ヴァンパイア総長様はあざとかわいい
緋村燐
第1話 うわさとボロボロの男の子
「ねぇ、知ってる? 最近【
調理部の活動中、そんな声が聞こえてつい耳をかたむけてしまう。
暴走族なんて、聞いたことはあっても身近に存在するものじゃないから。
「え⁉ なにそれ、暴走族って道路逆走したりとかするアレ?」
「いやそれがさ、そういういわゆる暴走行為はしないんだって」
「じゃあ何してるの?」
フルーツをカットしている私・
暴走行為しないのに暴走族って言うの? 変なの。
「えっとね、【Noche】は夜の街を守っているんだって」
「なにそれ? 自警団的な? 暴走族名乗る意味あるの?」
確かに、とうんうんうなずく私。
すると前の方から慌てた声がした。
「緋芽さん! ナイフ!」
「え? いたっ!」
「あー遅かったか……」
あちゃー、と眉をハの字にする先輩を前に、私は切ってしまった左人差し指を掴んだ。
「いったーい!……またやっちゃった」
気になることがあると注意散漫になっちゃう私の悪いクセ。
包丁持ってるときは特に気をつけなさいってみんなから言われてたのに……。
「そんなに深くないみたいだけど、血が止まらないわね。絆創膏持ってきてあげるから、洗い流しておいて」
「はい、ありがとうございます」
シュンとしながら手を洗っていた私は、さっき聞いた【Noche】とかいう暴走族のことなんて頭から消えていた。
まさか、今後関わり合いになるなんて思ってもいなかったんだもん。
***
指を切ってしまったけれど、カットしていたフルーツには幸い血がついていなかった。
おかげでフルーツタルトは無事完成。
指の痛みはありつつ、美味しく頂いて落ち込んだ気持ちも浮上してた。
そんな帰り道でのこと。
「……ん? 何だろう?」
日も暮れてきて人の気配が少なくなった公園前を通るとき、前からボロボロな男の子が歩いて来るのが見えた。
明るい茶髪はボサボサで、黒い学ランはまるで踏まれたみたいに靴跡がついている。
大丈夫かな? と思いつつ、進んで関わろうとは思っていなかったんだけど……。
「うっくぅ……」
丁度私とすれ違うってときに、彼はうめいて地面に倒れてしまった。
「えっ⁉ だ、大丈夫ですか⁉」
流石にすぐ近くで倒れられて声を掛けないわけにはいかない。
でも、声を掛けても肩を揺すってみてもうめき声が聞こえるだけ。
周りを見回しても他に助けてくれそうな人はいなくて。
仕方なく私は何とか男の子を起き上がらせ、すぐ近くの公園のベンチに座らせた。
「えっと、大丈夫ですか?」
「ん……サンキュ」
「っ⁉」
少し回復したのか、小さく笑みを見せてお礼を言ってくれる。
でも彼の顔を見た私は思わず息をのんじゃった。
男の子の顔はちょっと土とかで汚れていたけれど、キレイな顔立ちをしている。
カッコイイというよりは可愛い感じで、キレイな格好をしていたら天使だって思っちゃったかも。
それくらいキレイで可愛かったんだ。
「なんか、いい匂いがする……」
「え?」
男の子の顔に見惚れていると、鼻をヒクヒクさせた彼に左手を掴まれた。
「え? ちょっ、何を?」
戸惑う私をよそに絆創膏に鼻を寄せた彼は可愛い顔を幸せそうにゆるめる。
ちょっ⁉ なにその表情!
すっごく可愛い!
心臓を撃ち抜かれたみたいにキュンっていうかギュンってして、私の鼓動は駆け足になっていく。
絆創膏の匂いは別にいい匂いじゃないですよ⁉って突っ込みたくても言葉が出ない。
そうしていると、その絆創膏を勝手に取られた。
「いたっ! ちょっと、なにして――」
流石に痛くて怒りが湧いて、文句を言おうとした私。
でも、文句はのどの奥で止まってしまった。
だって、男の子はまだ血がにじむ私の人差し指を舐めちゃったんだもん。
「っっっ⁉」
柔らかい舌と、ちゅうって吸われる感覚に声にならない悲鳴が上がった。
なんて言うか、とにかく恥ずかしい!
「……うまっ」
私の指から口が離れたと思ったら、さっきまで弱々しかった顔がパッと明るくなったように見える。
実際顔色も良くなった気がする。
「なあ、あんた名前は?」
いきなり元気になった男の子に突然名前を聞かれたけれど、あまりの変わりように目を白黒させていた私はすぐに答えられなかった。
そうしたら、男の子の方が先に名乗ってくれる。
「俺は
「っ⁉」
上目づかいで見上げてくる男の子――古賀くんに私の心臓はまたギュンって変な音を鳴らす。
だからっ!
その顔で上目づかいとか可愛すぎだからっ!
ドキドキ早鐘を打つ心臓を何とか抑えて、私も名乗った。
「私はっ……柳沢緋芽」
「ヒメ? へぇ、いい名前じゃん」
そう言った古賀くんは、あくどい感じにニヤリと笑う。
さっきまでの天使みたいな可愛さはどこに行ったんだろう?
「よしっと!」
掛け声をつけて立ち上がった古賀くんは、もうすっかり元気になったのかシャキッと立つ。
そうすると私より頭一つ分背が高かったことが分かる。
今度は見下ろしてくるキレイな顔。
でも、どこか得意げな表情はちょっと意地悪そうにも見えた。
キレイな顔でその表情だと、男の子らしさが増して可愛いよりカッコよく見える。
さっきから私の左手を掴んだままの古賀くんの手も、男の子らしい硬い手をしてた。
トクトク、ドクドクって、心臓の音が早くなる。
そんな私に古賀くんは告げた。
「介抱してくれてありがとな。じゃあまた会おうぜ、ヒメ」
去り際に、私の手を離すと同じ手で頭をポン、と軽く叩かれる。
その仕草にもドキンッと一々反応した心臓のおかげで、私は何の言葉も返せず古賀くんの背中を見送った。
「……何だったんだろう?」
介抱したと言ってもほとんど何もしていない。
ベンチに座らせたら、いつの間にか勝手に元気になっていただけ。
それに「またな」って言われたけれど、もう会う機会なんてないんじゃないかな?
キレイでかわいくてちょっとカッコ良かったけれど、変な子だなって思った。
「そうだ、帰って絆創膏貼り直さなきゃ」
血がまだ出ていたのに、と思って指先を見るとその血は止まっている。
それどころか、ケガ自体がキレイに治っていた。
「え⁉」
そういえば舐められた後痛くないなって思ってたけど……何で治ってるの⁉
私は古賀くんが去って行った方を見て、あの人は何者だったんだろうって疑問に思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます