情けは人の為ならず?

 初心者狩りならぬV狩りが横行するセントラル。

 偽物と狩人が跋扈し、初心者が芙花・アルビナを求めて彷徨う無法地帯と化していた。


≪ストリート4で当局とチェイスしてるのVじゃね?≫

≪これで何人目だよ≫

≪あ、俺も見たわ。派手にやってた≫

≪知名度のためなら手段を選ばないってか?≫


 何人目か定かではない偽物。

 動向を観察するプレイヤーたちは、特に注視することはなかった。

 しかし、事態は一つのチャットによって急変する──


≪杭打ち狐と一緒だった≫


 その名を聞いたプレイヤーたちは戦慄せざるを得なかった。


≪逆叉座に所属してるっていうあの?≫

≪な、なぜ奴が≫

≪杭打ち狐、傷が疼くぜ……尻の≫

≪不名誉な傷でフレイムロック生える≫


 逆叉座の杭打ち狐、逆脚型の白いティタンを駆り、火薬式投射杭パイルバンカーで数多のティタンを屠ってきたバトルジャンキー。

 ティタン・フロントラインにおける人外の一角に名を連ねるプレイヤーだ。


≪V狩りに参加するようなクランじゃないだろ≫

≪今回の騒動で空中分解したって聞いたぜ≫

≪そこのメンバーがいる…つまり、どういうこと?≫

≪知るかよ≫


 知名度目当ての有象無象とは縁のない上位クランのメンバー。

 そんなプレイヤーが同伴する人物となれば、否応なしに注目が集まる。


≪あ、サイレン聞こえてきた≫

≪実況よろしく≫

≪アルビナ先生、どこ行った?≫

≪今日の捕物は手こずってるな≫

≪現場から本部へ、当局の車両を当局が追ってます、どうぞ≫

≪えぇ……どういうこと?≫



「楽しかったぜ、相棒2号…」


 そう言って俺は、大破した治安当局のパトロールカーのボディを撫でる。

 藤坂ことヘイズの荒々しい運転によって廃車となった。

 悲しい。


「何をしている……行くぞ」

「うっす」


 軽やかな身のこなしで路上から雑踏へ飛び込んでいくヘイズ。

 メカメカしい狐耳を追って、俺も曲がったガードレールを飛び越す。


「さすがだな……踏ん張りどころだぞ、少年」

「はい、師匠!」


 俺の後ろから激励の言葉を送ってくれる師匠。

 バケツ頭の一体どこから涼しげな声を響かせてるんだろ。

 それはともかく、プレイヤーとNPCの人波を縫うように駆ける。


「おい、杭打ち狐だ──」

「──当局に追われてるの逆叉座かよ!」

「あのクソアマ! 当局に突き出っがは!?」


 なんてことだ、逃走に夢中で通行人へ右フックを繰り出しちまったぜ。


「いいフックだ、少年」

「恐縮です」


 すかさず褒める師匠の教育方針、俺張り切っちゃうぞ!

 もうフックはしたくないが。


 それにしてもヘイズは速い──メカメカしい狐耳が路地裏へ入っていく。


 俺が付いてくるって確信して全力疾走してるな?

 まったく友人の過大評価にも困ったもんだぜ。


「へっ…やってやんよ!」


 俺は、加速できる!


 路地裏へ飛び込み──直進で迷いようがなかったわ。


 空気が淀んでそうな薄暗い路地裏。

 そこに黒いロングコートを纏うヘイズが佇んでいた。


「ここからは当局の管轄外になる」

「……狭い管轄なんだな」

「自浄作用に期待した自治組織だからな」


 それって無法地帯と同義では?

 発展してるように見えるセントラルで無法地帯なら、外界はどうなっちまうんだ。


 楽しみになって──おっとヘイズさんの様子が?


「さて……覚悟はいいな、お前」

「見逃したりは…」

「しない」


 狐の面をずらし、俺を見る切れ長の目。

 脳裏に過る辞世の句。

 ルビーみたいな瞳が素敵だぜ、我が友よ。


「待ちたまえ」


 師匠!


