初心者はお呼びじゃない!
ハリウッド顔負けなチェイスを切り抜け、入り組んだ迷路みたいな路地でバイクは止まる。
めちゃくちゃ楽しかった!
特に高層ビルから高層ビルへのジャンプは、もう一度やりたい。
「酔ってない? 大丈夫?」
「大丈夫です!」
あの程度では酔わないな。
ライバルことオープニングとの闘いに比べれば、飛び込む先を予想して楽しむ余裕があった。
銀髪赤目の美少女相手なら酔っていようと見栄を張るが。
「結構振り回したと思うけど」
「ティタンに比べればマシですよ」
「お、言うね」
いたずらっ子を思わせる小悪魔な笑み。
よせやい、惚れちまうぜ。
しかし、見ず知らずの俺を助けてくれたのは、なぜだろう?
「ヘルパーさん」
「はいはい」
「どうして俺を助けてくれたんですか?」
初対面の人には言葉遣いを改められる男、それが俺だ。
うん、常識だな。
俺の質問に対して、厳ついバイクに腰掛けたヘルパーさんは逡巡する。
「新規さんを放っておけなかったのが一番、なんだけど……」
他人に無関心な現代社会では立派な行いだと思うが、なにやら続きがある様子。
「ちょっと今日はやりすぎたかなぁ」
「あ、毎日は起こらないイベントなんですね」
「がっかりしちゃった?」
いえ、まったく。
初めの内は楽しめても、頻発すれば煩わしくなる。
そのイベントが俺の目的と無関係であれば尚更だ。
「色んな楽しみ方があるとは思いますけど──」
首を小さく傾げるヘルパーさんとの逃避行は楽しかったが、それが目的じゃない。
ティタン・フロントラインの売りは、白熱したロボットバトルだろ?
「俺はティタンへ乗りに来たんで」
「…そっか」
そわそわしていたヘルパーさんは、どこか安心した様子で頷きを返してくれた。
今の俺、結構決まってた──自己採点とか痛々しいわ。
しかし、やりすぎたということは、普段は自重しているのか。
「でも、今日はどうして大立ち回りを?」
「うーん…」
さっき出会ったばかりの相手には言いにくいことかもしれない。
根掘り葉掘り聞くのも失礼だな。
「昨日から新規さん──あるプレイヤーを探してクラン同士が競争してるの」
質問を取り下げる前に、遠い目をしたヘルパーさんは語り出す。
「あるプレイヤー?」
「チュートリアルでティタンと戦ったよね」
「はい」
もしかして、いや、もしかしなくても──
「あれを倒したプレイヤー」
昨日、ライバルことオープニングを撃破した人。
俺かな、俺だよな。
いや困っちゃうね、有名人じゃん。
どういうこと?
「反応、鈍いね」
「え、いや……あ、あれを倒せる人がいるんだなぁって…思って」
怪訝そうな視線に対して、ぎこちなく応じる。
俺は嘘をつくことができない男なんだ。
しかし、藤坂の言う厄介事の気配を感じ取った俺は初心者に擬態する。
「私も信じられなかった。でも、公式アナウンスがあったから嘘じゃないの」
発起人は、まさかの公式!
「……初心者の募集って嘘だったんですね」
「募集も並行してやってるけど、目的は件のプレイヤーだね。出方次第で勢力図が変わっちゃうから」
この世界の勢力図は知らないが、ライバルのもつ影響力の大きさは分かった。
ただ強いだけのNPCと思って、すみませんでした!
藤坂のクランに加入したら迷惑かけそうだな。
「だから、新規さんを萎縮させるような乱暴なのが多くて」
鋭い眼差しを虚空に向けるヘルパーさんの憤りは大いに分かる。
新規が根付かなければ、その界隈は緩やかに死ぬ。
俺のプレイしてたソシャゲは、高圧的な古参が新規を追い出した結果、滅んだ。
「……嫌がらせしちゃった」
罪悪感を滲ませる弱々しい声だった。
ヘルパーさんは衝動的に行った妨害活動を悔いている様子。
善い人だな。
「おかげで俺は助かりました、ヘルパーさん」
そこまで言って、感謝の言葉を言っていないことを思い出す。
痛恨のミスじゃねぇか!
「ありがとうございましたっ」
「え……あ、どういたしまして?」
俺の誠心誠意の礼にヘルパーさんの声は困惑気味だった。
今更かよ、という困惑だな、これは。
ここは土下座すべきだったか──常識を疑われるな、それ。
冷静になった俺の脳裏に新たな疑問が降って湧く。
頭を上げた俺は周囲を見渡し、それからヘルパーさんを見る。
「ところで、ヘルパーさん」
「は、はい」
「ここってどこですか?」
困惑の表情を浮かべていた銀髪赤目の美少女は、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
頭の上でローディングの円が回ってたね、絶対。
「あ、まだ始めたばかりだもんね。メインストリートに案内……」
言葉は最後まで続かず、しなやかな指を顎に当て黙考するヘルパーさん。
どうしたんだろ。
「ヘルパーさん?」
「いいこと思いついちゃった」
小悪魔な笑みを浮かべるヘルパーさん、絵になるな。
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