第26話

 ラビリスティアの人通りの少ない裏路地にそのお店はあった。

 外見からして年季の入った店構えで、いかにも怪しい雰囲気が漂っている。

 

 店の上には看板が掲げられており、そこにはこうかかれていた。


 ―――【便利屋マキナ】と。


 その店内で深く椅子に腰掛け、ハードボイルドな雰囲気(自称)でコーヒーを飲んでいる人物がいる。


「平和だな……。」


「8日間連続、依頼無しです。新記録ですねマスター。」


「…………。」


 そう俺である。

 あの事件から2週間ほど経ち、俺達は再びいつもの日常へと帰って来た。

 

 カイリちゃん一家も全員無事で今では何事もなかったように平和な日々を取り戻している。

 全員樹海の拠点で治療を行っていたが、目覚めた時には宿に戻っていたので襲撃された後何が起きたか覚えていないだろう。

 

 襲撃事件の調査は行われたみたいだが店の物理的な被害はあったものの、被害者もなく犯人も不明なため大きく騒がれることは無かった。

 店内に残された不可解な多量の血痕を調査するために衛兵たちの出入りはあったようだが、恐らくこのまま迷宮入りすることになるだろう。


 ……しかし暇だ。

 そういえばルイさんが遺物について教えてくれると言ってたはずだ。いないかもしれないが、冒険者組合にでも顔をだしてみるか。

 そう思い立ち上がる。


「あ。失礼しました。午後から一件依頼がありました。」


「なんだってー!ふっ、聞こうじゃないか。」


 俺は再び椅子に座り。ハードボイルドな雰囲気(自称)を醸し出す。


「はい。迷子の猫の捜査依頼です。」


「…………。」


 俺は頭を抱える。

 もしかして街の人にペット専門の探偵事務所かと思われるんじゃないか?

 というかこの街の人々ペット自由にしすぎじゃない?


「やはりそろそろ看板をペット探偵事務所に変えましょうか。」


「お慈悲を!どうかお慈悲を!」


「まったく。しょうがないヒモマスターですね。」


「それも嫌ぁぁぁ……。」


 そうしてしばらくアイちゃんと会話をしていると店の扉が開く音がした。


「ごめんください。店長さんはいるかしら?」


 現れた人物はタイトなドレスのような服を着た妙齢の女性だった。

 ケープを羽織っているがドレスには大胆なスリットが入っており、そこからみえる脚が色気を放っている。


「い、いらっしゃいませ。あ、はい。私です。」


「……ポンコツヒモマスター。」


 席に案内するとその女性は羽織っていたケープを脱ぎ口を開いた。


「マリナと申します。実は私もこの街で雑貨屋のようなものを経営していますの。実は友人からこのお店の事を聞きまして……。頼めばナンデモしてくれるって……。」


 マリナと名乗った女性は妖艶な雰囲気をまとっており、普通に話しているだけなのだが何故だか妙な色気を感じた。

 俺は思わずポンコツになりかけたが、アイちゃんの視線が怖かったので気を取り直す。


「初めまして。ノインと申します。ええ!犯罪行為以外なら何でもお任せください。」


「それは頼もしいわノインさん。実はこれの調査をお願いしたくて。」


 そう言いマリナは俺の前にキューブ型の箱を差し出した。


「これは?……魔道具ですか?」


「いいえ。これは遺物なの。」


「なるほど……。」


 マリナさんの話では少し前に冒険者組合から買い取ったが自分で調べてもどんなものかわからなかったので持ち込んだというのだ。

 初のペット探し以外の仕事に俺は喜んだが、すこし妙だとも感じた。

 悲しいことに便利屋の実績はペット探ししかないのだ。いきなりここに持ち込むのはどう考えてもおかしい。


「マリナさん率直にお伺いしますが……。何故うちにこれを?こう言うのもなんですが、商業組合の鑑定士とかのほうが詳しいと思うのですが……?」


「もうそこには一度持ち込んだのよ。そこで友人のイレリアにあなた達の事を聞いたの。それと……」


 なるほど……友人の正体はイレリアだったか。しかし、それだけで来るか……?

