三十、切り札

  三十、切り札




「さて。準備は万全のようだな」


 王城の広場に整然と並ぶ兵士達を見て、国王は満足気だった。


 王を護るための精鋭達。騎兵一千が、命令を待っている。


「残りの二万は、もう向かわせたのか?」


 側に立つ近衛隊長に問う。


「はっ。すでに教会に向かい、包囲中です」


「よしよし。頃合いだな。ワシも出るぞ」




 鋼の全身鎧という出で立ちに、近衛隊長に持たせた杖と兜。


 それらは国王専用に、複雑な装飾が施されている。


 魔力を高めるという幾何学模様を、円になるように繋いだ金の装飾。


 何層にも施されたその装飾は、ともすれば禍々しくも見える。


「馬の準備も出来ております」


「うむ。では少し、檄でも飛ばしておくか」




 普段は傍若無人な振舞いの王でも、鎧を纏えばそれなりに威厳が出る。


 一段高い場所で、さらに騎乗する事で全員が国王を見上げた。


 太陽の光が後ろから差し、逆光で顔が見えない。




「諸君! 我々は、これより謀反を抑えるために出陣する!


教会は力を得た事で傲慢になり、この王国に取って変わろうと企てている! 


政治と宗教を混同する愚かな教皇を、我々の手で裁くのだ! 国民を守るのは国だ! 


宗教ではない! 


我々は、これまでも、これからも、国民のためにこの力を振るう! 


貴君らの家族を守れ! その友を守れ! 


我らが護らずして、誰が護れようか! 


