5.世界伝説
この世界には学者たちが日夜研究している『世界伝説』と呼ばれる伝説が二つある。
一つは神代の時代。世界の成り立ち。
まず"神"は世界に光と闇を作った。
次に"人"という生命を創造した。
"人"から天人族と魔人族が産まれ、天人族は光に属して天空を支配し、魔人族は闇に属して大地を支配した。そうして天地に分かれた二種族は徐々に対立するようになる。
その後、獣人族、亜人族、妖精人族が産まれ、五種族の素養を内に秘めた全ての人族の間に位置する種族――人間が産まれたことを最後に世界から"人"はいなくなったという。
長い世界の歴史の中で、天人族と魔人族の争いは時に激しく、またある時代は凪のように穏やかに過ぎていった。
天人族と魔人族以外の四種族もその時々の争いに巻き込まれてきた――。
それが今に伝わる世界の歴史というのが学者たちを初め、世間一般に広まっている共通認識だ。
今を遡ること三百年前の天人族と魔人族の争い――天魔大戦を最後に今は穏やかな"凪時"を迎え、天人族と魔人族が世に現れることが少なくなり、いつの頃からか天人族を天族、魔人族を魔族と呼び、人族の四種族とは違う存在として認識されるようになっていった。
そしてもう一つの『世界伝説』が異界文明。
魔術師の世界では
まったく別の文明がある世界――異世界ともいうべき物はお伽話レベルのことと一般には認識されているのが実情だ。
しかし、である。
ごく一部の研究者や魔術師の間では、異世界なるものは存在するというのが共通認識としてある。その理由が"
あきらかにこの世界では異質な物体。一番有名な物では"
この板はその特徴から
ガラスと比べて白く曇っていて、完全な透明ではないこと。
ガラスとも木材とも
また物だけでなく、例えば文字なども"
どこの国でも使われておらず、魔術の世界での
そういった"
「――"
大げさに両肩を竦めてみせるギリアスだったが、いちいち様になっている。
「先に我々の本題から話させてもらおう。が、キミの興味をそそる話も含んでいるので訊いて損はないと保証しよう――キミは"
「――知っているってほど詳しくはないわ。確か一族の全員が黒髪、黒い瞳をしている――だったっけ? あとは剣の使い手だとか。それくらいかしら」
「うむ。
そう言ったあとに「呼び名などどうでもいいことではあるか」と自嘲気味に口元を緩め、ティーカップを口へと運ぶ。
「――で、だ。キミの言う通り彼らは皆、剣の達人であり誰もが一騎当千なのだが、世にあまり知られていないのは、人里離れた山奥に里を構えて滅多にそこから出ることがないからなのだ」
ほんの一瞬の会話の狭間を縫って傍に控えていたミヤミヤが、ギリアスの空になったカップに紅茶を注ぐ。
いまだにカップに向かってフーフーしているヒュノルと、ティーカップには手を伸ばす気配のないチェシカに一瞥をしただけで、元の位置に控える。
「その"
ギリアスの言葉にピクリと眉根を動かすチェシカ。
「――黒の民って強かったんでしょ?」
「あぁ、もちろん。実を言うと我々は何度か彼らに協力を頼んだことがあるのだよ。実際、私も彼らの剣技を見たことがある。並みの魔族であれば一刀で斬り倒す者がほとんどだった」
そんな者たちが住む里を一晩で滅ぼす魔族。
里に何人の黒の民がいたのかはわからないが、どちらにせよ本当にたった一体でやったことならば尋常なことではない。
「――魔人」
小さく呟くチェシカ。
「我々もそう判断した」
魔族と一言で纏めて言われるが、その実、強さや形態も含めて様々な種族、個体がいると推測されている。
"人"を祖とするこの世界に生きる者は『人型』が基本だ。しかし、魔族だけは少し違う。彼らには『人型』の姿をしていない者も多くいるのだ。
例えば昆虫のような姿だったり、