「少年を引き留め、騒ぎを起こしたのは私だ。彼に非はない」

「当然だ……覚悟しろよ、J・B」


 さすが師匠だ。

 矢面に立つと見せかけて、すぐ逃走できるよう俺の背後に立っている。

 抜かりがない。


「しかし、驚いたな……逆叉座のメンバーを友人に持つとは」


 露骨に話題を逸らす師匠。


「逆叉座…?」


 雅な名前の団体に所属してたんだな、藤坂もといヘイズ。


「私が所属してクランだ」


 ヘイズは溜息交じりに狐の面を戻す。

 今、気が付いたけど左手は義手なんだな。

 かっこいい。

 いや、それよりも俺は聞き逃しちゃいけない点があった。


「いたってことは」

「抜けた」

「そりゃまたどうして?」


 路地裏が静まり返る。

 これは黙秘というより言葉を選んでる時の沈黙だ。

 待つぜ、俺は。


「今回の騒動で内紛を始めた……だから、いる意味がなくなった」


 予想外のところまで影響が及んでるな、おい。


「もしかしなくて──」

「放っておいても内紛は始めていた。潮時だっただけだ」


 俺の言葉を遮って、ぴしゃりと言い放つ。

 この寄せ付けないオーラを出している時は、いつも厄介事を抱え込んでるんだよな。


「君ほどの実力者、彼らが簡単に手放すとは思えんな」


 師匠の冷静な言葉に、ヘイズは微かに身動ぎした。

 ほら、分かりやすい。

 しかし、師匠の言い方だとクランに主導権があるように聞こえる。


「脱退したら終わり…じゃないってことですか、師匠」

「ああ。脱退を認めず、追ってくる軟弱な輩がいると聞く」


 それ、ただのストーカーですよね。

 システム的な問題ではなく、プレイヤーの倫理観の問題じゃん!

 でも、これで見えてきたぜ。

 ヘイズの抱えてる問題は、人間関係だ。


「まったく余計なことを……」


 面の額を押さえ、溜息をつくヘイズ。


「ふじ──ヘイズ」


 危ない危ない。

 さすがに、師匠の前で実名は出せない。 

 俺のピュアな視線──ヘルメット越し──から目を逸らし、観念したように口を開く。


「確かに、私は一派閥の連中に粘着されてる」


 派閥の規模は分からないが、相手は集団ストーカー。

 それを振り切って、俺を迎えに来たわけか。

 相変わらず頼るってことを知らない友人だぜ。


「だが、大した相手ではない。心配するな──」

「こっちから出向いてやろうぜ」


 薄暗い路地裏に俺の声が響き渡った。


 ヘイズの素顔は見えないが──きっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔してる。


 沈黙の具合から察せた。

 困ってる友人を放っておくと思ったか?

 そんな薄情者じゃないぜ、俺は。


「遊ぶ時間を邪魔されるのは面倒だし……お高いティタンをスクラップにして、ついでに鼻も折る」


 アルビナ先生曰くティタンの修理費は自腹だ。

 初期機体と違って高価なパーツを組み込んでる分、その費用は高いはず。

 そこに敗北という事実も加われば、ストーカーを諦めざるを得まい。

 ついでに、ロボットバトルも楽しめる。


「名案じゃん!」


 自画自賛しちゃう!


「はぁ……お前は、すぐそういうことを言う」


 呆れてるように振舞っても、声のトーンで分かる。

 それを言うほど、俺は野暮じゃないけどな。

 言ったら問答無用でヘッドロックを食らうし。

 咳払いを一つ、それからヘイズは確認するように聞いてくる。


4対2だぞ」


 甘いな。

 数的不利で怯むと思ってるのか?

 4対1を切り抜けたばかりの俺に隙はないぜ。


「いや、4対3だ」


 この声は!


「私も加勢しよう」

「師匠…!」


 路地裏の壁に背を預ける師匠は、男前な声で宣言した。


「事情を聞いた以上、ここで退くことはできまい」


 さすが師匠だ。

 まるで無関係な戦いでも人情だけで飛び込む姿、惚れるぜ。

 待てよ、師匠のレールガンの腕前を見られるのか?

 面白くなってきた。


「連中は実生活リアルを犠牲にした上位クラン……手強いぞ、分かってるのか?」

「どんとこいや!」

「ふっ…問題ない」


 白熱したロボットバトルが期待できそうだ。

 手段と目的が逆になってる気もするが、細かいことはいい。


「……後悔するなよ」


 男に二言はないぜ。

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