ずっと恋人ができなかったら付きあおうか、と子供のころ約束した女友達がとんでもない美少女になって会いに来た話
藤井論理
プロローグ ―恋人だからできること―
状況を整理しよう。
俺――
小学一年生のころに意気投合し、五年生のとき彼女の転校で離れ離れになるまで濃厚なオタクライフを共にした。
宇多見は地味で、もっさりしていて、ぽっちゃりしていた。
しかし高校一年生の初夏、久々に地元に戻ってきた彼女は、とんでもない美少女へと変貌を遂げていた。中身はオタクのまま。
そこまではいい。問題はここからだ。
小学生のころ、アマ○ラで大昔のラブコメアニメを一緒に視聴していたときのことだ。どちらかからは忘れたが、こんなことを言った。
『将来、自分がこんな恋をするなんて考えられない』と。
気の合う俺たちはその考えにも当然のように同意しあった。
「わたしらはきっと誰とも結婚できない」
「そうだな」
「でも歳をとってジジババになっても、ひとりじゃない」
「宇多見には俺がいる」「丸瀬にはわたしがいる」
ふたりは笑いあう。
「身体が動かなくなってもわたしが介護してやる。老々介護だ」
「先の心配しすぎじゃねえ?」
「わたしらはオタクだぞ? 流行の先取りだ」
「流行なのかそれ……?」
「孤独死もさせないからな。わたしが看取ってやる」
「なんで俺が先に老衰する前提なんだ……」
そう約束した。
俺たちは色恋をうっすら馬鹿にしている節があった。好きだの嫌いだのであんな必死になっちゃって。その時間でマンガ『三国志』でも読破したほうがよほど豊かな時間を送れるのに、と。
まあ、酸っぱいブドウ、である。本当は憧れがあるくせに手が届かないから、どうせたいしたものじゃないと自分に言い聞かせているだけ。
でもオタ活がなによりも楽しいのは事実で、だからべつに恋などしなくても大丈夫。そう思っていた。
――それが……。
俺は思考を止めて、意識を過去から現在に戻した。
俺の部屋。
目と鼻の先には宇多見の顔がある。
彼女は目をつむり、顎を少し上げている。
つまり、キス顔である。
――こうなっちゃってるんだよなあ……。
ちなみにこれは正真正銘、俺のキスを待っているのであり、目のゴミを取ってほしいとかデコピンの刑を待っているわけでは決してない。
宇多見の後ろにはベッドがある。彼女の位置取りは意識的なのか単なる偶然か。
「ほ、ほらどうした。早く」
宇多見が急かす。
「目の前にいるのは恋人だぞ? 遠慮することない」
「ああ、でも……」
「怖気づいた?」
「そんなわけないだろ」
怖気づく理由はない。
だっていつでも友だちに戻れるんだから。
「なら、ほら」
宇多見は身を乗りだした。
なにを躊躇することがある。今、俺たちはまちがいなく恋人だ。しかも友だちに戻れる保険までついている。
しかし――。
――本当に戻れるのか?
一度、深い関係を結んだあとに、なにもなかったころのような気の置けない友人関係に。
戻れる人もいるし、戻れない人もいるだろう。俺がどちらになるかは分からない。どっちかというと戻れない人のような気もする。
――でもなあ……。
宇多見に目を戻す。長いまつげ、柔らかそうな唇、甘い匂い。
俺の心臓はばくばくと暴れ、身体が熱くなる。同時に思考力が低下し、理性よりも本能が優位になる。
――……まあ、大丈夫だろ。きっと、多分、おそらく。
「い、行くぞ」
俺は音が鳴らないように気をつけて唾を飲みこみ、ゆっくりと唇に唇を近づけた。
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