3.始まりの出会い
小悪党がよく吐く『この世は金がすべてだ!』というセリフは基本的に間違っている。世の中には金で解決出来ないことなどザラにあるのだから。
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結局何が言いたいのかというと。
「――はぁ、お金が無い」
エールの中ジョッキ一杯とあたりめ一皿ですでに小一時間を潰しながらポツリと溜息をつくチェシカ。
ちびりちびりとジョッキに口をつければ、ちびりちびりとあたりめをかじる。すでにエールはぬるく、あたりめは最後の一欠けら。
「
丸テーブルの上にちょこんと正座をして両手にチーズを抱えつつも、口の中をいっぱいにしながら疑問を口にするヒュノル。
しばらくモグモグとして、ゴクンと飲み込んだタイミングで。
「何言ってるのか分からないわよ、ヒュノル」
「何言ってるのか分からないよ、チェシカ」
異口同音。
口の中いっぱいに物を頬張った状態でもひょもひょと話されても理解出来ない。
数日前に魔族討伐の依頼を遂行して、一般人なら数年は豪遊して暮らせるほどの大金を受け取っておいて『お金が無い』と溜息をつく意味が分からないヒュノル。
「お金が無いってどういうこと? この間の報酬は?」
「無くなった」
「は? 何で?」
「……買い物」
「かいものぉ!? 一体、何をどんだけ買ったらあの大金を数日で使い切っちゃうのさ!?」
周りではそれなりの賑わいを見せているが、そんな喧騒の中でもヒュノルの驚きの声は良く通った。
二人がいるのは二十四時間営業の酒場。
拠点の一つにしている街、フォーリングタウン。別名"堕ちている者たちの楽園"。
"堕ちた者"ではなく"堕ちている者"という表現がミソで、ここの住人の惨状を表している。端的に言えば現在進行形で人生真っ逆さまな連中の吹き溜まり的な街なのだ。"楽園"と呼ぶのも痛烈な皮肉が効いている。
そんな街で賑わいを見せるチェシカたちもよく利用する酒場。
「――
答えたチェシカの言葉は、先のヒュノルの声量と比較して酒場の喧騒に飲み込まれていくほどに小さい。
何とか聞き取れたヒュノルは追及する。
「何を買ったの?」
「……」
「な・に・を・かっ・た・の!?」
「……ク……ール」
「何だって? 聞こえないよ?」
「
「何で逆ギレしてるのさ!」
詠唱呪文は必要ないが最低限、
「特級の巻物なんて滅多にお目に掛かれるもんじゃないんだから。
「『わよ!』とか力説されてもねぇ。まぁ、僕から言うことは一つだけかな。――貸さないよ? お金」
「ひゅにょるぅぅぅぅぅぅ」
丸テーブルに上半身を投げ出して、救いを求めるように右腕をヒュノルに伸ばすチェシカであった。
ただ一つだけ。
人間世界に身を置いてそれなりに長いヒュノルではあっても
おそらくヒュノルが想像する桁を二つほど上回っていることにも気づいていないだろう。
チェシカが
「何だ、てめぇ!! やるってのかよッ!!」
「おう、上等じゃねーか! ブチ殺してやんよッ!!」
突然の怒号が飛び交う。
チェシカとヒュノルがいるテーブルより二テーブルほど挟んだ反対側で、二人の男がテーブルをなぎ倒して対峙する。
すでに男たちは得物を抜いていた。
原因は――まぁ、たいしたことではないのだろう。
この街では肩がぶつかった程度で簡単に殺し合いが始まるのだ。大量の酒が入った荒くれ者が集う酒場だ。刃傷沙汰など無い日の方が珍しい。
周りの連中も止めるどころか賭け事などが始まる始末。
「――どちらの殿方が勝つと思われますか?」
「はん?」
酒場の喧嘩などにさしたる興味も湧かず、ジョッキの底に染み付いたエールを啜ろうと、鼻先を突っ込むほどにジョッキを傾けていたチェシカの背後から涼やかな声音で声をかけられる。
そこに場違いな恰好をした女性が立っていた。
「――なんで『巫女』なの?」
「おや? ご存知でしたか。貴方様も業が深くいらっしゃるのですね。これは
きっぱりと潔く答えた女性に改めてしっかりと視線を向けるチェシカ。チェシカにとって非常に残念なことではあるが、ジョッキからエールが滴ることはなかった。ただの一滴も。
改めて見やる。
上半身は千早と呼ばれる羽織。その内には白衣を着込んでいる。その白衣の胸元が大きく膨らんでいるのを見てチェシカは『けしからんな。チッ』と舌打ち一つ。
下には鮮やかな緋袴。足元は白足袋に草履。背中まで流れる美しい艶のある髪は
遥か東の海に
断定出来ないのはその島の正確な位置を誰も知らないからだ。ぶっちゃけて言えば本当にその島が存在しているのかどうか、確認した者はいない。
たがなぜだかその極東の島の『巫女』だけは一部に根強く広まっていた。
『巫女』とはこの世界の創造者たる"神"に仕える
「見るのは初めてだけど。それで? その巫女が何のよ――って、あぁ、どっちが勝つかって話だったかしら?」
「ええ、そうです」
チラリと騒動の方に視線を向けてみれば、男二人、双方共に傷だらけ血だらけではあったが致命傷には至っていないようだった。
「そうね。答えはどっちも負け――ね」
この店で刃傷沙汰は日常茶飯事ではあるが、チェシカの知る限りただの一人も死人が出たことはない。
横目でカウンターを見てみれば、そこに
ゴンッ! という鈍い音が二つ。
「おうふッ!」
「ほんげぇ!」
ほとんど毎日見られる光景だ。たいてい死体となって転がる前に
常連たちには知っていることと知らないことがある。
知っていることは、毎度のことながら
この街でも有数の
知らないことは
床ペロした男二人に、どこからともなく三人の
破損させた店のテーブルや皿などの代金は、命以外の全てで支払わされる。
「――ほらね」
常連なら知っていることだ。
「あらあら、まぁまぁ」
自称巫女の女性は元々線のように細い目をさらに細めて、驚いたという風に口元に手を運ぶ。
「で? 当たった景品は何がもらえるのかしら?」
「そうですね。報酬の良いお仕事の依頼――というのはいかがでございましょう?」
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