二十六、ネルウィグ

   二十六、ネルウィグ 




「ネルウィグ団長! 出兵準備、最終確認完了しました!」


「よし。では、注意事項を述べるか」


 千人の兵が王城の外――東門の前に、一旦集められた。


 兵糧や、弓兵のための矢が積み込まれた荷馬車が並び、その先に兵達がびっしりと整列している。


 その先頭に、ネルウィグの姿があった。




 金髪蒼眼のモテそうな顔立ちの男で、背も高い。


 鍛え上げられた体は服の上からでも見て取れた。


 このネルウィグという男、兵士達からも民衆からも、高い支持を得ている。


 魔物の集団が出たと聞けば率先して出兵し、どんな遠方であろうとすぐさま駆けつけるのだ。


「民が支えてくれるからこそ、我々兵士は食べていけるのだ。その民を護るのは我らの責務である」


 そう言って、休みなく民のために戦う男として知られている。





 兵士達からも支持されるのは、罪人の処刑さえも買って出てくれるからだった。


 いかに罪人といえど、人の命を直接奪うのは「くる」ものがある。


 処刑執行で剣を振り下ろした兵は、高い確率で心を病んでしまう。


 戦争で命を奪った兵達よりも、高確率で病む。




 身動きできない状態の人間を斬る――それも首を刎ねるというのは、とてつもなく残忍な事をしてしまったと、そう思えてならないからだ。


 体から吹き上がる血しぶきと、無残に地べたを転がる首を見て、失神した者もいるほどに。




 そのため、処刑を代わってくれるネルウィグは、皆からとても感謝されている。


 彼自身でさえ、直視に耐えないからと言って、顔を全て覆うフェイスガードを被って行うのだから。


「本当はお辛いのに、俺達の代わりに苦しみを背負ってくださっている」


 兵達はそう言って、彼を心から尊敬している。




 ――それが、王国を支える騎士団長ネルウィグの姿だ。





 だが、ネルウィグはこの仕事を、天職だと言う。


 民を護り、兵達をも支える。

 それが己の誇りであると。


「このために生まれ、このために生きている」


 皆の支持にも驕らず、己を律し、道を示せる人間を目指すと言って。


 ――そう。

 そうでなければ、殺せないから。



   **



 己の趣味が、命を奪う事だと気付いたのは、若輩の頃だった。


 不作の年が続いたある日、外れの町で暴動が起きた。


 暴徒達は町で暴れるだけでは飽き足らず、王都へと進んだ。


 報告を受け、制圧に向かったネルウィグを含む一団。


 道中でかち合うと説得も虚しく、すぐさま戦闘へともつれ込んだ。


 乱戦となる中、ネルウィグも十数人の暴徒を斬り殺した。




 そして……大半の兵士達が意気消沈しての帰路の中、ネルウィグだけは違った。


 皆、戦闘後の興奮状態が続いているか、護るべき民を斬らずには抑えられなかった事に、沈痛な面持ちで居たのに。




 彼はとても冷静で、そして、内心楽しかったと感じていた。


 強がりや興奮状態から来る、一時的な感情ではない。


 心はとても静かだった。


 穏やかで、周りの気落ちしている仲間を励ましたりもした。


「今回は仕方がなかった。やらなければやられていた」


 そう言って、血で汚れた皆を労った。





 帰還後、自宅で休んでいたネルウィグは、やはり自分は冷静だなと思った。


 落ち着いて眠る事が出来たし、食事も腹いっぱいになるまで食べた。


 いつも通り美味しく食べられた。


 疲れを癒すために、血の滴るステーキを四枚も。


 奮発しても、今回の報酬でおつりが来る。


 気になって考えたのは、そのくらいだった。





「楽しかった……」


 自宅の硬いベッドで、ひとりごちた。


 そして、ネルウィグは考えた。


 何がこんなに、楽しかったのかと。




 しかしそれは、もうすでに理解していた。


 己の剣技で、奴らはなす術無く切り刻まれて死んでいったのだ。


 最初の一人目は、とにかく反撃されまいと、一撃で殺した。


 でも、そこで感じてしまったのがいけなかった。


 ――なんだ、こんなものか。と。




 次からは余裕が出来た。


 先ずは相手の腕を斬り落とした。


 その相手が、このままではやられると目を見開き、こちらを恐怖して見るのが、たまらなかった。 


 その時に、全身が痺れるほどの愉悦を覚えたのだ。


 それからは、わざと先に腕を落とし、足を薙いだ。




 だが、足をやると一瞬で倒れ込んでしまうから、足は狙わないようにした。


 腕と、腹。そして首を刎ねるか、心臓を突き刺した。


 乱戦の中でも、味方が居れば楽しみながら狩りが出来た。




 ただ、下手を打てば怪我をする。


 その緊張感は、極上のスパイスだった。


 だがそれよりも――。


 己の剣技が、「敵」を斬るのがたまらない。




 自分は正しくて、相手が悪い。


 だから、何をしても構わないのだ。


 心の赴くままに、剣技を試せる。


 そして、悪人どもの絶望する顔を見ながら、最高の気分で止めを刺す。





「あぁ……最高だった」

 ネルウィグは、ほくそ笑んだ。


 ニヤつくのを止められない。

 ベッドの上で、いつまでも思い返しては、楽しんだ。



   **



 運の良い事に、ネルウィグは頭も良かった。


 己は、他者には異質に映ると理解できた。


 どうすればこの性癖を隠せるのかを、徹底的に考えた。




 いつまでも、殺し続けたい。


 死ぬまでずっと、この快楽を味わい続けたい。


 それを成すためには、どう振舞うべきなのか。


 そうして行きついたのが、今の姿だった。




「民のために戦う。仲間のために支える」


 なんと、響きの良い言葉だろうか。


 民のためと言えば魔物を虐殺できる。


 仲間のためと言えば、罪人の首を刎ねる事ができる。



 殺す時にニヤつくのを止められないから、相手からは目元さえほとんど見えないフェイスガードを付けた。



 その言い訳も、容易く思い付いた。


 さすがに心が痛むから、見るのが辛いのだ。


 そう言っておけば、皆は同情までしてくれる。



 何も起こらない時は、趣向を変えて拷問役をやればいい。


 罪人の数はいつだって、一定数居てくれるのが、たまらなく都合がいい。



「まさに天職だ……笑いが止まらない」



   **



 この度は、国王から最高の命令を受けた。


 罪のない民をも、斬って良いのだという。


 徳の高い聖女をさえも、殺して来いという。


 恐ろしい国王だ。


 己の私欲で、善人を殺せというのだから。


 あれ程の悪人を、俺は知らない。




 力をつけ過ぎた教会が邪魔だからと言った時は、さすがの俺もドン引きした。


 だが、そういう愚か者のお陰で、俺は最高の舞台を用意してもらえた。


 待ち遠しい。

 だが、焦りは禁物だ。


 俺は、この仮面を外したりはしない。

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