31.特級魔術の巻物

 魔力とは一体どういう物なのかは今だはっきりと解明はされていない。その発生原理も含めて研究中としか言いようがない物ではあるが、確かに世界には魔力があり、人族ひとはそれを活用してきた。その最も代表的な物が魔術であり魔導具マジックアイテムである。

 魔術の巻物スクロール

 下級、中級、上級、特級と区別された魔術の巻物スクロールには、下級を除いて安易に発動しないように安全施術ロックとして保護呪文プロテクトスペルが施されていて、【開封アンシール】という保護呪文プロテクトスペルがもっともよく使われている代表的な物だ。

 しかし、当然ながら特級魔術の巻物スペシャル・スクロール保護呪文プロテクトスペルがそのような簡単な物であるはずもなく、複雑な術式となっているからこそ解読にも時間がかかるのだ。最悪、制作者である付与術師エンチャンターにしか分からないということもザラにある。


「――もぅ! 時間が無いってのにッ!! 術式に暗号文を混ぜておまけに模造文ダミースペルも入れてるなんて、なんて性悪が作ったのよ、これっ!」


 根本的に攻撃魔術と異なる考え方の術式に思わず愚痴をこぼすチェシカ。

 攻撃魔術の術式は簡略でありながらも効果、威力をより大きくするのが基本だが、この保護呪文プロテクトスペルの術式は複雑難解で、個人的な術式の組み立ての癖が強すぎる。

 そもそも付与術エンチャントには稀有の才能が必要で、チェシカも下級魔術の巻物ロー・スクロールならなんとか作れるが、中級魔術の巻物ミドル・スクロールともなればお手上げである。

 チェシカは帝法魔導学院の首席トップを張っていた時もあるほど魔術の才覚は抜きんでていたが、付与術エンチャントはまた別角度の才能が必要な物だった。


「これで――どう!? 模造文ダミースペルは全部取り除けたはずよ!?」

「――――」

「ちょっと! 何黙ってんのよッ!!」


 押し黙ったまま言葉を発しないヴァンに、痺れを切らしたチェシカが声を上げたその時、部屋の転移魔法陣が魔力光を放つ。


「チェシカ! ゼツナはここには来ないよ! 一人で残って決着をつけるって!」


 黒の民の里から転移して来たヒュノルが開口一番、説得に失敗したことを告げる。


「――ったく! あの娘はッ!」


 ある程度予想出来たとはいえ、案の定な結果に苛立った口調になる。


「ヴァン! 黙ってないで答えて! 保護呪文プロテクトスペルの解読は出来たの!?」


 多少の八つ当たりは自覚しつつも、チェシカは荒立つ口調を気に留めることはしない。


「――結論から言おう。保護呪文プロテクトスペルの解読はあと数時間といったところだ。しかし、一つ問題がある」

「問題? 何よ?」

「この魔術の巻物スクロールは未完成だ。厳密に言えば【神封破ディオステア】が不完全な術式構成になっている」

「なん……ですって?」


 ここに来てその事実は致命的になる。


「理由はわからん。元々完全な【神封破ディオステア】を使えないのか、魔術の巻物スクロールとして落とし込む時に、正規の術式では支障があったのか――」


 ヴァンは「おそろらく」と前置きを加えて続ける。


「【神封破ディオステア】が魔術師協会特別保護指定アソシエーションプロテクトされているのだ。正しく世に伝わっていなくても不思議ではない。そういう意味ではこの術を使える者はそうはいないだろうからな」


