画竜点睛を欠く?

 決断してからの行動は早かった。

 こういうのは鮮度が命だ。

 当局に賄賂を渡して警備を潜り、輸送ヘリコプターをチャーターして、相棒たちを積み込む。


 とんとん拍子でセントラルを飛び立ち──だだっ広い砂漠地帯まで俺たちは来ていた。


 相棒のカメラは連なる赤い砂丘と採掘施設の残骸を映す。

 喉が渇いてくる景色だ。


≪そろそろ防衛ユニットの射程に入る。降下に備えろ≫

「待ってたぜ」


 スティックを握り、眼下へ視界を向けた。

 輸送ヘリコプターが高度を下げ始め、赤い大地が迫ってくる。

 振動が相棒から俺に伝わり、体を震わす。


≪準備はいいな?≫

「おう!」

≪いつでも構わんぞ≫


 視界の右端に映る輸送ヘリコプター。

 そこに吊るされた師匠のティタンは、どう見てもPVの機体だった。

 完全再現とは、さすが師匠だ。


≪ロック解除≫


 余所見してる内に、機体のロックが解除される。

 現実かと思う嫌な浮遊感に襲われ、みるみる目減りする高度、迫る赤。

 ロボットの降下シーン、ぜひ第三者視点で見たいもんだ。


 激突する前にペダルを蹴る──スラスターが火を噴き、一気に減速。


 それでも着地の衝撃で視界が揺れる。

 機体に異常なし、視界右上のレーダーには青点2つ。


≪ミッション開始だ≫


 淡々と告げるヘイズの機体は、鳥脚の白いティタンだった。

 左腕が丸ごと近接武器の素敵な機体。

 軽々と脚のパワーだけで砂丘を飛び越していく。

 同時に、両肩のミサイルコンテナが猛烈な勢いで火を噴く。


「え、かっこいい」


 ガスで曇った空を無数のミサイルが白煙を引いて走る。

 ミッションの第1段階、集団ストーカーの拠点に設置された防衛ユニットを破壊する飽和攻撃。

 ついでに俺の語彙力も破壊されそうな迫力だ。


≪所詮、使い捨てだ≫


 砂丘を飛び越えて後を追う俺の眼前で、ミサイルコンテナがパージされる。

 爆発ボルトだ!

 いけない!

 そういうのが男の子は大好きなんだぞ!


≪お前に本当のロマンを見せてやる≫

「なん…だと…」


 やめてくれよ、欲しい武器が増えちまうだろ。

 砂丘の陰に着地するなり、俺の視線は白いティタンの左腕へ向く。


≪私の前でロマンを語るか……いいだろう≫


 鉄色のティタン、つまり師匠のPV機体が俺の隣に降り立つ。

 すげぇ、PV通りの重々しさだ。

 相棒のスピードに合わせてくれる師匠は、通信越しに不敵な声を響かせる。


≪少年、私のレールガンを、よく見ておきたまえ≫


 スラスターの赤い閃光を残し、師匠とヘイズのティタンが同時に跳躍。

 俺もペダルを蹴って、相棒を空中へ上げた。

 砂丘から飛び出し、閃光瞬く採掘場が遠方に確認できる。


≪出てきたぞ…5機か≫

≪軽量級2、中量級2、戦車型1……悪くはないが、良くもない≫


 2人の報告に遅れてレーダーに赤点が映る。

 戦車型、つまりロボットにキャタピラを?


 邪道──いや、それは短絡的だ。


 おそらくは重火力、重装甲のティタン。

 それはそれでロマンか。


「ヘイズ、師匠! 戦車型の相手は任された!」

≪ふっ……任せたぞ、少年≫


 PV機体を砂丘の頂へ降ろし、レールガンのチャージを開始する師匠。

 青い光線が放たれ、左に展開するティタンの1機を捉える。

 しかし、撃破までは至らない。


≪やるな、と言っても聞かんのだろう?≫


 呆れ声のヘイズは、右に展開した2機へ吶喊中。

 ミサイルコンテナを捨て、身軽になった白い巨人は易々と弾幕を潜る。

 真正面の戦車型は俺に任せた布陣。

 2人とも最高かよ。


≪行ってこい≫

「よっしゃぁ!」


 お許しが出た瞬間、俺はスラスターを切って自由落下。

 砂丘に着地と同時に再噴射し、一気に戦車型との距離を縮める。


≪空き巣を狙ったつもりか?≫


 唐突に入る通信。

 そして、ロックオンの警告が鳴る。


≪たった3機で、舐められたものだな≫


 右へスラスターを噴射──至近を大口径のAP弾が掠める。


 スラスターをカット。

 砂丘の形状を確認しつつ、落下位置を調整する。

 落下する視界の彼方、戦車型の両腕で閃光が瞬く。


≪ふん、お前もVとやらを騙る口か≫


 本人だよ。

 砂丘の陰に隠れる瞬間、AP弾の雨が飛んでくる。

 ペダルを蹴ってスラスターを再噴射、赤い砂丘へ滑り込む。


≪裏切者にそそのかされたのだろうが……≫


 すかさずレーダーを確認、既に赤点が2つ減っている。

 2人とも早くない?


