バンディットを成敗します!

 大人気VRMMOであるティタン・フロントラインをプレイする配信者は多い。

 代表的な配信者と言えば、芙花・アルビナ。

 数多の初心者向け配信や世界観の説明動画を挙げ、コンテンツを盛り上げてきた第一人者だ。

 しかし、世には彼女と異なるアプローチで、再生数を得ようとする者もいる。


 俗に言う炎上系──騒動を引き起こして注目を集める配信者だ。


 その日も一つのチャンネルが、香ばしい配信を開始した。


「はい、今日は~粋がってるアリーナ3位くんをぶち殺しに行こうと思いま~す」

≪ニュービーのお手伝い中なんだって!≫

≪お手伝いって、ちょっとアリーナ3位くん?≫

≪かわいいでちゅねぇ!≫


 品性を感じない口調で話す男たち。

 彼らは、炎上系として名の売れた配信者兼プレイヤーであった。

 有名人を無差別に襲う過激な配信で自己承認欲求を満たす要注意人物。


「ある情報筋では~ニュービー相手に先輩風吹かしてるとか~」

≪うわぁ…これはぶち殺さないとね!≫

≪ブロンズナイトは高機動紙装甲なんで、チェーンガンでハチの巣にするぜ!≫

≪武装はフレイムロックのみ、今日はERA装備だよぉ!≫


 要注意とされる最大の理由、それはアリーナの中堅に属する実力者であること。

 上位には遠く及ばないが、手段を選ばないため手強い。

 パーツ制限のあるアリーナの出身者には、厄介な存在だった。


≪万年ブロンズを殺せ≫

≪やっちまえ≫

≪殺せ≫

≪アリーナ中堅以下が勝てるわけねぇだろ≫

≪現実見ろ、雑魚ども≫

≪世に銀蓮の祝福と安寧を…≫


 そんな配信者の下に集まる者は、過激なファンとアンチ。

 コメント欄には殺伐とした空気が流れている。

 それを意にも返さず、男たちは戦場へ赴く。


 ガス雲に覆われた空より4機のティタンが降下──中量級2、重量級2という編成。


 被発見を防ぐため、スラスターは使用しない。

 赤茶けた砂で一面を覆われた世界に、4対の足跡を刻んでいく。

 その間にもコメント欄を茶化して、配信者は新たなアンチを生み出す。


「はい、いましたね~」


 そして、目的地に辿り着く。

 五月事変の爆心地グラウンドゼロとされる放棄都市だ。

 そこには、アリーナから滅多に顔を出さない獲物が、いた。


≪いい感じに煙ってるね!≫


 狩場は、倒壊した高層ビルが巻き上げる粉塵で視界不良。

 奇襲には絶好のタイミングだった。


≪挨拶代わりの狙撃、行っちゃうぜ!≫

≪やるかぁ!≫


 郊外に近いビルの屋上に配信者一行は陣取る。

 キャノンを装備した僚機2機が射撃体勢を取り、その視点が配信に映し出された。

 ターゲットマーカーが、初期機体とブロンズナイトを


≪ガチのニュービーじゃん≫

≪またV擬きかよ、死ね≫

≪初期機体にはオーバーキルだな≫

≪やっちまえ!≫


 殺伐としたコメント欄、それを横目にトリガーは軽々と引かれた。


 発砲の衝撃波で砂塵が舞い──着弾点で爆発。


 立ち上る黒煙、粉塵を巻き上げて倒壊するビル。

 しかし、視界にはMISSの文字が表示されていた。


≪おい、雑魚も避けたぞ≫

≪わぁ…予想外だな≫


 ブロンズナイトの回避は予想済み。

 しかし、初期機体も回避したことに驚きの声が漏れた。

 コメント欄はブーイングで溢れる。


≪ちっ…雑魚が避けんなよ≫

「ビギナーズラックってやつだ、気にすんな」


 獲物たち──重逆脚のティタンも加わって3機──が配信者一行を捕捉する。


「さて、雑魚が1匹増えましたが~全員ぶっ殺しましょうかね」


 小さなハプニングはあったが、その程度で中断する配信者ではない。

 むしろ、嬲る獲物が増えたと楽観視していた。


「まずはブロンズナイトを──」


 僚機が紅蓮の光を纏って空中に上がった瞬間、一筋の光芒が走る。

 アリーナのプレイヤーならば見慣れた色彩。


 圧縮されたタジマ粒子の光──それが重量級の僚機を直撃した。


 フレイムロック対策のERA爆発反応装甲が一瞬で溶融し、爆ぜる。

