7.黒髪の少女

(何だか変わった家ね。……家よね?)


 チェシカは適当に選んだ近場の家屋に入ってみたが、最初に感じたことがそれだった。あまり見たことのない内装に確信が持てない。

 入口から入って足を踏み入れてもそこは床板ではなく土の地面。一瞬、物置きか倉庫の類かと思う。

 外観からおおよその広さは想像出来るので、何部屋もあるよには見えない家屋。

 壁で部屋が仕切られている訳でもなく、一部屋という感じで二階もなさそうだった。

 部屋の中、結構な目立つ場所に家を支える太い柱。ふと天井を見上げてみれば、同じようにしっかりとした梁が屋根を支えるようにはしっている。それにしても天井が高い。

 視線を元に戻せば、土の床は入口まわりだけで部屋の半分以上は、土床より高くした位置に板張りの床がある。

 よくよく見ればテーブルのようにいくつもの脚で板張り床が支えられていた。


(――そういえば、テーブルとか椅子が見当たらないわね)


 ますます倉庫か何かかと思う。


「――何だか変わったお住まいでございますね。ドワーフが住むような住まいに似ている気がしないでもありませんが」


 他の場所を調べていたミヤミヤが後から入って来てつぶやく。


「入口のドアを調べてみましたら、ドアノブが無くこちらのお住まいはドアを横に開けるのですね。ちょっと新鮮です」

「ミヤミヤ。どう? 他で室内で争ったような形跡はあった?」

「いえ、わたくしが見たお住まいはそのような形跡はありませんでした。ただ食器らしきものや籠などが散乱しておりましたので、慌てて外に出た――といった印象を受けましたが」

「――あたしもそう感じたわ。襲撃者を外で迎え撃ったって感じかしら」


 一通り室内を見回しても他に変わったことがなさそうなので家屋を出てそのまま辺りを歩いてみることにする。

 いくつかは崩れていたり土壁に穴が空いていたりする家屋もあった。そういった家屋には壁面や空いた穴の淵などに血の跡が残っている。

 一軒だけ内側から爆発したように大きく損壊した家屋があった。


「戦いは激しかったみたいね。壊れてる家もけっこうあるし。ただ――」

 

 しばらく考えを纏めるかのように黙り込むチェシカ。

 そこへ――。


「チェシカ、ちょっと来てくれるかな」


 家屋から離れた田畑辺りでヒュノルが呼ぶ声。


「どうしたの? ヒュノル」

「これ見て――」


 ヒュノルが指さした先には誰かの衣服が脱ぎ置いたかのようにあった。


「なんか変わったデザインね。それこそミヤミヤの普段着用って言ってた巫女服にどことなく似てるような感じ」

「あらあら、まぁまぁ。もしかして黒の民の方たちも業深き同好の士でいらっしゃったのでしょうか?」

「――一族全員が巫女オタク? 怖ろしい一族ね、黒の民」

「何言ってるのさ、二人とも。そういうことじゃなくておかしくない? 服があるのに死体がないんだよ?」

「脱ぎ捨てた? ――ってこともないか。じゃ、裸でどこいったって話になるしね」

「上下の服が揃って置いてありますし。なんだかここに倒れた方の身体だけが消えて衣服だけが残った――みたいな印象を受けますわ」

「他の場所にも服だけが残ってるけど、死体は見当たらなかったよ」


 一通り見て来たヒュノルが付け加える。


「そういえばデュターミリア様、先ほど何か言い掛けていらっしゃったような。何かお考えが?」

「え? あぁ、うん。ちょっと違和感がね」

「違和感――と、おっしゃいますと?」

「これだけ濃い魔素が残留してるのに、どうも魔術を使った形跡がないのよね。建物の壊れ具合とか地面の戦いの跡とか。物理的な破壊跡ばかりなのが気になって」

「では魔術を使わない魔族である――と?」

「断定は出来ないわ。物理的ダメージを与える魔術しか使わなかったってこともあるし。ただこれは私見だけど、剣の達人を多数相手したのに、広範囲な魔術を使わないってのが考えられなくてね」


 基本的に遠距離の魔術師と近距離の戦士との戦いとは、ずばり間合い――距離の取り合いだ。

 詰められたら終わりの魔術師と、詰めなければ終わりの戦士。

 チェシカは自分が戦うことを想定して考えた時、達人の戦士を一度に多数相手にしなければならないとしたら――そんな場面は死んでも御免だが――

 一撃滅殺の勝敗オール・オア・ナッシング

 初手で全滅させるか、詰められて終わりか。

 魔術師が近接戦で達人の戦士に勝つ見込みは薄い。


「ハーゲルから訊いたことがあります。デュターミリア様は"殲滅の覇女キル・オーダー"という御名みなをお持ちだとか。なるほど、納得でございます」

「ちまちま細かいことが嫌いで大雑把だからね。"粗雑の子女ザ・アバウト"って呼ばれ方もするよ」

「――あんたたちねぇ」

 

