32.チェシカ参戦!

 転移魔法陣が魔力の光を放ち始める。それは誰かが転移して来るという兆し。

 転移魔法陣から魔力光に照らされ、魔法陣が描かれた地面からせり上がって来るように姿を現したのはチェシカとヒュノル。場所は黒の民の里村。その中央からやや離れた場所。

 転移魔法陣を設置する時には魔力が通りやすい場所を選ぶことが重要な要素の一つにある。

 黒の民の里で言えば森の泉から引いた水を貯める貯水槽の辺り。

 チェシカは転移した途端、濃密な妖気と強大な魔力を感じた

 視線の先に横たわるゼツナとそのそばにはハクト。二人にゆっくりと近づいている魔人デューク。


「デュークゥゥッ!!!」


 詳しい状況が分からずとも、二人に危険が迫っていることを肌で感じたチェシカは注意を逸らす為に魔人の名を叫んだ。

 同時に二人の元へ駆け寄りながら魔術を放つ。


「【火炎球ファイアボール】!」


 紅蓮の火球がデュークに向かって火炎の帯を引いて飛んでいく。

 直撃。

 爆炎がデュークを包み込む。


「ヒュノル! 【翔破術グライディング】!」


 続けざまに飛翔魔術を唱える。

 チェシカの声にヒュノルはいつも通りに彼女の外套マントの襟にしがみ付いていた。

 ゼツナとハクトのそばに着地点を設定して跳ぶ。

 着いた途端、チェシカは次の魔術を用意し、ヒュノルはゼツナたちの方へと退避する。

 チェシカは初手の【火炎球ファイアボール】がダメージを与えたとは思っていない。自分たちが二人のそばに行く為の目くらまし効果を狙っての一撃だった。

 案の定、爆炎の中からデュークが何事もなかったかのように姿を現す。


「ハクト! ゼツナの状態は!?」


 なぜここにハクトがいるのかなどの理由は後回しでチェシカは尋ねる。


「チェシカさん! だ、大丈夫ウサ! 治癒の聖術で傷は治っているウサ。今は気を失っているだけウサ」


 チェシカは前を向いたまま「ありがと。助かるわ」とハクトに答える。


「――誰カト思エバ貴様カ。確カ、チェルシルリカ・フォン・デュターミリア――ダッタカ」

「名前を憶えていてくれたなんて、光栄ね」

「何、雑種如キ有象無象ノ名ナド本来ナラバ覚エル価値ナド無イノダガ、何セ三百年ブリノトモガラ以外ノ相手ナノデナ。興味本位デ尋ネタ事トハイエ、覚エテオクノハ礼儀トイウモノデアロウヨ」


 まさか魔族から礼儀なんて言葉が訊けるとは思わなかったが、それは口にせず別の疑問を口にする。


「――一つ訊いてもいいかしら?」

「ホウ。先ニモ思ッタガ雑種ノ割ニハ良イ度胸ヲシテオル。逃ゲル素振リモ見セズニ問答トハナ」

「あんたはあたしたちが倒すから逃げる必要なんてないもの」

「フフ……フハハハハ。面白イ雑種ヨノ。良イダロウ。何ガ知リタイ?」

「――三百年振りと言ったわね。魔族は?」


 チェシカが尋ねた途端、四つの瞳に強い意志を光らせ魔力を迸らせながら叫ぶ。


「ソウダッ!! 此度コソ我ラガ怨敵、天人族共ヲ根絶ヤシニシテ長キ戦イヲ終ワラセルノダァァァッ!!」

「【発動ロード】!」


 デュークは砂塵を舞い上がらせ、チェシカへと間合いを詰めると赤い爪を横薙ぐ。が、すでにそこにはチェシカの姿はなく、簡易命令呪文コマンドによって外套マントに付与された【飛翔術フライング】を発動させて上空へと飛び距離を取っていた。

 外套マントに付与された【飛翔術フライング】は持続時間が数倍長い。

 同時に先ほどまで自分がいた場所に向けて魔術を打ち下ろす。


「【連射火破矢マシンガン・ファイア・アロー】!」


 空中に三本の破矢の矢筒が現れ、それぞれが回転しながら断続的に火属性の破矢が地面へ向けて発射されるが、デュークは背の黒い羽を羽ばたかせて同じく上空へと飛び回避する。

 チェシカは構わず矢筒を飛び回るデュークへ向けて攻撃を継続する。

 対デューク戦においてチェシカがとり得る基本にして唯一の戦略は遠距離からの攻撃。しかしながら生半可な威力の魔術では致命傷どころか、大したダメージも与えられないだろう。

 今、デュークが破矢を避けているのはほんの少しのダメージでも勝敗を分かつことがあるとる戦士が故の行動。

 強力な魔術を使うのに必要なが欲しいところだが。

 破矢の魔術を打ち尽くしたチェシカは、一度地表に降りて次の魔術の準備をする。が、相手はかなりの速度で迫って来る。


(速い!)


