第3話 距離が近い古賀くん
二人きりで学校敷地内を歩く私と古賀くん。
「こっちの方が特別教室なんだけど、一つ一つ見る?」
「うん、そうしよっかな。その方がヒメといる時間長くなるし」
「……」
そういう問題じゃないんだけど。
「音楽室は今は吹奏楽部が使ってるね。あ、今日は合同練習なんだ」
案内しながらちょっと覗いてみると全部のパートが音楽室に集まって練習してた。
「へぇ、あ、ホントだ」
「っ⁉」
ドアの横から覗き込んだ私を背中から覆うようにして、同じく音楽室を覗き込む古賀くん。
制服がこすり合うくらい近くなって、ビックリしちゃう。
「こっちが運動部の部室がある方なんだけど……」
「あ、危ないよ」
丁度道具を運んでいた陸上部の人たちが来て、ぶつかりそうになってたのかな?
古賀くんが私の手を引いて抱きとめるようにして守ってくれた。
「っ⁉」
でも、抱きとめる必要はあったのかな⁉
可愛い顔をしていてもちゃんと男の子。
私を抱きとめた腕や胸は女の子とは違っていて硬い。
ドキドキしちゃって困った。
もう!
さっきから何だか距離が近すぎ!
古賀くんは何がしたいの⁉
なんだか古賀くんに振り回されてる気がして疲れてきた私は、最後に裏庭に行って大きな桜の木の所へ案内する。
今はとっくに葉桜だけれど、この桜が咲いているときに告白すると将来結婚できるなんてジンクスがあるんだ。
「へぇ、将来結婚出来るんだ? じゃあ、あやかろうかな?」
「え?」
私の説明に古賀くんはちょっと真剣な目になる。
私に向き直って、口を開いた。
「ヒメ……いや、柳沢緋芽さん。好きです、俺と付き合って下さい。そして将来結婚しよう」
ドキンッ!
いきなり告白とか、しかもプロポーズまで一緒にしてくるとか冗談としか思えない。
でも真剣な目に心臓が跳ねちゃうのは仕方ないよね。
「も、もう。冗談言わないでよ」
余韻のようにドキドキする鼓動を抑えて笑う。
でも古賀くんの真剣な顔は変わらなくて……。
「冗談じゃないよ。本当に好きだし、結婚してずっと一緒にいたいと思ってる」
なにそれ⁉ 流石にちょっと重くない⁉
「……だってヒメは、俺の“唯一”だから」
「え?」
あまり聞かない単語にどういうこと?って首を傾げる。
私はその疑問をそのまま聞いた。
「何? その“唯一”って」
古賀くんは真剣な顔のまま説明してくれた。
「“唯一”っていうのは、俺にとってただ一人の血を持つ女の子」
「血?」
「そ……俺、ヴァンパイアだから」
でも、それは想像もしてなかったもので……。
「ヴァンパイアには一人につき一人だけ、自分にとっての特別な血を持つ相手がいるんだ。見つけてしまったらその子の血が特に欲しくなっちゃうし、特別だからその子だけを求めるんだ」
ちょっと待って、いきなりすぎて頭が追いつかない。
「昨日ヒメの血を舐めて分かったんだ。ヒメは俺の“唯一”だって。だから俺はもうヒメしか見れない」
「いや、ホントそれ重いんだけど」
追いつかないながらも突っ込む。
告白されたのに、その後の話が荒唐無稽すぎてドキドキもしていられない。
「ははっ、ごめんな。でも本当に俺、昨日からヒメのことばっか考えてるんだ」
困ったように笑う古賀くんは、眉をハの字にして語り出す。
「ヒメはどんな女の子なのかな? 助けてくれたし、優しい子だよな、とか。あとは彼氏とかいなきゃいいなって。告白ももう少し仲良くなってからと思ったけど、桜の木のジンクス聞いたらなんか我慢出来なくてさ」
「……でも、桜は咲いてないから無効じゃない?」
「あ、そっか。気ぃはやり過ぎだわ俺……あー、カッコ悪い」
本当に恥ずかしそうに頬を染めて照れる古賀くんはメチャクチャ可愛かった。
いつものあざとさのない本当の照れ顔に思わずきゅぅんってなりそうだったけれど、私は情報の整理のため頑張って頭を働かせる。
えっと、“唯一”とかは置いといたとしても、古賀くんが私を好きでいてくれるのは本当みたい。
まずそれが分かって、一気に顔が熱くなる。
古賀くんのことはまだよく知らないし、私が古賀くんを好きかどうかなんて分からない。
でも嫌って程じゃなかったから、どうしたって照れちゃう。
「え、えっと。まず、古賀くんの気持ちは分かったから」
赤い顔を誤魔化すように伝えた私は、一つ深呼吸してから他の確認をする。
「でもヴァンパイアっていうのはちょっと信じられないよ。確かに昨日舐められた指のケガが治ってたし不思議なことはあるけれど……」
……いや、もしかして指のケガが舐めただけで治った時点で信じる要素あるのかな?
口にしてから思い直したけれど、でもやっぱりそんな簡単には信じられない。
眉間にしわを寄せてうーん、とうなっていると古賀くんが近づいてきた。
「それで信じないって言うなら……直接首筋にかみついちゃっていい?」
「え⁉」
とっさに両手で首を隠して一歩下がった。
古賀くんがヴァンパイアでもそうでなくても、首筋をかまれるとか痛そうだし恥ずかしい。
「ごめん、冗談だって。許可もないのにかんだりしないよ」
困り笑顔の古賀くんに警戒心を抱く。
でも、その警戒心を消してしまうほどの天使の笑みを向けられた。
ニッコリと、目には悪戯っ子みたいな色が見えたけれど、私はまんまとほだされてしまう。
「でもかむ以外で信じてもらおうとするなら……」
「え? ちょっ、なに?」
一歩分空いた距離を詰められて、戸惑っている間に膝裏に手を入れられた。
気付いたら、私は古賀くんにお姫様抱っこされていたんだ。
「っ⁉」
声もなく驚いた私は、心の中で叫ぶ。
え? え⁉ なにこれナニコレ⁉
どうして私抱っこされてるの⁉
「じゃあ跳ぶから、しゃべんないでね。舌かんじゃうから」
「え?」
どういうこと? と聞く前に、古賀くんが足に力を入れるように少しかがんだ。
まさか、と思ったときには地面が遠くに見えて――。
「っ!」
ぎゃあぁぁぁぁ!!
悲鳴はのどの奥から出すことすら出来なくて、私は古賀くんの首に腕を回して落っことされないようにギュッと掴んだ。
「そうそう、ちゃんと捕まってろよ?」
その言葉の後は……二度と体験したくないと思った。
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