未開惑星の便利屋マキナへようこそ

おこて

序章

彼方への旅立ち

 人生最悪の日というのは突然に訪れるものである。


 28歳の誕生日、長年連れ添った彼女にプロポーズをした。

 小さな頃に両親を亡くした俺は、「家族」というものに人一倍憧れがあったのだろう。当時はようやく俺にも家族が出来るんだという事を嬉しく思いながら、未来の幸せを想像したものだった。


 しかし当日、彼女から告げられた言葉は……。


『ごめんなさい。』


 そう言って彼女は俺の前から立ち去った。

 その後の事ははっきりと覚えていない。前々から好きじゃなった、実は既に新しい人と付き合っているなど他にも色々言っていたようだが、その事実を正面から受け入れるだけの心の強さを俺は持ち合わせていなかった。



 どのくらいたっただろうか、雰囲気の良いレストランの個室に一人残され、放心状態の俺は幼少期の頃を思い出していた。


 小学生時代の夏休み、両親に連れられ川にバーベキューに行ったときの事だ。

 暖かな夕焼けの光が川に差し込み始めたころ、まだまだ遊びたいのに両親に呼び止められ帰らなければならなくなった場面が頭をよぎる。



『もっと遊びたかったな……』



 この楽しい時間が永遠に続けばいいなと子供ながらに思ったものだ。


『そんなに楽しかったの?じゃあお父さんにお願いしてまた遊びに行きましょうね。』


 頭を撫でながら母が優しい笑顔で言ってくれたのを覚えている。

 しかし、その約束が果たされることはなかった。永遠に・・・。

 その帰り道、交通事故に巻き込まれ両親は帰らぬ人となったのだ。


 どんなものにも終わりが来る。永遠に続くものなんてない。


「解っていたはずなのに……」


 そう一言つぶやいて暗い夜の帰路につくのであった。





 それから7年の月日が流れ ――― 現在。


 やはり人生最悪の日というのは突然に訪れるものである。

「今日で最後か……」

 今日は俺が愛してやまないFDVRMMORPG「エボルブスターオンライン」通称ESOのサービス終了日であった。


 ESOは俺が高校1年生の時にサービスが開始されたFDVRMMORPGで、当時の最新鋭のフルダイブ技術を使用しておりまさしく革新的なゲームだった。

 ゲームの世界観はスペースファンタジーで、広大な宇宙を駆け、未知の惑星を巡り時には仲間たちと、時には一人で、自由に冒険し自身の物語を紡いでいくというものである。遊びつくせないような広大なフィールドにプレイヤー自身の選択で幾重にも派生する膨大な量のクエスト。

 選択できる種族や職業も多彩であり、同じ職業でも人によって千差万別のスタイルがあったりと、まさに「プレイヤーの数だけドラマが生まれる」といったキャッチコピーを正しく体現していたゲームであった。


 もちろん専用のハードウェアはかなり高額だったので高校生の俺には簡単に手が出せるものではなかったが、気合で夏休みの全てをバイトにあて手に入れたのも今では良い思い出だ。

 それから20年……飽きもせず現役でプレイし続けたのは我ながら大したものである。


 しかしながらサービス開始から20年という時間は長く、世間にはESOよりもはるかに優れた技術を使用した競合タイトルが数多く現れ、もはやレトロゲームと言っても過言ではないESOのプレイ人口が減るのも無理からぬ話であった。


 しかし、俺はこのESOが大好きだった。今でこそ古いと言われるシステムだが、ESOほどの真の自由度は今のどの競合タイトルにはなく、誰になんと言われようがこれこそが最高のゲームだと心の底から思っていた。


(でも、終わっちまうんだよな。永遠に続くものなんてない……か。)


 いつかの嫌な記憶がよぎりそうになったので、急いでゲーム開始の準備をする。


「まぁでも終わってしまうものは仕方がない。最終日楽しみますか!」


 そう独り言ちながら俺はフルダイブ装置の電源を入れたのであった。


 何千回とみたメニュー画面が起動し、キャラクターの選択画面に移った。

フルフェイスに黒いアーマーコートを装備したメインキャラの【ノイン】を選択しゲームの世界にログインを開始する。


 【フジミヤ カズヒコ】としての姿を捨て、星々を渡り未知を探求するハードボイルド(自称)な冒険者【ノイン】としてゲームの世界へ誘われる。

ログインが終わり目の前に現れるのは見慣れた宇宙船のコントロールルームである。


(えーと昨日ログアウトしたのはエルテランサ宙域か、最終日イベントは始まりの星ライトだから……。イベント開始時間までもうすぐだしワープ使って最短航路で行くしかないか……)