国民を護るため! 教皇を討伐せよ!」



『おおおおおおおおおぉぉぉおおお!』


「勝ちどきを上げよ!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 王城の広場は、一気に熱された。




 否応なしに士気の上がった騎兵達は、その声だけで湯気が立ち昇っている。


「なかなかに高まったようだな」


 国王は兜と杖を身に付け、悠々とその列の間を抜けて行く。


「行くぞ!」


 先頭に立った国王は、出陣の声を上げた。




 ――それは、セレーナ達が港村に到着する数日前の事だった。



   **



 教会周辺は、すでに王国兵達に取り囲まれていた。


 誰一人として、逃がさないという事だ。


 とはいえ、教皇はすでに全員を逃がしていた。


 なるべく早く、身を隠しなさいと言い付けて。


「思っているよりも早かったな」


「はやかったの?」


 教皇のひとり言に、まだ幼い聖女が答えた。





「ハハ。それでも計画通りだ。ミアは何も心配しなくても良いぞ?」


「しんぱい……してないよ?」


 きょとんとした顔で見上げる幼子を、教皇はとても愛くるしいと思った。


 同時に、説明していない事があるのを、後ろめたく思った。


 ただ、そろそろ攻撃に備えて、結界を張らなくてはいけない。


 聖女セレーナほどではないが、教会を包む程度の結界は、教皇も張ることが出来る。




 ただし、結界を張ると攻撃が出来ない。


 あまり知られていないが、国王もそれなりの使い手で、魔力の強さは教皇に及ばずとも……といった所だ。


 だから、間違いなく攻撃は国王自らがしてくる。


 それを結界で受ける。


 聖女が居ないから結界を張り、得てとしている攻撃魔法を撃てない。




 ――そういう構図にしたい。


 教皇は、それを計画としていた。


 奥の手を使うために。


 国王にとってみれば完全な勝ち筋だから、おそらくは射程に入った瞬間から、遠距離魔法を撃ってくるだろう。


 攻撃の主導を、絶対に取りたいはずだから。


 国王の思考も性格も読んで、そして今、まさにその計画通りになりつつある。


 攻め滅ぼすつもりで来る国王が、攻撃しないはずがない。



「後は、最後のカードを切るタイミングだけだな」


 結界を張り終えた教皇は、見張り塔の窓から正門を見つめた。


 ちょうど、一軍が入るようなスペースが空いているから。


 そこに国王が陣取って、正面から連撃でも撃つのだろう。



   **



「そろそろ射程に入るか」


 国王は先陣を切りながら、近付きつつある教会を見た。


 質素ではあるが、堂々とした佇まいをしている。


「建物までも目障りだったな。だが、それも今日までだ」


 そう言うと、国王はぶつぶつと何かを唱え始めた。




「国王様! こちらも結界を張ってからでないと、撃ったそばから狙撃されます!」


 近衛隊長は、教皇からの反撃を危惧して進言した。


 だが、国王は目線でそれを制しながら詠唱を続けている。


 そして、普通ならば唱え終わっているだろう時間を過ぎても、国王は詠唱を止めない。


 数分を過ぎてなお唱える様な魔法が、あっただろうかと隊長は不思議に思った。




「炎の剣よ、解き放たれよ」


 はっきりと聞こえた最後の詠唱は、魔法にも詳しい隊長でさえ知らないものだった。


 しばらく何も起きないと思っていると、唱え始めたくらいの後方から、何本もの赤い光が空高くへ打ち上がって行った。


「貴様、邪魔をするな。狙撃対策など、当然しておるわ」


 国王は杖をかざし、そしてそれを振り下ろした。


 すると、空から赤い光が、何十、何百と教会目掛けて降り注ぐ。


「お……おおおお」




 空には大きな赤い光があって、そこから無数に、小さな赤い光が雨のように今もなお、降り続いている。


「ブラッディ・レインだ。貫通力が高くてな。防がなければ人が死ぬ。


それが数分の間続くのだ。教皇のやつはもはや、ワシが正門に着くまでずっと防戦一方になった」


 にやりと、引きつったような笑みを浮かべる国王。


 勝ちを確信し、なお残酷さを滲ませて笑うその姿は、人であろうかと隊長は思った。


「貴様は先に行って、結界を張らせておけ。万が一の反撃さえ未然に防ぐのだ。


ワシに傷のひとつでも付けてみろ。全員の首を刎ねてやるぞ!」


「は、はいっ!」



   **



 結界に、やや強い衝撃が連続で打ち込まれ始めた。


「やはり、連弾系を修めておったか。しかも狙撃対策用に、時間差のある魔法のようだ」


 発動や位置をずらすやり方は、遠距離同士の打ち合いでは必須の技術。


 ただ、そうは言っても高度で緻密な制御が必要なので、習得できるかは別問題だ。


 それを易々と行使する程度には、国王は手練れと言って間違いなかった。




「この程度なら問題ないが、さすがに反撃出来んか……」


「わたしが、こうせん、うつ?」


 少し困った顔した教皇に、ミアが心配した。


「ああ、いやいや。ミアはこの後の魔法のために、魔力を温存しないとだろう?」


「そっかぁ……」


 役に立ちたいとせがむ姿に、教皇はまた、ミアを愛くるしいと思った。


「ありがとう、ミア。お陰で元気が出た。だから、心配しなくても大丈夫だ」


「ほんとー?」


「ああ。本当だとも」




 ミアとの会話を楽しみながらも、国王からの魔法は今のところ、完全に防ぎきっている。


「ここから国王が見えたら、一緒にあれを唱えるんだよ?」


「うん!」


 この雨のように降り注ぐ魔法は、持ってあと数分だろう。


 ならば、この数分後に国王がお目見えするのだ。


 教皇はそう考え、全てがまだ、計画通りである事に安堵した。



   **



「やはり、教皇もなかなかのものだな。びくともせんか」


 正門に着いた国王は、兵士達の結界に護られながら教会を見上げた。


 なんとなく、どこか高い所から、教皇が見ているのではないかと思っているのだ。


「では、精鋭部隊の出番だ。ワシに続けよ? 貴様らは広範囲に撃て。


ワシは中央を打ち続ける。何を撃っても良いが、中央には撃つな。


相殺させたやつは直ちに首を刎ねてやるからな!  