そんな魔族の中でも抜きん出ている強さを持つ個体が、しばしば伝説や歴史書などの書物にも登場している。そういった魔族を区別して魔人と呼んでいた。
「その魔人、確認は出来たの?」
「いや、全滅とのことだったのでな。唯一、逃れた者が瀕死の状態ながら話したのが一体のバケモノが里を襲ったとだけ。それ以外のことは訊けなかった。残念ながらその者は助からなくてな。こちらも報告を受けて調査に赴いたのだが里の生き残りは確認出来ず、正体も分からず終いだ。ただ、若い調査員の何人かは残留魔素に当てられて気を失うほどの体調を崩したと訊いている」
使った魔力が大きければ大きいほど、魔力濃度が濃ければ濃いほどその場には魔力の残滓が残る。その残滓を魔素と呼んでいるのだが、敏感な者が不快に思うことはあるが、昏倒するほどとなると一体どれだけのバケモノなのか。
「それと確かに戦闘の形跡はあったのだが、不思議なことに死体が一体もなかったのだ。血痕はあちこちに残っていたにも関わらず。それで――だ。"明けの明星"としてはデュターミリア殿に黒の民の里近辺を調査し、出来るならば魔人の存在を確認してもらいたい」
「簡単に言ってくれるわね。それって普通に『死んで来い』って言ってるのと大差ないと思うんだけど?」
「普通ならそうかもしれんがな。"
「大ありよ」
チェシカは魔族専門で依頼を受けている訳ではない。場合によっては普通に人間相手の依頼も受ける。魔族に関する依頼の報酬が比べて一桁多いのは事実だが、必ずしも金額の大小で受ける訳ではない。チェシカの興味のあることと魔族が関わってることが多かっただけだ。
「もちろん、報酬は弾ませてもらう。おっと、キミにとっては金よりも乗り気になるだろうことを伝えておこう。裏付けは取れてなく噂話程度の話という意味では恐縮なのだが。"黒の民"の秘術に"
「――それを信じろって?」
チェシカの言葉に再び肩を竦めるギリアス。
「信じてくれとは言わんがな。ただ、周囲とほぼ隔離された里の尋常ではない一族だ。その辺に転がっている"
「でも、全滅したんでしょ?」
「その辺りの調査も報酬に上乗せさせてもらおうか。あれほどの一族だ。生き残りがおるやもしれん。今後も使えるならそれに越したことはないのでな」
(フン。本性が漏れたわね。何が協力を頼んだよ。狂人者の集まりと変わらないんだから。ほんと)
魔族の脅威から人間を守ることを目的として創設された結社――"明けの明星"。その活動範囲は国を超えて全土で活動している。構成員も多岐に渡り、一般人と変わらない者からバケモノクラスの戦闘力を持つ者まで様々だと訊く。そして彼らを統括しているのが"お館様"と呼ばれる者たち。
「――その依頼、受けることにするわ。ただし。里の調査と生存者の確認を優先させてもらうけどいいわね?」
あくまでチェシカにとっては"
「ふむ。それで構わんよ。まぁ、なんだ。もし魔人に出会ったのなら倒してしまっても構わんのだぞ?」
そう言って意味ありげにニヤリと口元に笑みを浮かべるギリアス。
『死亡フラグ』と言われる言い回し。
本来の使い方は、そのセリフを言った本人が死亡してしまうという伏線を張ることなのだが。そのセリフがなぜ死亡を予見することを意味するのかは誰も知らない。それは噂話のようにいつの頃からか世に広まっているセリフ。
「――あー、おいしかった! 僕、この紅茶気に入っちゃったよ」
そろそろ話も終わりという段階になって、ヒュノルが飲み終えた紅茶の感想を告げる。
「ヒュノル……あんたって子は……」
ギリアスとのやり取りの間、我関せずでずっと紅茶を冷まし続けていたヒュノルに次の言葉が出てこなかったチェシカだった。
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