初期機体は初心者にあらず!
バショウ科バショウ属
オープニング
初期機体にご用心!
赤茶けた砂に覆われた摩天楼の群れ。
太陽光を遮るガス雲の下、仄かに暗い放棄都市で閃光が瞬く。
遅れて爆轟が世界を揺らし、黒煙が立ち上る。
≪なんなんだよ、こいつは!≫
通信越しに響くは僚機の悲鳴。
3分前まで久々の狩りだと笑っていた男の声とは思えない。
「いいから下がれ!」
ストリートに横たわる高層建築をスラスターの推進力で飛び越え、僚機へ後退を指示する。
視界の右上に浮かぶレーダーに映る敵機は1機。
3機いた僚機も1機。
わずか3分間の凶行、悪い冗談としか思えない。
≪当たれ、当たれ! バグか!?≫
面制圧を得意とするガトリングを装備した僚機と敵機の距離が縮まっている。
耳慣れた砲声を音響センサーは拾っているが、肝心のターゲットを捉えた様子はない。
「あと10秒耐えろ!」
≪10秒って、きついぞ!≫
僚機の言葉に口を引き結び、ペダルを踏み込んでスラスターの出力を上げる。
赤茶けた摩天楼のガラス面に移り込む巨人の背から紅蓮の光が迸った。
丸みを帯びた装甲を纏う重量級の愛機が加速し、ストリートに巻き上がる砂埃。
≪くそくそくそ! チートか──≫
「おい!」
レーダーから僚機の表示が消え、眼前のストリートに2体の巨人が姿を現す。
両腕のガトリングの砲身を溶断された赤褐色の巨人が、僚機。
そして──僚機の頭部とコックピットの間に武骨な爪先を叩き込む巨人が、敵機。
慣性に従って僚機の巨体は摩天楼へ激突し、舞い上がるコンクリート片と砂埃で視界はゼロ。
敵機の頭部に備わるメインカメラの赤い眼光も消える。
「ちぃっ!」
背面のスラスターをカット、前面に切り替えて逆噴射。
一瞬で加速度が反転し、視界が暗く狭まるも躊躇なく再加速。
得体の知れない存在を前にすると、人間は本能的に距離を置く。
「冗談じゃねぇ…!」
恐怖が焦燥を上回る中、レーダーに映る敵機の方角を手動で照準。
すかさず右腕のレーザーライフルが構えられ、赤茶けた世界を閃光が穿つ。
全高10mの巨人が握るエネルギー武器は、並大抵の装甲では防げない。
視界の左端、立ち込める砂埃に反応──灰色の巨人が姿を現す。
ターゲットマーカーが敵影と同期、レーザーライフルの砲口が未来位置を睨む。
閃光が迸り──MISSの表示が視界で踊る。
ターゲットマーカーは右端に、健在の敵機を示す。
スラスターの出力を最大まで上げ、瞬間的な加速で回避したのだ。
「人間の反射速度かよっ」
レーザーライフルの弾速は、目で認識してから回避できる速度ではない。
その常識を覆した敵機は、エネルギー不足に陥ってスラスターをカット。
驚愕こそしたが、それを見た男は口角を上げる。
重量級の愛機はエネルギー容量に余裕があり、後退と射撃が続行できた。
「へっ馬鹿が!」
無様にも2本の脚でストリートを走行する敵機。
流麗なデザインのレーザーライフルに対し、貧弱な単射型のライフルが火を噴く。
重量級の装甲には非力──レーザーライフルの加速器には有効。
5発の弾痕を刻まれた加速器は、正常な動作を停止する。
≪右腕武器にダメージ──使用不能です≫
「なに!?」
驚愕を隠し切れず、慌てて右腕の武装をパージ。
エネルギーの回復した敵機は、射撃を続行しながら跳躍する。
その未来位置をターゲットマーカーが追い、必死に思考を回転させる男は思い至った。
そこは愛機の両肩に搭載したロケット弾の散布界の中だと。
「くたばれ!」
スティックを操作し、武装を選択。
即座にトリガーを押し込む。
一斉発射されたロケット弾の雨が敵機を包み──紅蓮の光が背面より迸る。
急加速した灰色の影は、ガス雲に汚された大空を背負う。
現代戦車を彷彿とさせる面白味のないデザインの人型。
防御力も機動力も最低水準、貧弱なライフルは決定打に欠け、右肩のミサイルは6発しかない。
左腕のレーザーブレイドが唯一の実用武器。
この世界に降り立った者が、初めて目にする鋼の巨人──初期機体。
「ふざけんなよ、おい!」
そんな代物に資金と時間を費やした愛機が圧倒されている。
頭上を飛び越した影は重力に従って落下──着地の衝撃で赤茶けた砂が吹き上がる。
彼我の距離がゼロに近づく。
愛機のスラスターをカット、それでも方向転換は間に合わない。
「くそっ!」
赤い眼光が揺らめく──エネルギー供給を受けた光の剣が、敵機の左腕より伸びる。
「お前のような初心者がいるかぁぁぁ──」
初心者のヘルパーを宣う有名配信者に世間の厳しさを教える、と笑っていた
その最後の1人は、ヘルパーされていた初心者のレーザーブレイドによって蒸発した。
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