第34話

あれから、三年後。




 雲ひとつない真っ青な空にトンビが飛び回り、鳴いていた。




 飛行機が南へ飛んでいた。





 飛行機雲は見えない。



 明日もきっと晴れるだろう。



 風が吹くと、飾っていたバラの花の花びらがふわっと流れていく。



 大きな庭の芝生の上に茶色の椅子とテーブルが5組並んでいた。



 

 それぞれのテーブルの真ん中には、豪華な花束が花瓶に置いてある。




 お皿やフォーク、スプーン、お箸が丁寧に並べてある。針金で作られたアーチにはたくさんの赤、青、白のバラや霞草などの花が装飾されている。





 笑いながら、小さな男の子とよちよちと歩き始めた女の子が駆け回っている。





「洸、深月(みづき)! 走り回らないで! 危ない!」




 花鈴は、走り回る2人を、押さえ込んだ。



 

 ミントグリーンのドレスに身を包んだ花鈴は、額に汗が出る。



 洸は小学一年になり、妹の深月はやっと2歳になったところだった。


  

 まだまだ、手のかかるお年頃で、毎日悪戦苦闘していた。




 近くに白いネクタイにフォーマルスーツに身を包んだ裕樹が、慌てて逃げる深月を抱っこして持ち上げた。





「こら、深月、暴れたら、せっかく準備したものが台無しになるでしょう!」




「キャハハ。やーやー。パパ、いや! やーめーて!」




 駄々っ子の深月。




 至難の業だった。




 あまりにも珍しい場所でカラフルなものがたくさんあって子供たちは興奮気味。



「深月! こっちおいで。ほら、お父さん、深月おろして! 僕、一緒に遊ぶの!」




 小学生の洸は、キッズ用タキシード風セットアップを着こなし、紺のしましまネクタイをつけていた。



 髪は七三分けで裕樹そっくりになっていた。




 深月は、ワンピース風にデザインされたロンパースを身につけ、大人顔負けのレースにチュールをつけ、おしゃれしていた。




「えー、遊ぶの? 今から始まるから席に座ってよ。」




「やだよ。お腹空いてないもん。だって僕の好きなリンゴジュースじゃなくて、オレンジジュースしかないし。遊んでからいく。」



 そう言っていると、近くにある夫婦が寄ってきた。




「あら、私たちが遊んであげるわよ。」



「お、お義母さんとお義父さん。お久しぶりです。お元気そうで何よりです。いらしていたんですね。」




「そんなかしこまらなくていいわよ。もう、孫が2人もいるなんて、産まれたところくらい見せてくれてもいいのに、10年も連絡しないなんて、薄情ね。寂しいわよ。ほら、おいで、おばあちゃんよ。お名前は?」




 腰をかがんで、後ろに隠れた洸は小さな声で『宮島洸』と言った。



「洸くんか。美智子おばあちゃんよ。よろしくね。」



 そっと手を差し伸べる。



 洸は恐る恐る握手をする。



「裕樹くん、今、どこに住んでいたんだい?」



 花鈴の父は、白髪混じりに遠視用のメガネをつけてかなり老け込んでた。


 そのメガネを掛け直していう。



「はい。今は仙台のマンションに住んでました。3年前にいろいろありまして、東京で活動していたんですが、夫婦揃って仙台を中心にお仕事いただけるようになりました。お二人は今どちらに暮らしていたんですか?」



「同じだよ。十年前に仙台に引っ越ししたんだよ。もっと前から連絡してくれればよかったのになあ…。まぁ、やっと会えてよかったよ。孫の姿を見れて安心だ。」




 ほぼ勘当に近い形で故郷の宮城を離れたのに、数年経って寛容に受け止めてくれたことに裕樹はすごく感動して、静かに泣いた。



慌てて、指で涙を拭った。



 花鈴は、いつの間にかお手洗いに行っており、戻ってきた。



「え? お父さんとお母さんも来てたの?? 嘘でしょう。」



「花鈴、今まで、なんで連絡しなかったの!」



 美智子は、怒りが止まらず、表情を険しくしながら花鈴に近づいた。



 叩かれると思ったら、両肩に腕を回されて、ハグされた。




「……元気でよかった。」



  十数年ぶりに再会した親子に、あたたかい時間が流れた。



 花鈴が涙が止まらなかった。



 勘当もので別れたため、日本に帰ってきた時も連絡が取りづらかった。



 