 なおも止まらず、コクピットを蒸発させ、背面から光が噴き出す。


「は?」


 瞬きの後、2の僚機は爆散した。

 配信者の男は思考が停止し、間の抜けた声しか出せない。


 2機が交差する刹那を狙った──人間業ではない。


 加えてロックオン警報もなかった。

 つまり、で狙撃を行ったことになる。


「な、なんだ今の!?」

≪知らねぇよ!≫


 それを理解した瞬間、未知への恐怖が男たちを襲う。

 次弾を警戒し、2機の中量級ティタンはビルの屋上から退避する。


「あんなの聞いてねぇぞ…!」


 背の低いビルの影へ滑り込み、右腕の武器を睨みつけた。

 三日月型の大型レーザーブレイドは、遠距離戦では無用の長物である。


≪くそっ来やがった!!≫


 反対側の高架橋に降りた僚機へ急接近する赤点が1つ。

 疑うまでもなく、アリーナ3位のブロンズナイトだ。


≪──どこの塵芥か知らんが≫


 そのブロンズナイトより通信が入る。

 配信越しの視聴者すら震え上がらせる殺意が、コクピットに響く。


≪殺す≫


 一方的に通信は切られ、チェーンガンの弾幕が鉛色の空をグリーンで彩る。

 僚機が接敵したのだ。


≪やべぇ! おい、援護してくれ!≫

「待ってろ──」


 ロックオン警報が鳴り、配信者の男は口を噤む。

 視界には、ビル群を縫って迫る灰色の巨人。


 現代戦車を彷彿とさせる面白味のないデザイン──初期機体だ。


 取るに足らない邪魔者に、男は表情を歪める。


「雑魚に用はねぇんだよ!」


 そう吐き捨て、スティックを素早く操作。

 両肩のチェーンガンが鎌首を擡げ、猛烈な速度でAP弾を吐き出す。


 派手なグリーンの弾幕の渦中──そこにターゲットはいない。


 ターゲットマーカーが左へ流れ、摩天楼に遮られる。

 遅れて追従したAP弾がコンクリートを砕き、壁面に無数の弾痕を穿つ。


 粉塵が一帯に降り、灰色に染まる視界──赤い眼光が揺らめく。


 そして、発砲炎。


≪左肩部ユニット大破≫

「なっ!?」


 機体を衝撃が襲い、視界にはDANGERの文字が躍る。

 男は反射的にペダルを蹴り、愛機を後退させた。


 その判断は正解──右肩の位置をAP弾が掠める。


 左肩のチェーンガンはAP弾の供給ベルトを撃ち抜かれていた。

 致命的な部位への正確な射撃。


「まさか…!」


 灰色の世界から紅蓮の光を背負って現れるティタン。

 ターゲットマーカーの中心で、赤い眼光が瞬く。

 男は最悪の想定を導き──


「そんなわけねぇ!」

≪右肩部ユニット、パージ≫


 パージと同時にスティックを倒し、前方へ機体を加速。

 ライフルのAP弾が右肩の装甲で弾け、空へと流れた。


 アンダーパスが走るストリートで相対──灰色の巨人が肉薄してくる。


 だが、男は怯まない。

 左腕のフレイムロックを突き出し、連続で発砲。


爆心地グラウンドゼロで遭遇とか出来過ぎなんだよ!」


 これで敵機を硬直させ、大型レーザーブレイドで斬り捨てる戦術を男は得意としていた。

 しかし、眼前の巨人は、瞬間的な加速で6発を振り切る。

 赤茶けた砂塵を纏って。


「馬鹿が!」


 回避機動でエネルギー不足に陥る初期機体を男は嘲笑う。


≪左腕武器、パージ≫


 フレイムロックを投げ捨て、大型レーザーブレイドにエネルギーを集中。

 灰色の影が地を蹴り、


「このっ…死ねぇ!」


 その自殺行為に逆上し、大型レーザーブレイドを横一文字に振るい──


「なにっ!?」


 巨人の姿が、消える。

 エネルギーの刃は虚空を薙いで、陽炎を残す。


 残光の下──アンダーパスの段差で生じた高低差。


 その狭間に滑り込み、左腕を引く初期機体。

 回避不可能な間合。


「化けも──」


 赤い眼光が揺らぎ、配信画面をレーザーブレイドの閃光が覆う。

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