情けは人の為ならず?
初心者狩りならぬV狩りが横行するセントラル。
偽物と狩人が跋扈し、初心者が芙花・アルビナを求めて彷徨う無法地帯と化していた。
≪ストリート4で当局とチェイスしてるのVじゃね?≫
≪これで何人目だよ≫
≪あ、俺も見たわ。派手にやってた≫
≪知名度のためなら手段を選ばないってか?≫
何人目か定かではない偽物。
動向を観察するプレイヤーたちは、特に注視することはなかった。
しかし、事態は一つのチャットによって急変する──
≪杭打ち狐と一緒だった≫
その名を聞いたプレイヤーたちは戦慄せざるを得なかった。
≪逆叉座に所属してるっていうあの?≫
≪な、なぜ奴が≫
≪杭打ち狐、傷が疼くぜ……尻の≫
≪不名誉な傷でフレイムロック生える≫
逆叉座の杭打ち狐、逆脚型の白いティタンを駆り、
ティタン・フロントラインにおける人外の一角に名を連ねるプレイヤーだ。
≪V狩りに参加するようなクランじゃないだろ≫
≪今回の騒動で空中分解したって聞いたぜ≫
≪そこのメンバーがいる…つまり、どういうこと?≫
≪知るかよ≫
知名度目当ての有象無象とは縁のない上位クランのメンバー。
そんなプレイヤーが同伴する人物となれば、否応なしに注目が集まる。
≪あ、サイレン聞こえてきた≫
≪実況よろしく≫
≪アルビナ先生、どこ行った?≫
≪今日の捕物は手こずってるな≫
≪現場から本部へ、当局の車両を当局が追ってます、どうぞ≫
≪えぇ……どういうこと?≫
◆
「楽しかったぜ、相棒2号…」
そう言って俺は、大破した治安当局のパトロールカーのボディを撫でる。
藤坂ことヘイズの荒々しい運転によって廃車となった。
悲しい。
「何をしている……行くぞ」
「うっす」
軽やかな身のこなしで路上から雑踏へ飛び込んでいくヘイズ。
メカメカしい狐耳を追って、俺も曲がったガードレールを飛び越す。
「さすがだな……踏ん張りどころだぞ、少年」
「はい、師匠!」
俺の後ろから激励の言葉を送ってくれる師匠。
バケツ頭の一体どこから涼しげな声を響かせてるんだろ。
それはともかく、プレイヤーとNPCの人波を縫うように駆ける。
「おい、杭打ち狐だ──」
「──当局に追われてるの逆叉座かよ!」
「あのクソアマ! 当局に突き出っがは!?」
なんてことだ、逃走に夢中で通行人へ右フックを繰り出しちまったぜ。
「いいフックだ、少年」
「恐縮です」
すかさず褒める師匠の教育方針、俺張り切っちゃうぞ!
もうフックはしたくないが。
それにしてもヘイズは速い──メカメカしい狐耳が路地裏へ入っていく。
俺が付いてくるって確信して全力疾走してるな?
まったく友人の過大評価にも困ったもんだぜ。
「へっ…やってやんよ!」
俺は、加速できる!
路地裏へ飛び込み──直進で迷いようがなかったわ。
空気が淀んでそうな薄暗い路地裏。
そこに黒いロングコートを纏うヘイズが佇んでいた。
「ここからは当局の管轄外になる」
「……狭い管轄なんだな」
「自浄作用に期待した自治組織だからな」
それって無法地帯と同義では?
発展してるように見えるセントラルで無法地帯なら、外界はどうなっちまうんだ。
楽しみになって──おっとヘイズさんの様子が?
「さて……覚悟はいいな、お前」
「見逃したりは…」
「しない」
狐の面をずらし、俺を見る切れ長の目。
脳裏に過る辞世の句。
ルビーみたいな瞳が素敵だぜ、我が友よ。
「待ちたまえ」
師匠!