 ずっとずっと、両親に連絡するのを我慢していた。




 心の底から会いたかったはずなのに、怒られることを考えて、連絡できなかった。



 こうなることなら、早くに連絡すればよかったと後悔した。



 花鈴も同じように母美智子の肩に腕を回した。小さな子供のように泣きじゃくった。



 「お母さん! 大変だったんだから。2人も子供産んだ時、死にそうなくら苦しくて、お母さんにたくさん聞きたいこといっぱいあったんだよ!!」



「なんで、我慢するのよ! 今も昔も私は紗栄と花鈴の母親なんだから。」




「……うん、うん。」




「仙台に住んでいるんでしょう。近くにいるから、孫くらい見させてね。あと何年生きられるかわからないんだから、それくらいやらせてよ、ね。」




 美智子は花鈴の頭をヨシヨシと撫でてあげた。



 それを見た洸は、自分も撫でて欲しかったらしく、無言で頭をぐいぐいと差し出した。



 

 同じようになでなでしてもらって、嬉しそうだった。




「ちょっと、母さん。ほら、席につこう。紗栄に怒られるぞ。」




「そうね。花鈴、みんなで一緒のテーブル座りましょう。」



 涙を拭って、仕切り直した。



 ぞろぞろと、それぞれに席についた。



 フラワーアーチの近くに飾られたウエルカムボードには、これから夫婦となる2人の似顔絵が描かれいた。


 

 アーチと同じ花のブーケを花嫁の手にはあった。




ーーその頃



「緊張する。」




「大丈夫?」



「だってみんな来てるんだよね。本当、3年ぶりかな。あと誰来てるのかな。はぁ、このドレスも普段着ないから、苦しい感じ。大丈夫かなあ。」



 純白の花の刺繍が施されたドレスに身を包んだ紗栄。



「フフフ…何をそんなに考えるかな、気にしすぎだなぁ。そんなこと言ったら、俺だって両親に大学卒業してからずっと会ってないよ。」




 シルバーのタキシードを着たさとしは、ドレッサーの椅子に座る紗栄の額に自分の額をくっつけた。




「落ち着けって……ほら、俺もそう言いながら緊張してるから。」



 紗栄の手を自分の左胸に置いた。



 鼓動の速さが同じだった。



 

 ふーと深呼吸をして

 少し落ち着いた。



 さとしは、

 紗栄のお腹辺りをかがんでさすった。




「ヨシヨシ。大丈夫ですよ~。」



「…って、誰に言ってんのよ。」 



「え、お腹の子。パパはここにいるよ~。……でもなぁ、やらかしたなぁ。先にプロボーズしてるんのに、まるでできちゃった結婚みたいになってしまった。既に籍は入れてるのに、お披露目がこんなに遅くなったからなぁ…。籍入れてから半年後って……紗栄のご両親に申し訳が立たない。俺、ちゃぶ台ひっくり返されるのかな。怖い……」





「大丈夫でしょう。婚姻届の証人欄にサインもらったじゃない。実家にちゃぶ台なんてないし。そもそも、本籍をもらったときのあの、バツイチのことの方が気にするべきでしょう。まぁ、寛容な親でよかったよね。さとしはすぐ女の人…。」






 慌てて、それ以上は言わせないよばかりに紗栄の口を塞いだ。もごもごしていて、何も言えなくなった。




「新郎、新婦! 出番ですよぉ。」




 ドアの遠くでマンチカンの優子が言った。


 この式は、身内の本当に小さなアットホームの式でほとんどがDIYで2人で準備した。



設備や道具はレンタル。



 自分たちで食材の手配、料理そのものはマンチカンの喜治と優子にお願いしていた。



 花やブーケ、ドレスやタキシードをレンタルし、メイクは元同僚のあさみを呼んでいた。



 会場は、2人の住んでいる住宅兼お店の外にある庭でとり行われていた。




 司会、進行は、元同僚の龍二にお願いしていた。




「はい。今行きます。」



 さとしは、そっと紗栄のドレスのヴェールを被せてあげた。




「すぐにヴェール外すんだけどね。」

 笑いながらいう。



「儀式なんだから、仕方ないでしょう。」




 紗栄は、小さなバラの花をさとしのタキシードのポケットに差し込んだ。



 さっと、手を差し伸べた。




「お足元は気をつけてくださいね。お姫様。」



「ありがとうございます。」



 はにかんでそっと左手を乗せた。


 