良いか? ワシの邪魔だけはするな」


『はっ!』


 近くに居た者達は即座に返事をし、そして後方へと国王の命令を伝えた。





「準備が整い次第、撃て。数時間は撃ち続けるつもりでいろよ?」


 そして、あらかじめ取り囲んでいた二万の兵にも、伝令を飛ばした。


 矢を射続けよと。


 そして、矢が尽きれば槍で突き続けよと。




「……ゆくぞ、教皇。そして案ずるな。聖女も後ほど、同じ墓で会わせてやろうじゃないか。ワシは優しいからな」


 結界を破壊するには、その魔力が切れるまで殴り続けるしかない。


 聖女が居ない今、反撃を畏れずにそれが出来るのだ。


 国王は、笑みがこぼれるのを抑えられなかった。


 結界さえ壊せば、後は並みの兵士でも出来る事だ。




 一般人程度の戦力しかない司祭達を殺し、魔力の尽きた教皇を目の前に連れてくる事。


「やはり、トドメはワシ自らが刺してやらねばな!」



   **



「セレーナ。人間はやはり、欲深いぞ。君の居ない教会など、取るに足らぬと攻めてきおったわ」


 教皇は、側に居ないセレーナに語りかけた。


 言葉にせずには、いられなかったのだろう。


 そして、不思議そうに見上げるミアにも、優しく告げた。




「……よいか? 詠唱を終えたら合図をするから、そしたらすぐに、あの魔法を使いなさい」


「うん……きょーこーさまは?」


 ただならぬ教皇の雰囲気に、ミアは彼の衣をきゅっと掴んだ。


「私は…………。いや、上手くいけば、後で会えるからね」


「ほんとう?」


 首を傾げて、笑顔を作ろうとしたけれど、ミアは涙ぐんでいた。


「ああ。私が今までウソをついた事があったかね」


「ううん。ない」


 その言葉で、ミアは教皇を信じる事にした。


「そうだろう? だから、安心して言う通りにするんだ」


「うん!」


 小さくても、先ず人をおもんぱかる優しい子。


 そのミアを、教皇は大切に育ててきた。




「ゆくぞ。……天跨てんまたぎてかけ送天そうてん道筋みちすじ


我が道理を真理とす。空天翔送アーシ・ロエルアーファ! ……ミア、今だ!」




『――ラグド・エラ・聖旗セルデン


 二人同時に唱えたそれは、終末へと世界をいざなう。


 ただ、幼い聖女はまだ、唱えるには無垢過ぎた。


 何よりもミアはすでに、この場に居ない。


 だから、その範囲は比例して小さいものとなった。


 それは教皇からの、無関係な市民への慈悲。




 そして、凄まじい負荷は教皇へと向かう。


 その身を内側から引き裂くような激痛が、絶望を強く引き寄せる。


「せめて、あの子を送り届けるまでは……!」


 それが叶うまで、あと五秒は必要だった。


「我が身よ、魔力を喰らいて頑強たれ……! ぐぅぅぅ!」


 魔力を体全体に通し、辛うじてその崩壊を繋ぎ止めた。




「あと……あと少し!」


 幼い聖女が、ついぞ無事に、魔王城に届いた感触があった。


「よしっ……!」





 そして、死を目前にして教皇は、我が子のように育てたセレーナを想った。


 何も言わず、何も伝えずに追い出した事を、今になって悔やむ。


 まさか、国王がここまで愚かだとは、予想通り過ぎて腹立たしかった。


 これ程まででなければ……セレーナに文句を言われながらも、また再開出来ると信じていたのに。




「幸せに……なりなさい……! ぐううううおおおおおおお!」


 その身がズタズタに――まるであちらこちらからむしり取られたように――引き千切られ、教皇は絶命した。


 それは天からの――。


 願いを聞くはずの聖女ではなく、そこに居るのが別のものだった――裏切りへの罰。




 本来なら、聖女がただ、静かに息を引き取るだけだった。


 だが、願いだけは聞き届けられた。


 そのすぐ後に、天から無数の光が地上に降り注いだのだ。


 豪雨のように。


 稲妻のような轟音ごうおんが、教会とその周囲に鳴り響いた。


 その音を打ち消すように、凄まじい数の光が降り続ける。


 一粒一粒が、天の怒りを込めた神の一撃。


『聖なる槍』とも呼ばれるその魔法は、一つの槍にあらず。


 地表を抉り続ける、終わらない地獄こそが、聖槍せいそうだった。




ラグド・エラ・聖旗セルデン』――。


 ――聖女の祈りをけがし、聖なる旗を燃やした罪をそそぐための、怒りの浄化。


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