 魔術が魔術師協会特別保護指定アソシエーションプロテクトされた時点でそれは禁呪となる。そうなれば世に広まることはほぼなくなり、当然ながら術を使える者もいなくなる。

 魔術の巻物スクロールとは大前提として、付与術師エンチャンターがその魔術を使えなければ作れない。


「それじゃ、この特級魔術の巻物スペシャル・スクロールは使えない――の?」

「いや、使えるぞ」

「は? いや、今さっき不完全だって……」

「術としては不完全だと言ったのだ。魔術の巻物スクロールとしては発動する」

「ちょっと待って――」


 チェシカはしばらく広げられた特級魔術の巻物スペシャル・スクロール見つめた後、尋ねる。


「それってつまり――」

「うむ。不完全な【神封破ディオステア】が発動するだろうな」

「不完全ってどの程度なの? やっぱり封印は解除されないとか?」

「それは発動しないことを意味する。そうではなく、この場合は一定時間の間、封印が解除されると思われる」

「一定時間ってどのくらい?」

「実際に発動させてみないと確実な事は言えないが、この術式の記述から判断すると、おおよそ数分といったところだろう」


 ヴァンは「あくまで推測だがな」という言葉も付け加える。


「――あんたでも正しい記述に書き換えれないの?」

「無理だ。私とて知らない術はどうしようもない。この【神封破ディオステア】は元々、魔人族が創り出した術式だと言われている。人族の世に伝わることこそ稀であろう。そういう意味ではこの魔術の巻物スクロールは奇跡的と言っていい」

「――賭けるしかないわね。とにかく解読を急いで。時間的にギリギリかもしれない」





 物理衝撃緩和アブソーバーが施されたアンダーシャツの上から、物理防御力向上プロテクション軽量化ライトの魔術が付与された魔導鎧コートを身に着ける。魔導鎧コートの背にある外套マントには三回の回数制限はあるが、簡易命令呪文コマンドを唱えると【飛翔術フライング】の魔術が発動する付与がされていた。

 今回の相手は魔術戦よりも近接物理を好むと思われるので、対物理装備を念頭に置いている。その為、普段はゴテゴテとした装備は付けないが、胸と胴が一体となっている胴体鎧ボディーアーマー肩当てショルダーアーマーを選んだ。

 特級魔術の巻物スペシャル・スクロールの解読は、最後の仕上げに入っていたのでチェシカには手伝えることがなかった。なのでその時間を利用して各種装備の点検と回復薬の用意、極少結界陣チャフの再構築を済ませていた。


「――ふぅ、終わったぞい」


 汗一つかいていなかったが、額の汗を拭う仕草をするヴァン。その口調も感情の起伏の無い平坦な声から、最初の好々爺然とした口調に戻っていた。

 目の前に開かれて置かれていた魔術の巻物スクロールは、見えない手があるかのようにクルクルと巻かれて紐止めされ、ふわふわと浮かびながらチェシカの元まで運ばれていく。


「――助かったわ」


 受け取ったチェシカは一言例を言うと魔術の巻物スクロールをウェストポーチに仕舞う。


「ヒュノル! 行くわよッ!!」

「わかった!」


 ヒュノルに声をかけて部屋の転移魔法陣へと歩いて行くチェシカに向けて、ヴァンが声をかける。


「――ほれ、これも持っていけ。何かの役に立つかもしれんて」


 ヴァンがそう言うと、先ほどの魔術の巻物スクロールと同様にふわふわと何かがチェシカへ向けて漂っていく。


「これは?」

 

 受け取ったチェシカはそれが剣の柄だと気づく。

 尋ねたのは何かではなく、どういった物なのかということ。


「儂がこしらえた物じゃ。まぁ、特に名称は付けておらんが、そうさの。魔術の剣マジックソードとでも付けるかの」

魔術の剣マジックソード?」


 剣身ブレードのない柄だけの物を剣と呼ぶ理由をいぶかしむチェシカ。


「その柄を目標にして魔術を放てば、その術を媒介にして術の属性に応じた刃が発生するんじゃ」


 ヴァンは目を閉じて腕を組み、自慢げにうんうんと首を振る。


「大抵の魔術には対応するじゃろうて。まぁ、耐久テストはそれほどしておらんでな。どれほどの回数、剣を発生させることが出来るのかは未知数じゃがの」


 これといって特に変わり映えの無いどこにでも見かけるような剣の柄ではある。ただガードの部分に魔宝石が三つ埋め込まれていた。


「わかった。遠慮なく使わせてもらうわ。ありがとう」

「ヒョッヒョッヒョッ。感謝も礼もいらんて。その代わり――必ずその魔人をブチ殺すのじゃ」


 ただただ純粋な憎悪だけが籠った笑みを浮かべるヴァン。


「――ふん」


 チェシカは一つ鼻を鳴らすだけで答えた。

 誰かの為に戦うのではなく、誰かの指示を受けて戦うのでもない。チェシカ自身が決めた結果として戦うのだ。


「【転移術式展開トランスファーサークル】」


 簡易命令呪文コマンドに反応して魔法陣からの魔力光にチェシカとヒュノルの二人は包まれたかと思うと、粒子の残滓を残してヴァンの研究室から転移していった。












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