 ゆっくり歩いていくと、艶やかに飾られた会場に仕上がっていた。



 自分たちでした以上に友人や元同僚達に手を加えてもらっていた。





「さとしさん、あなたは紗栄さんを生涯愛し、どんなときもふたりで支えながら幸せな家庭を築くことを誓いますか?」




「はい、誓います」




「紗栄さん、あなたはさとしさんを生涯愛し、どんなときもふたりで支え合いながら家庭を築くことを誓いますか?」




「はい、誓います。」




「それでは、指輪を交換をお願いします。」

 

 小さな真っ白いリングピローにサムシングブルーのリボンかつけられていた。




それそれ、2人は指輪を付け合った。




指にはめる2人の手は緊張のあまり震えていた。



 指輪交換して、拍手がおこる。




「続いて、誓いのキスをお願いします。」



 紗栄は少しかがんで、さとしはそっとヴェールをまくりあげた。



 両肩をおさえて、目を閉じ、左側からそっとキスをかわした。カメラやスマホで撮影する音が響く。




「おめでとう!」




 声をそろえて叫ぶ。クラッカーが鳴り響いた。



 参列者それぞれ用意されたバルーンをもった。



「3、2、1の合図で一斉にバルーンをリリースします。それではご一緒にカウントお願いします。」




「3、2、1! ハッピーウエディング!」




 かけ声とともに、たくさんのカラフルな風船は空へと放たれた。



 

 30個以上の風船が、青い空のキャンバスに絵の具をまきちらすように飛んでいく。




 2人の幸せが天まで届くようにとの想いが込められている。





 今、環境問題でゴムが動物の口の中に入ってはいけないと言っているが、そういうことがないよう、紙の素材でできた水に入れると溶けるエコ風船というものを使っていた。




 これで心おきなく、飛ばすことができた。




 空を見ると、本当にカラフルでInstagram映えするものだった。




 テンションが上がったさとしは、紗栄をお姫様抱っこした。

 



 それと同時に唐突にブーケトスとなった。




 高く舞い上がったブーケが宙に舞うと、参列に来ていた伊藤美奈子の手元に落ちた。




「よかったな。」


 横にいたのは、石川祐輔だった。



 そもそも、招待されていたのは祐輔の方で、伊藤美奈子は招待されていなかったが、祐輔の彼女ということで参加していた。



 ブーケを受け取って、すごく嬉しそうな美奈子だった。




 祐輔は、紗栄との別れたあと、偶然飲み屋のホステスをしていた美奈子は同級生ということもあり、祐輔と意気投合し、やさぐれていたホステスの仕事を辞めて、デパートの販売員を始めていた。



「楽しみにしてるね。」



 チラッと祐輔を見て、にんまり笑う。鳥肌が立った。



「そうだな…。考えとく。」



 否定も肯定もしなかった。



 その時、洸と深月は、風船に大興奮していた。



 裕樹が、余っていた細長い風船も見つけて、ダックスフンドや剣も作ってみせた。



 特に洸は喜んでチャンバラごっこして遊んでいた。




 久しぶりにお酒を飲めると、花鈴は席に座って食事にありついていた。


 

 美智子と修二も食べながら、子煩悩な裕樹に感心していた。




「子供好きでよかったな、花鈴。」



「知らなかった一面だったけどね。」



「2人でよくやっているよ。えらいえらい。」




「子育ては1人ではできないものだからね。いろんな人の協力であなた達を育てたから。立派に育って母は微笑ましいわ。」



 考え深いなぁとしみじみ語る母。



 そこに一通り、式を終えたさとしと紗栄がやってきた。




「お義父さん、お義母さん。本日はお忙しいところ、ご足労いただきまして、ありがとうございます。今後とも、よろしくお願いいたしします。」




 さとしはビール瓶をもち、修二が持つのコップに注いだ。




 美智子にも同様に注ぐ。





「さとしくんは、本当に大胆なことをするやつだなぁと思っていたよ。まさかね、あの紗栄が華やかな芸能界をすっぱり辞めてこんな田舎の空き家で2人で何をする気だと思ったら、お店を開いて起業するって聞いて、保証人になってくれって言われたときは驚いたよ。全然、連絡してなかったのにね。びっくりしたよ。でもまぁ、3年経ってようやく、お客さんもたくさん来てくれてるって紗栄から聞いてて、本当よかった。0からのスタートでもこんなに成長できるなんてね、今度は結婚するって言うから順番逆だろって思ったけどな!」