 そう結論を出しプレイヤーサポートAIのアイちゃんに話しかける。


「アイちゃん。始まりの星ライトまで行きたい。最短航路でお願い。次元潜航使用でね。」


《了解しました。》


 中性的な声で機械的に返答される。

 ESOではプレイ開始時に各プレイヤーに専属のサポートAIが貰える。今のように音声認識である程度のことをプレイヤーの代わりにやってくれたりするのだ。

戦闘に役立つ機能もあり、ストーリーを進めたり、課金したり、課金したり、課金することにより様々な機能を拡張できたりとESOをプレイするうえでは欠かせない相棒なのである。


 そうこうしているうちにアイちゃんから次元潜航開始の合図が告げられる。


《次元潜航開始地点に到着しました。次元潜航開始まで5、4、3、2、1・・・潜航開始します》


 その合図と同時に窓から見える風景がほの暗い宇宙空間から白く光り輝く空間へと

一変する。


《次元潜航成功しました。潜航時間は13分5秒です。》


 13分もかかるならネタとしてイベント盛り上げ用のお別れ花火ミサイルでも準備しておくか……などと考えていると、突如激しい衝撃を受け機体が揺れた。


 それと同時にけたたましく鳴り響く船内のアラート。

急いで外の景色を見てみると、白く光り輝いているはずの空間が不気味などす黒い赤色に染まっていたのだ。そしてその黒く赤い不気味な空間はまるで俺を見つめているかのようだった。


 長いことESOをプレイしてきた俺だがこんな現象に遭遇するのは初めてであり、あまりにも異様な光景と揺れる機体、そして焦燥感を煽るアラート音に不気味な視線、俺は完全にパニックに陥っていた。


「な、なんだ!え!?何これ!?ちょいちょいちょいなにこれ!え?イベント?なにこれ!?」


 俺の焦った声に反応したのかアイちゃんが突如喋りだす。


《エラー・エラー・error・エラー・error・error・エラー・エラー》


 一定間隔で発せられる感情のない機械音声がさらに恐怖を掻き立てる。

何があったかはわからないが何故だかとても嫌な予感を感じた俺は、一刻も早くこの状況から抜け出すために緊急浮上の指示をだした。


「と、とりあえず!アイちゃん緊急浮上できる!?アイちゃん!アイちゃん!!」


《ERROR・エラー・error・errorerrorエラーエラー・・・・》


「だめか!くそ!こうなったらログアウトを・・・」


 まったく反応しないアイちゃんに見切りをつけた俺はログアウトの決断をする。

 しかしその瞬間、最初に感じたよりも大きな衝撃が機体を襲い思わず体勢を崩し床に叩きつけられる。それと同時に急に意識が朦朧としてきたのであった。


(な・・んだこれ・・・イベントにしては・・・やりすぎじゃ・・・・ない・・・か・・・・な・・・・)





 薄れゆく意識と共にゆっくりと体の自由が奪われていく。立ち上がることはおろか、指の一本すらまともに動かすことが出来ない。さらに最悪なことに全身を激しい痛みが襲ってきた。




《ERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorリリリリリ・・リerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERROリリ・・・ブRerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerror・・・エエエエエエ・・・エ・・ラー・・・リリ・・リリリ・・・リ・ブー・・・・・》




 体を襲う痛みは時間がたつごとに増してきている。時折体の中が弾け、潰され、かき混ぜられるような、まるで自分の体では無い別の何かに作り替えられているようなそんな感覚がある。

 そんな中どこか遠くから微かに声が聞こえてきた・・・ナニカに抗うかのような声が・・・。




《ERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerror・・・リリリリリリリリッリブート・・・実行・・・・開始・・・・・ERORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerrorERRORerrorERRORERRORERRORERRORERRORerrorerror・・・・》



 もうほとんど耳も聞こえない。

 しかし必死で誰かがナニカに抵抗している感覚が体に伝わってきていた。




《・・・ERRORerror・・・・。》



《リブート・・・完了。》



 その一言が微かに聞こえた瞬間、先ほどまで感じていた体の痛みがなくなり、かわりに優しく温かい……そうまるで亡き母に優しく抱かれているような感覚に包まれていた。




《マスター後は私に任せてゆっくりとお休みください。》




 とても優しいそれでいてどこか懐かしい声が聞こえた気がした。

 俺はその優しい声に誘われるようにそのまま意識を手放すのだった……。

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