「少年を引き留め、騒ぎを起こしたのは私だ。彼に非はない」
「当然だ……覚悟しろよ、J・B」
さすが師匠だ。
矢面に立つと見せかけて、すぐ逃走できるよう俺の背後に立っている。
抜かりがない。
「しかし、驚いたな……逆叉座のメンバーを友人に持つとは」
露骨に話題を逸らす師匠。
「逆叉座…?」
雅な名前の団体に所属してたんだな、藤坂もといヘイズ。
「私が所属していたクランだ」
ヘイズは溜息交じりに狐の面を戻す。
今、気が付いたけど左手は義手なんだな。
かっこいい。
いや、それよりも俺は聞き逃しちゃいけない点があった。
「いたってことは」
「抜けた」
「そりゃまたどうして?」
路地裏が静まり返る。
これは黙秘というより言葉を選んでる時の沈黙だ。
待つぜ、俺は。
「今回の騒動で内紛を始めた……だから、いる意味がなくなった」
予想外のところまで影響が及んでるな、おい。
「もしかしなくて──」
「放っておいても内紛は始めていた。潮時だっただけだ」
俺の言葉を遮って、ぴしゃりと言い放つ。
この寄せ付けないオーラを出している時は、いつも厄介事を抱え込んでるんだよな。
「君ほどの実力者、彼らが簡単に手放すとは思えんな」
師匠の冷静な言葉に、ヘイズは微かに身動ぎした。
ほら、分かりやすい。
しかし、師匠の言い方だとクランに主導権があるように聞こえる。
「脱退したら終わり…じゃないってことですか、師匠」
「ああ。脱退を認めず、追ってくる軟弱な輩がいると聞く」
それ、ただのストーカーですよね。
システム的な問題ではなく、プレイヤーの倫理観の問題じゃん!
でも、これで見えてきたぜ。
ヘイズの抱えてる問題は、人間関係だ。
「まったく余計なことを……」
面の額を押さえ、溜息をつくヘイズ。
「ふじ──ヘイズ」
危ない危ない。
さすがに、師匠の前で実名は出せない。
俺のピュアな視線──ヘルメット越し──から目を逸らし、観念したように口を開く。
「確かに、私は一派閥の連中に粘着されてる」
派閥の規模は分からないが、相手は集団ストーカー。
それを振り切って、俺を迎えに来たわけか。
相変わらず頼るってことを知らない友人だぜ。
「だが、大した相手ではない。心配するな──」
「こっちから出向いてやろうぜ」
薄暗い路地裏に俺の声が響き渡った。
ヘイズの素顔は見えないが──きっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔してる。
沈黙の具合から察せた。
困ってる友人を放っておくと思ったか?
そんな薄情者じゃないぜ、俺は。
「遊ぶ時間を邪魔されるのは面倒だし……お高いティタンをスクラップにして、ついでに鼻も折る」
アルビナ先生曰くティタンの修理費は自腹だ。
初期機体と違って高価なパーツを組み込んでる分、その費用は高いはず。
そこに敗北という事実も加われば、ストーカーを諦めざるを得まい。
ついでに、ロボットバトルも楽しめる。
「名案じゃん!」
自画自賛しちゃう!
「はぁ……お前は、すぐそういうことを言う」
呆れてるように振舞っても、声のトーンで分かる。
それを言うほど、俺は野暮じゃないけどな。
言ったら問答無用でヘッドロックを食らうし。
咳払いを一つ、それからヘイズは確認するように聞いてくる。
「最低でも4対2だぞ」
甘いな。
数的不利で怯むと思ってるのか?
4対1を切り抜けたばかりの俺に隙はないぜ。
「いや、4対3だ」
この声は!
「私も加勢しよう」
「師匠…!」
路地裏の壁に背を預ける師匠は、男前な声で宣言した。
「事情を聞いた以上、ここで退くことはできまい」
さすが師匠だ。
まるで無関係な戦いでも人情だけで飛び込む姿、惚れるぜ。
待てよ、師匠のレールガンの腕前を見られるのか?
面白くなってきた。
「連中は
「どんとこいや!」
「ふっ…問題ない」
白熱したロボットバトルが期待できそうだ。
手段と目的が逆になってる気もするが、細かいことはいい。
「……後悔するなよ」
男に二言はないぜ。
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