 俺が話を聞きながら考えているとマリナさんは一度言葉を止め、こちらを見て怪しく微笑む。


「私の勘よ。」

 

 その言葉に俺とアイちゃんは顔を見合わせる。

 まぁなんにせよ初のペット探し以外の依頼だ。

 やってやろうじゃないか!



「かしこまりましたお客様。その依頼お受けします。」


 

 そうしてそのまましばらく打ち合わせをした後マリナは帰っていった。

 

 再び静かになった店内で俺は椅子に深く腰掛けコーヒーを飲む。


「来たか……俺の時代が……。」


「調べるのは私ですが?」


「…………頼りにしてるよ。」


 ……あれ?もしかして俺って必要ない?



 しかし遺物か……調べたいと思っていた所だし、何かの手がかりになればいいのだが……。

 そんなことを考えながら窓から見える景色をぼんやりと眺めるのだった。




   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 帝国【帝都アルドーザ】。

 その街の薄暗い小道を歩く男がいる。


 顔が隠れるようなフード付きの外套を羽織っているが、その雰囲気からはわずかな死の香りが漂っている。


 男はその小道にある酒場に入り店主と目を合わせるとそのまま奥へと入っていく。

 そこには地下へと続く階段があり男はそこを下っていく。


 地下には大きな部屋がありそこの中央には不気味な長身の男が座っていた。

 男はその長身の男に向かって口を開く。


「ボス。ラビリスティアに向かった奴らからの連絡はありません。」


「……そうか。」


 ボスと呼ばれた長身の男はそう一言だけ返事をするとしばらく室内に静寂が流れた。


「……やはり何かあったに違いません。追加の人員を差し向けますか?」


「いや……依頼は失敗だ…………この件は忘れろ。」


 予想とは違う返事に男は驚く。それにその声色に怯えが含まれていることが気になった。


「しかしただの人さらいでしょう?なんなら俺が!」


「やめろ!!!!」


 取り乱したかのように叫ぶ様子に男は驚いた。長年みているがこのような姿をみるのは初めてだったのだ。

 納得いかない男だったが、その様子を眺めていると部屋の隅に置かれた箱に、時折ちらちらと目線を送っているのが気になった。


「ボス。あの箱は?」


「…………見ればお前も理解できる。」



 そう言われ訝しみながら男は箱に近づいていくと箱の中から小さなうめき声のようなものが聞こえてきた。


 不気味に思いながらも男は少しだけ箱をあける。するとそこには男達の仲間の顔らしきものが見えた。おもわず男は箱から手を離す。


 少しだけしか見えなかったがあれは間違いなく自分たちの仲間だ。もしかして殺されて首だけ送られてきたのかと考えたが、それにしては箱が大きすぎるとも思った。


「ボス!!これは!?」


「…………開けてみろ。」


 そう促され勢いよく箱をあける。


 するとそこには肉塊の上でうめき声をあげる男の仲間たちの複数の頭部があった。意識はあるようで男の顔を見ると一斉に大きなうめき声をあげた。

 肉塊は仲間たちの体が溶かされかき混ぜられて作られているようにみえ、男がみても何故生きているか理解ができなかった。


 男は目の前にある余りに醜悪で邪悪な塊に思わず目を背けたくなり、箱を閉じようとしたのだが、その瞬間に空中に淡く光る小さな四角い窓のようなものが現れ言葉を話し始めた。