 笑いながら、修二は言う。さとしは真剣に話し出す。



「いや、本当、順番大事ですよ。仕事の基盤を整えてからじゃないと、紗栄さんを養えないと思いましてっと言いましても既に仕事しながら一緒に生活はしていたんですが…自信持てるまではと自分で決めておりましたので、今回に至ります。」



 修二はビールを口にして、立ち上がり。



「こんな紗栄だが、最後までよろしく頼む。」



 お辞儀を深々とする。

 慌てて、肩に触れて、



「頭を上げてください。むしろ、私が頭を下げるべき立場です。本当によろしくお願いします。」



 お互いに頭を何度も下げ合った。それを見た美智子がクスッと笑う。



「血がつながらないのに、似ているね。紗栄、さとしくんとお父さん。」




「うん。そうかも。無意識に選んでしまっているのかもね。」




「紗栄も元気そうでよかった。花鈴達家族も呼んでくれてありがとうね。孫に逢えずしてやり過ごすところだったわ。」



 美智子は紗栄に寄り添う。




「花鈴が会ってないって言ってたからね。……母さん、実は、私も3月に産まれる予定だよ。まだ性別はわからないけど。」

 



 紗栄はお腹をさすって微笑んだ。




「え? そうなの? それは幸せなことがたくさんだわね。こんなに良いこと起きて、お母さんどうなっちゃうかしら。」



 美智子の笑った顔がおさまらない。



 紗栄も笑ってくれて嬉しかった。



 そこへ、さとしのご両親が来ていた。




「この度は、ご結婚おめでとうございます。大越さとしの父、瑛仁(あきひと)と申します。こちらは妻の千桜子(ちさこ)です。今後とも、親子共々よろしくお願いいたします。せがれがご迷惑をおかけしたようで申し訳ないです。」



 みな、立ち上がり、それぞれの挨拶が始まった。顔合わせや結納など行わず、すぐに結婚という形を取っていたため、今が初顔合わせだった。



 さとしは、裕樹と洸と深月とともに風船で遊んでいた。洸とのチャンバラごっこが激しくなっていた。


 洸は、よっぽど、紗栄との結婚が悔しかったらしい。




「紗栄の父、雪村 修二と申します。こちらは妻の美智子です。こちらこそ、息子さんのことを娘が振り回したんじゃないかと本当に申し訳ないです。」





「いえいえ、せがれは自分で考えてやったことですので、紗栄さんにはご迷惑を逆におかけしているところです。それはそうと、お恥ずかしい話で突然の婚姻の話になっておりまして、せがれの報告がつい1週間前だったものですから、結納金などの準備をできずに申し訳ありません。順序が逆になってしまいましたが、後日、改めて、正式に機会を設けさせていただいてもよろしいでしょうか?」





「おそれおおいですが、よろしくお願いいたします。」



 修二はそれを聞いて、さとしと父の瑛仁は、あまり関係性がよろしくないと見受けられた。



 婚姻届の証人は、修二と友人の祐輔になっていたため、ご両親に報告したくなかったんだろうと察した。




 きっと事件性のあったバツイチのことを勘繰られたくなかったんだろうと悟った。


 それぞれにお酒を飲み、談笑を続けながら、式は大いに盛り上がってお開きとなった。


 たくさん遊んで、疲れたのか、洸と深月は裕樹と花鈴の背中で爆睡していた。



 紗栄手作りの引き出物であるペアマグカップの焼き物をそれぞれの参列者に渡した。とても喜んでくれた。

 

 山の近くに建てられた中古物件をリフォームし、カフェと雑貨のお店を構えていた。

 隣には、ピザ窯や、焼き物が作れる窯もあった。


小さな手作りの結婚式は両親や友人にお披露目でき、2人は満足だった。

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