第21話

 信号機の歩行者に青だと知らせる音が鳴った。ひんやりと外は寒かった。車が2~3台近くを通り過ぎる。路面はうっすらと凍っていた。慎重に歩いた。結局のところ、昨日のパチンコ屋では1万円遊んで8万円戻ってくるというミラクルがおきて持っていたお金は使いきれずに余ってしまっていた。加奈子から生活費としてあてがわれていた100万は最後に美容院や脱毛エステ、ブランドの服や小物を買って、パチンコで遊んでも戻って来たため、80万円が残ってしまった。リビングのテーブルに残していた札束の帯にそっと戻した。お金をもらうより温かいごはんを一緒に食べる時間だったり、一緒に家事をする機会だったり、そんな時間が欲しかったけれど、加奈子は、会社の上司としてあっちこっちの店舗や支社に回って働くこと考えると、家のことは考えにくいのかもしれない。掃除、洗濯なんてしているところを見たことがない。ましてや料理も。冷蔵庫はあっても形だけ、ほぼ外食かお弁当やお惣菜を買って来て済ますことが多い。後半は出張だと言って他の彼氏のところにでも行っていたのかもしれないが、何で俺と結婚しなきゃいけないのかわからなかった。アクセサリーか何か物と勘違いしたのか。やっと手に入れた夫という割には大事にもされない。犬や猫よりも扱いが酷かった。お金だけ。餌を与えることもない。優しい言葉をかけるでもない。まるでスラム街に住む子どものごとく、高級な高層マンションにあてがわれても、すさんでいた家だった。時々訪れるかっぷくのいいあの刺青の男が加奈子の代わりにやって来ていたが、何しに来たかと思えば生存確認で見に来ただけだった。その報告をラインで加奈子おに送っていた。毎度ご苦労なこった。地上25階この部屋にエレベーターでやって来ては合鍵使ってやってくる。さとしは監視されてる気分だった。居心地は最悪。話しかけてくると思ったら無言で腕の脈をとる。生きていると分かったら、すぐ報告。この加奈子とひろしは一体どんな関係だったのか最後まで意味がわからなかった。そんな生活からの脱却できると思うとワクワクしてきた。足を軽やかに市役所の窓口に離婚届を提出した。

「お願いします。」

声をかけると顔が歪んだ。目の前には、同級生の石川祐輔がいた。すごく恥ずかしいと感じて出した書類を引っ込めようと思ったが、時すでに遅し。祐輔は両手で賞状を受け取るがごとく、笑顔で用紙を取っていた。さとしはプルプルと手が震えた。まるで剣道の試合をしているように竹刀の剣先を触れ合ってるかとごとく、両者一歩も引かず状態。笑顔が引きつってくる。

「まぁ、出しなさいって。」

「いやぁ出したいのは山々なんだけど…見られたくないって言う感じなんですけど。」

「いや、もう遅いから。ほぼほぼ内容見えてますけど?」

 祐輔は用紙を指差して言う。

「さとし、今更だって。俺、婚姻届も受理してるから。」

「はあ? 祐輔、あん時いたの?」

「あぁ。しっかりこの目で見ていたわ。一部始終。」


さとしはがっくり肩を落としてさらりと離婚届を出した。あっさり祐輔は受け取った。まさか緊急土曜出勤で祐輔だとは思わなかった。祐輔も分かっていたが敢えてネームプレートも裏にしていた。一緒にいた刺青の男性に怯えていた。

「でも、さとし、別れて正解だぞ。この女の人、今朝、捕まったみたいだぞ。結婚詐欺師だって。さとしも、まんまと騙されたんだな。あの刺青の男は内縁の夫だったみたいで、共謀して、借金の肩代わりを相手にさせてたみたいだ。テレビのニュースやネットで、被害者がモザイクつけて証言してるよ。さとし、お前、お金は大丈夫だったか? もし何かあれば、被害届出さないとだよな。」

 寝耳に水だった。確かに加奈子と一緒にいた男、ずいぶん体格良いし、訳わからないけど、結婚しないとダメとか男側から言うのが変だとは感じていた。

「え?え?…そうなの? 嘘、俺、騙されてたの? し、知らなかった。確かに結婚したのに扱いが半端ないって思ってたけども…え?会社大丈夫だったかな? あれ、でも加奈子って一体…逮捕されたんだよな。え?待って、離婚届は受理された?」

 動揺を隠せないさとし。バックやスマホを無意味に見て、現状確認した。祐輔はパソコンで急いで処理して確認した。

「ああ。必要書類も揃っているし、記入欄もバッチリ。大丈夫、受理されました。」

 大きなため息をついた。この上ない安心感を得た。バツイチという烙印を押されたが、切り離されてスッキリした。安易にお人好しになり、人助けなんてするもんじゃないと良い人生の勉強になった出来事だった。

「今から銀行行って、預金通帳確認してみるわ。ありがとうな、祐輔。あとで飲みに行こうぜ。」

 さとしは市役所を足早に立ち去り、銀行へ急いだ。ATMで2種類の通帳を確認すると、給料が振り込まれる口座が全て無くなっており、貯蓄用の口座はどうにかそのまま残っていた。会社の上司だったため、もしかしたら、口座の管理が容易にできたのかもしれない。ハンコの置く場所など、そう言うのには念入りに確認されたことを思い出す。いつも給料が入った際には、貯蓄用にお金を移動していたため、胸を撫で下ろした。それは良かったが、借金を作られていたかどうかはすぐには確認できなかった。名義だけ借りられた可能性があって、もしかしたら、これから借金返済の手紙が郵送で来るのかもしれない。貯蓄はあるが、勝手に作られているかもしれない加奈子の借金がどこまでか分からない。ますます、無職でいることが怪しくなって来た。ここは、もう、経験者に聞くしかないと、街の路上である人に電話した。

 プルルルルル

『もしもし、さとしくん?どうした?』

 その声は懐かしい昨年の会社のイベントで会った宮島裕樹だった。

「宮島さん! どん底まで落ちたら這い上がる方法教えてくださいよー!」

『は? え? 何、その緊急事態みたいな…ちょっと今出先だからかけ直すから待ってて!』

 さとしは、ペデストリアンデッキのベンチに腰掛けて、電話が来るのを待った。警察に被害届を出すのも忘れていた。結婚詐欺ということは結婚する前の交際期間からさとしは狙われていた。余罪は他にもあるらしく、元同僚の山口が言っていた加奈子は本命彼氏がいたと。色んなところで交際しては詐欺を働かせていたのかもしれない。電話が来るのが待ち遠しくてソワソワした。外は粉雪がちらついていた。帰宅時間であろう人々が行き交っている。テレビ局が天気予報を伝え始めた。田舎者だと思われたくないさとしはカメラの死角を探してテレビに映らないように隠れた。


 

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