「【火炎球ファイアボール】」


 再び火球を一直線に飛んでくるデュークに放つ。

 しかし今度は射線上から少し身体をずらしただけで躱される。目くらましにもならず、突進してくる勢いは変わらない。


「しまッ――!?」


 避けられた瞬間に最悪の状態が頭をよぎる。

 このまま間合いを詰められたら終わりだ。ならば飛んで距離を稼ぐしかないが、スピードに乗った相手から逃げおおせるとは思えない。


「くっ!」


 それでもそれしか方法がない。魔術は間に合わない。と思った瞬間、気配を感じるよりも前に背後から抱きかかえられるように腕を回される。


「ッ!?」


 目の前まで迫ったデュークが腕を振り上げ、赤く染まった鋭い爪を振り下ろすのが見えた。しかし、その一撃はまるで身体すり抜けたかのようにチェシカの身体には当たらない。

 不思議な光景だった。まるで水中から水面を通して外を見ているかのような。


「チェシカ、大丈夫か?」

「ゼツナ! あんたこそ大丈夫なの!? それにこれは何!?」

「大丈夫だ。だが詳しい話をしてはいられない。狭界ここに長く留まるのはまずい。一度、外へと出る」


 ゼツナが言うや否や、感覚的には水中から身体を出したような感覚を感じたかと思えば、デュークから随分と離れた場所にいることに気付く。


「かはッ!!」


 すぐ後ろで重い息を吐く音が聞こえ後ろを振り返るチェシカ。


「ゼツナ!」

「だ、大丈夫だ。それより――来るぞッ!!」


 束の間、チェシカの姿を見失っていたデュークがこちらを見つける。

 それに気づいたチェシカは腰のポーチから大賢者ヴァン・フォン・マギナウィスプから渡された剣の柄を取り出すと、それに向けて【火炎球ファイアボール】の魔術を唱えた。

 発動した火炎の球は剣の柄に吸い込まれて消えたかと思うと、間髪置かず炎が噴き出し刀身を形作る。

 まさしく炎の剣。


「ゼツナ。無茶は承知で言うわ。私が魔術を放つ時間を稼いで欲しいの」

「――承知した」


 炎の剣を受け取ったゼツナはこちらに向かって来るデュークを迎え撃つ為、自らも間合いを詰める。


オン! 我が身に宿りしは風雷の守護神なりッ! 疾風迅雷ッ!!」


 武装暗技ぶそうあんぎを唱えつつ、互いの間合いに入った二人はお互いの武器を打ち合わせる。

 赤い爪と炎の剣。

 打ち合った瞬間、膂力パワーの差でゼツナは後ろへ押され、だが炎の剣は片手に五本ある赤い爪の内、三本を斬り落としていた。


オン! 我が身に宿りしは金剛の守護神なりッ! 剛力無双ッ!!」


 さらに自身を強化しつつ斬りかかるゼツナ。その様子を視界に捉えつつ、チェシカは懐から二つの魔晶石を取り出しすと頭上に投げる。


「【開放アクティベイト】」


 簡易命令呪文コマンドを受け二つの魔晶石はガラスが割れるような高い破砕音をさせて砕けると、人族ひとの頭ほどの魔力球となった。

 準備は整った。あとはタイミング。


(ゼツナっ!!)


 圧倒的な差は如何ともし難く、ゼツナは追い込まれていた。

 武器としては炎の剣に分があるとしても強さに差があり過ぎた。

 ゼツナが振るう剣の攻撃はすべて躱され、攻撃の合間に出来た隙に爪の攻撃や蹴りが放たれる。

 かろうじて爪の突きを炎の剣で払えたかと思えば、すでに下段廻し蹴りが視界の隅に入る。


「くッ!!」


 突きを上方へと払った剣を自身の最速の反応を以って蹴りに振り下ろす。

 剣が蹴りを打ち払う直前、蹴り脚が跳ねあがり上段蹴りへと軌道を変えた。

 ゼツナの剣が空を斬ると同時にデュークの上段蹴りが側頭部にに入る。

 頭蓋がミリシという音を確かに訊いた。


「がはっ!!」


 衝撃インパクトの瞬間、同じ方向へと飛ぶ浮身ふしんを使って致命を免れたのは天賦の才か。

 ゼツナは蹴り払われ真横に吹っ飛んでいく。

 飛ばされた彼女にハクトが駆け寄ろうとしている姿を視認したデュークは「サセヌワッ!!」と叫ぶと、腰だめに拳を握るとその場で正拳突きをする。

 すると拳先から巨大な"気弾"が放たれハクトを直撃しすると「ギャッッ!!」という悲鳴と共に、ハクトはその小さな身体を一瞬硬直させてその場に倒れた。


(ハクトッ!!)


 その様子を見たチェシカは歯を食いしばり心の中でハクトの名を叫ぶ。しかし、今は彼に駆け寄っている暇はない。この好機を逃す訳にはいかない。

 チェシカは両腕を前に伸ばし、手の平を広げて構えると両の手の平の間に小さな魔力光の粒子が集まり徐々に大きくなっていく。


ペーネート・スート・リーク

光よ 貫く一条となれ


魔粒子紫輝光線マナ・パーティクルレイザー


 全てを貫く魔力の光線が眩しい閃光を放ちつつ、四ツ目の魔人へと向かっていった。












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