「お届け物だ。どうやら新作の楽器らしい。私の仲間が気合を入れて創っていたから、気に入って貰えると嬉しい。」


 その言葉が流れると肉塊になった仲間達から発狂するような叫び声が聞こえてきた。

 光る小さな窓からの言葉はまだ続いている。


「私達はラビリスティアにいる。感謝の言葉を伝えに全員で来てもらっても構わない。ただし……。」


 男は光る小さな窓から流れる声色に恐怖を抱いていた。まるで感情というものが全て抜け落ちたかのような声色でその一言一言に凄まじい死の気配が漂っていたのだ。


「……次は全て滅ぼすぞ?」


 その呟くように告げられた言葉を聞いた瞬間、男はその場で発狂しそうな恐怖を感じ腰を抜かした。


「怖がらせたか?安心しろそちらが手を出さなければ何もしない。」


 もう既に男の心は完全に恐怖で染まっていた。何があろうと絶対に関わってはいけない。そういう存在だ。


「ああ。自己紹介がまだだったな。私達は……デウス・エクス・マキナ。忘れるな?俺はもうお前たちを。」


 光る小さな窓が消え部屋に静寂が訪れる。

 時間をかけ落ち着いてきた男は声を絞り出す。


「ボ……ボス……これはいったい……。」


「気が付いたらそこにあったんだよ……。間違いないやつらは化け物だ……。これを見てもまだ依頼を続けるか?」


 男は狂ったように首を横に振る。今でもあの言葉と声色を思い出すだけで気が狂いそうになる。


「わかりました……。それであいつらはどうしましょう?楽にしてやりますか?」


 出来ることならもう二度とあの箱に近づきたくはないのだが、あんな状態の仲間達をそのままにしておくわけにはいかなかった。


「……俺もすでに試したが。……殺せないんだよ。切っても焼いてもすぐに元にもどりやがる。」


「なっ……!?そんな馬鹿な!!」


 そんなことあり得るはずがない。普段ならつまらない冗談だと笑いとばしたであろうが、相手はこんなとんでもないものを平然と送り付けてくる化け物だ。

 男はその言葉は真実なのであると思わざるをえなかった。


「……しかしこのままというのも……。」


「…………。」



 再び部屋に静寂が訪れる。


 しかし次の瞬間、ファンファーレのような音と共に箱のふたが吹き飛び言葉が流れ始めた。


「おめでとうございます。感謝の謝罪10万回達成しました。報酬の死をプレゼント致します。」


 その言葉が流れ終わると箱全体が黒い炎で包まれ徐々に灰となり崩れていく。

 数秒で箱は全て崩れ去り不思議なことに残った灰もその場で霧散して消えた。


 その現象を茫然としながら二人の男は眺めていた。


「……いいか。この件は全て忘れろ。絶対にラビリスティアには近づくな。」


「……はい。」


 静まり返った室内に男の小さな呟きは消えていった。




   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 


 俺達は樹海の拠点で全員揃って食事をしていた。


「おや?どうやら私の自信作。謝罪君1号が役目を終えたようです。少し回数をサービスしすぎましたか。」


「そうか。まぁここまでやって報復に来たらしょうがないな。」


 エルドマの事件で捕らえた襲撃者達は全員死亡していたのだが、ツヴァイによって蘇生されアイちゃんの工作の実験台となっていた。

 