 説明を訊いてそれぞれの感想を述べる二人に目を細めるチェシカ。

 

「とにかくどんな魔族にせよ、魔人と揉め事ドンパチなんて考えたくもないんだけど」

「デュターミリア様は、魔人と遭遇したことはおありなのでしょうか?」

「幸か不幸か今のところ一度もないわね――ミヤミヤ、あんたは魔人のことどれだけ知ってるの?」


 ミヤミヤが「『幸』はともかく『不幸』とはどういうことでございましょうか?」と訊こうとするより先にチェシカが尋ねる。


「魔人でございますか? 書物で読み知っている程度でございますが――わたくしが読んだ書物では『血月の大王"魔狼ルナ・ヴォルグ"』『廃滅の魔蟲"蠅の女王フライクイーン"』『滅国"不死者の魔王ロード・オブ・ナイトメア"』といったところでしょうか」


 天族、魔族以外の獣人族、亜人族、妖精人族、人間の四種族を人族と称するが、魔狼ルナ・ヴォルグは一晩である都市の人族の住人を二千人、虐殺したとされる。

 蠅の女王フライクイーンが近くに現れた時、どれほど栄えた国、都市や街であっても廃れ滅びていくという。

 不死者の魔王ロード・オブ・ナイトメアはその身を封印されるまで一国、三都市を滅ぼしたと記されていた。

 

「――へぇ、結構知っているのね。さすがは"明けの明星"の一員ってところかしら?」

「恐れ入ります」


 チェシカの感心に恭しく頭を下げるミヤミヤ。


「まぁ、その三体のどれであっても相手するなんて考えたくもないわ。下手したらこの地域一帯の人族が全滅する可能性もあるしね」


 そういって肩を竦め「今回の魔族やつがそこまでのバケモノじゃないことを祈るわ」とつぶやく。と、その時――。


「あれ?」


 ヒュノルが声をあげる。


「――どうしたの? ヒュノル」

「その――風が……ううん、違う。これは……何か変な感じが……」

「?」

「何だろうこれ――あ……そこッ!!」


 ヒュノルが慌てたように何もない空間を指さす。


「ヒュノル? 何を言って――!?」


 チェシカも異常に気付いた。

 見つめる先、一定の空間が水面のように波打ったかと思うと、中――という表現があっているかどうか。

 水面から浮かびあがってくるように、黒髪の少女が何かに押し出されるようにゆっくりと出てくる。


「!?」


 チェシカ、ヒュノル、ミヤミヤの三人は息を飲んでその状況を見つめるしかなく。

 空間は少女の身長よりも少し大きめの楕円状に広がっているように

 実際には空間の歪みが認識出来るだけで見えないのだが。

 ほぼ全身を表した少女は泥と土、そして血にまみれていて、まるでさきほどまで何かと戦っていたかのようだったが――。


「あ、まず――」


 気を失っている人間の当然の帰結としてその場に崩れ落ちるが、チェシカが「まずい」と言い終わる前に駆け寄ったミヤミヤが間一髪、抱きしめるように支えるとゆっくりと少女の身を地面に横たえる。

 喉元に指を当てたミヤミヤが「息があります!」と声をあげた。

 そばに駆け寄るチェシカ。

 見たところ外傷には致命傷になるような傷は見当たらない。


小治癒ミクロヒールをかけるわ」

「いえ、それでしたらわたくしが生命の精霊にお願いしてみますわ。そちらの方が回復が大きいかと」

「――わかった。お願いするわ」


 チェシカは邪魔にならない様に少し距離を取って立ち上がる。

 小治癒ミクロヒールは初歩の白聖術の為、多少の素養で使うことが出来るが、それゆえに回復量としては多くを期待出来ず、治癒ヒール大治癒メガヒールともなればちゃんと修練を積んだ白聖術師でなければ使えない。であれば効果の低い小治癒ミクロヒールよりも精霊術の方がずっと効果が期待できる。


「――"spirit of life" 」


 ミヤミヤの願いに精霊が応え、黒髪の少女の身を淡く暖かな緑の光が包み込む。


「何なの? 一体――」


 精霊術を使うミヤミヤの傍らに横たわる少女を見下ろしながら呆然とつぶやくチェシカだった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る