 肝心の戦車型は──大火力を発揮できる平坦な地形から動かない。


 砂丘の影を利用し、反時計回りに迂回しながら接近。

 エネルギー回復中のため、相棒と不毛な砂漠を突っ走る。


≪現実を教えてやろう≫


 気取った喋り方が聞こえなくなった瞬間、視界を赤い砂煙が覆う。

 すぐ背後にあった砂丘が


 ペダルを蹴ってスラスターを噴射──相棒の立っていた位置が爆ぜる。


 ロックオンの警報はなかった。

 スラスターをカット、巨人の足跡を赤い砂に刻んでいく。


「やるな、ストーカーっ」


 次々と攻撃が放り込まれ、砂丘を吹き飛ばす。

 レーダーを使った射撃、それも精度がいい。

 とんでもねぇ火力だ。

 だが、啖呵を切った以上はやる。

 俺は嘘をつけない男なんだ。


「行くぜ──」


 スラスターを噴射せず、脚のパワーだけで跳躍。

 砂丘の陰からランチャーだけ覗かせ、無誘導でミサイルを発射。

 眼前の砂丘が爆ぜ、異形のティタンを視界に収める。


「相棒!」


 着地と同時にスティックを倒し、ペダルを踏み込む。

 2発のミサイルが着弾し、舞い上がった。

 世界が加速し、彼我の距離を一気に縮める。


 赤い砂煙の中で砲火が瞬き──視界一杯に殺到するオレンジの弾幕。


 スラスターの噴射方向を変え、空中を滑る。

 急激な機動、狭まる視界。


「また…弾幕かよっ」

≪エネルギー残30%≫


 手動で照準、スティックのトリガーを引く。

 薄暗い視界の中で光が瞬き、AP弾が交差する。


 相棒のライフルでも効果があるのは──右腕ガトリングのマガジン。


 エネルギーは限界、弾幕が迫ってくる。

 いや、間に合う!


「よしっ」


 戦車型の右腕が爆発し、砂煙が晴れる。

 相棒が着地した瞬間を狙って、左腕のキャノンが火を噴く。

 ペダルを蹴り、相棒も地を蹴る。

 機体が浮き上がり、足下を大口径のAP弾が跳ねた。


「来い!」


 右へスラスターを噴射して、キャノンの追撃を空振りさせる。

 緑の光を放つメインカメラと目が合う。


 ロックオン警告──タンク級が両肩からミサイルを発射。


 垂直に発射するタイプ、この距離なら俺の方が早い!

 スティックを素早く操作し、トリガーを引く。


「食らえ!」


 ミサイルを全弾発射、後退するストーカーへ叩き込む。


 着地と同時に前方へ跳躍──既の所でミサイルの雨を潜る。


 爆発に追われながら、なおも肉薄する。

 重装甲の戦車型がミサイル4発で沈むはずがない。


「やっぱりなっ」


 黒煙の中からキャノンの砲口が現れ、火を噴く。

 もうペダルは蹴った。


≪エネルギー残0%≫


 エネルギー不足の警告を聞きながら、加速した世界で相手を見据える。


「これで」


 行くぜ、ライバル直伝──


「終わりだっ!」


 サッカーボールキック!

 装甲化できない頭部とコクピットの接合部にクリーンヒット!

 確かな手応えと共に、ストーカーの背後に着地する。


≪…やってくれたな!≫


 衝撃を食らった拍子に通信が繋がったらしい。

 キャタピラが高速で回転し、異形のティタンはスピンターンを披露。

 さすが戦車型、タフだぜ。

 エネルギーの回復までレーザーブレイドは使えない。


 だが、ここは──だ。


 脚に蓄えたパワーを解放し、跳んだ先にはキャノンの横腹。

 それを全力で蹴り抜く!


≪ば、馬鹿なっ≫


 爪先のヒットした砲身が曲がり、通信越しに驚愕の声が響く。

 まだ、俺のターンは終わってないぜ。

 戦車型のシャーシに着地し、装甲が脱落したコクピットへライフルを突き付ける。


≪く、くそ…化け物め…!≫


 問答無用でファイア。


≪ぐわぁぁぁ──≫


 コクピットをAP弾が貫き、内から炎が噴き出す。

 いい腕だったぜ、ストーカー。


≪いい腕だ、少年≫


 砂丘を越えて現れる鉄色のティタン。

 隣に降り立った師匠から労いの言葉を頂く。


「そっちは終わったんですね」

≪いささか拍子抜け、だったがね≫


 涼しげな声で告げる師匠の機体は、わずかに被弾していた。

 それが逆に渋さを醸し出している。


≪なるほど……本物かもしれんな≫


 遅れてヘイズの白いティタンが降り立つ。

 戦塵に汚れ、擦過痕が刻まれた機体からは神々しさが漂う。


 ただ、左腕の近接武器──杭らしき代物の先端から液体を滴らせている。


 南無三。

 斯くして5機のティタンは、全てスクラップになったわけだが──


「これで終わりなのか、ヘイズ?」


 2人のロマンを拝むことなく、戦闘は終わっちまった。

 レーダー上に赤点はないが、一縷の望みをかけて聞く。


≪拍子抜けだったか?≫

「不完全燃焼、かな」

≪そうか…≫


 通信越しでも、声のトーンが落ちたことが分かった。

 ヘイズは微塵も悪くない。

 ミッションの目的は、集団ストーカーのティタンと拠点の破壊だ。

 何を言ってんだ、俺は。


「悪い、気にしないでくれ」


 ここは成功を喜ぶ場面で、空気の読めないことを言っちまった。


≪派閥に分裂してから質が落ちたようだ≫

≪残念なことだ……しかし、ここは戦場。情けは無用だろう≫


 ただロマンを追求するだけの道楽家ではない。

 痺れるぜ、師匠。


 レールガンの砲口が採掘場へ向き──反対方向を睨んだ。


≪増援か≫


 レーダー上に表示される新たな赤点。

 防衛すべき拠点と真逆の方角、俺たちの後方から接近中。

 本当に


≪いや、待て……見覚えのない機体だ≫


 怪訝そうなヘイズの声を聞き、確信する。

 高速で突っ込んでくる灰色のティタンは、まったく無関係の第三者。

 大型のレーザーライフルが砲口を向け、明確な敵意を示す。

 上等!


≪イレギュラーか…!≫


 青い閃光が走る。

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