 アイちゃんが頭を掻きまわして情報を抜いていたので襲撃者達の本部も割れており、警告として送り付けたのだが効果があれば御の字くらいに考えていた。


「向こうの会話を聞いている限りそれはなさそうです。」


「まぁ……すごかったもんな……。」


 当時は怒りで冷静ではなかったため徹底的にやってやれ!といった気持だったが。

 事件が終わってみるとこの襲撃者も依頼されていただけだし普通に始末するだけでいいかという気になっていた。


 しかしそれをアイちゃんと姉妹達が止めたので任せることにしたのだ。

 みんなカイリちゃんを妹のように可愛がっていたので、多分あの惨状を見て完全にキレていたのだろう。


 少しだけ襲撃者達を哀れに思うが、まぁあんな依頼を平然とする奴らだ慈悲をかける必要もないか。


「そういやカイリちゃん達の宿屋、営業再開したみたいだね。」


「はいノイン様。ダインさんがまた是非食事でもしに来てくれと言っておりました。」


「そうだな……。明日の昼にでも行ってみるか。」


「きっと喜ぶと思います。」


 そう話しながら俺はあの仲の良い一家の姿を思い浮かべていた。

 そして自分の両親の事を思い出して少しだけ寂しい気分になった。


 その様子を察したのかアイちゃんが話しかけてくる。


「マスター。どうかされましたか?」


「いや……少しだけ自分の両親の事を思い出してね。知っての通り小さい頃に事故で死んじゃったからさ、家族っていいなって少しだけ思っちゃってね。」


 皆はその俺の言葉を聞き少しだけ暗い雰囲気になっていたようだった。

 もうとっくの昔に乗り越えた事だし、そんなに気にしてもらわなくても大丈夫だ。

 暗い気分にさせてしまった事を悪いと思い、俺は話題を変えようとした。


「いやー。もう過去の話だしね。そう言えばこの前貰った前オーナーの遺品だけど……」


「マスター。」


 話を遮るようにしてアイちゃんが真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「我々は家族だと思っていますよ?」


 そう言われ俺は自分の心にぽっかりと空いた孔が埋まるような不思議な感覚になっていた。


「はい!ノイン様は大切なお方です!」

「そうだよー!」

「家族……だよ?」


 姉妹達も口々にそう言い笑顔を向けてくる。


 俺も心のどこかでそうあってほしいと思っていたのだろう。

 しかしもし拒絶されてしまったら今の関係がなくなってしまうかもしれない。

 そう思い考えないようにしていたのだ。


 皆に先に言われてしまうとは……まったく、確かにポンコツマスターと言われても仕方ないな……。


「みんな……ありがとう。俺もそう思っているよ。」


 俺のその言葉に皆が笑顔になる。


「まったく。チキンマスターには世話が焼けますね。私の調べでは家族には役割が必要とのこと。人生を共に添い遂げる存在。つまり妻は私という事ですね。」

「アイちゃん姉様!その言葉は聞き流せません!」

「はいはいはいはい!それはウチがなる!!」

「だめ!!」

 

 アイちゃんは珍しく姉妹達からの抗議の嵐を受けているが、「やれやれこまった妹達です。」と涼しく受け流している。

 そのやり取りをみて俺は思わず笑顔になる。


「あはははは。家族ってのは役割なんて無くていいんだよアイちゃん。皆で一つの家族なんだ。」


「む。私の調べた情報と違いますね。たまにはやりますね!マスター。しかしやはり役割も必要でしょう。なので私が。」


「……まったく。家族は仲良くだよ。」



 あいかわらず姉妹達からアイちゃんへの抗議は続いている。

 心は温かい気持ちでいっぱいだがこのままだと夜まで続きそうなので止めに入る。


「はいはいはい!そこまでだ。午後から依頼もある。それに新しい依頼もね。食事を済ませたら街へ戻るよ。」


「ふっ妹達よ。私のヒロイン力にはまだ及ばないようですね!」

「くっ……!わかりましたノイン様……。」

「ちぇー!」

「……続きは……女子会で。」


 やれやれ……なんとかなったか。

 悪戯好きのアイちゃんには困ったものだ……。


 しかし案外アイちゃんの今の言動は照れ隠しでやっているのかもな。

 珍しいことにほんのり頬が赤いし……。

 


「むむ?マスターが私の顔を嘗め回すように見ていますね。やはりヒロイン力を上げすぎましたか。」


「まったくアイちゃんは……。これからもよろしくね。」


「勿論です。妹共々よろしくお願いします。マスター。」




 俺は改めて笑顔で話す皆の方を見る。


 これが今の俺の家族だ。


 この笑顔は守らなければならない。


 この先、何があっても……絶対に。



 俺は決意を新たに、次なる旅路へと進んでいくのであった。


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