったってよく聞くけど、逆に日当たりが良すぎて、日陰で生きていたいわたしたちにはまぶしすぎる」
「分かる……」
オープンにできなかったオタク趣味がオープンにできる時代になったことで、オープンにしないことのほうが世間からずれてしまった、みたいな感じ。
「わたしたち、オタクはオタクだけど『ナード』に近いからね」
「ナード?」
「英語のスラング。内向的、文化系気質、こだわりが異様に強い人たちの総称。それから――」
「それから?」
「れ、恋愛に、奥手」
「たしかにな」
きらきらした恋をできるなんてまったく思えないし、とっくに諦めてる。
宇多見がじっと俺を見る。
「な、なんだよ?」
「『約束』」
「はい?」
「あの約束、忘れたわけじゃないよね?」
約束って例のあれだろ? 一生友だちとして支えあおう、身体が動かなくなったら介護しよう、最期は看取ってやる、ってやつ。
「もちろん」
宇多見の顔がぱっと明るくなる。
「じゃ、じゃあ明日から早速」
「え? 気が早いな」
「早くないよ。高校生からって約束でしょ」
そうだっけ? 介護やら看取りを? まあ子どものころにした約束だし、多少は筋の通らないところもあったかも。
「分かった。というか別に今日からでも構わないが」
「え!? そ、それはちょっと……。心の準備が」
宇多見はそわそわと髪を撫でたりして明らかに動揺している様子だ。
なんの準備が必要なんだ。別に今から急に身体が衰えるわけでもあるまいし。
「い、意外と大胆だね。――まさか」
すっと真顔になる。
「誰かと付き合ったことがあるとか……?」
「俺が? ないない」
というかなぜそんな話になる。それに――。
「むしろお前のほうがカレシのひとりやふたりいそうだけど」
現在の宇多見であれば周りが放っておかないだろう。
「い、いるわけないでしょ! いたこともない」
宇多見はぶんぶんと首やら腕やらを振って否定した。
「だよな。中身は宇多見だもんなあ」
「そうだよ。そういう約束だし」
たしかにパートナーがいたら前提がおかしくなる。
「で、でも、丸瀬が意外と乗り気で安心した。わたしだけテンションがおかしくなってるんじゃないかって不安だったから」
「いや、俺もあの約束は嬉しかったし」
三国志の桃園の誓いみたいで。
「ほんと? よかった……」
「大げさだな」
「そんなことないよ。少なくともわたしには」
と、微苦笑する。
「とにかく明日から! よろしくね!」
そう言って宇多見は駆け足で遊歩道の出口へ向かう。途中、振り返って大きく手を振り、また駆け足で去っていった。
――嬉しそう……。
宇多見があの約束をそんなに楽しみにしていたとはな。なんだか俺もちょっとわくわくしてきた。
俺はここ数年でもっとも軽やかな足取りで帰り道を歩いた。
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