アップデート

 目下もっか、俺はエンターナの森で探索をしながら、近くの街に向かっていた。


 ラプエルは抱えるのもあれなので、ラプエル自身に相談してみると、近場にあるつたを利用して背負えばエネルギーの節約に繋がると、有難ありがたい回答をくれた。


 ……今となっては仕方がないが、こうなるなら移動用の車輪でもつけておくべきだった。

予算不足に想定外の出来事が重なってのことなので、仕様がないが。


「にしても腹、減った……」


 最近、ろくに食べていなかったせいで栄養が足りていないのだろう。体力的には先の睡眠で回復しているものの、早く食料になるものを見つけないと餓死してしまいそうだ。

 それに、飲み水も早めに見つけなければ。今は喉がかわいていないとは言え、人は二日水分を全く取らないと危険だと、以前ネットで見たことがある。


 それからしばらく、水の音が聞こえてこないか耳をませながら食べられる山菜さんさいや果実を探していると、倒木の表面に何やら赤いものを見つけた。

 倒木とうぼくの側までけ寄り、休憩も兼ねて一旦腰を下ろす。それから近くにあった木の枝を手に取り、俺は微妙びみょうな表情でその赤い〝かさ〟を枝の先でつついた。


「いや……腹は減ってるけど、さすがにこれは……」


 それは、まさに毒と言わんばかりの明るい色をしたキノコ。形はシイタケに似ているが、色が全く違う。なんか、カエンタケみたいな。触るのもはばかられる見た目をしていた。

一応、もう一本木の枝を手に取ってキノコをみ、ラプエルにスキャンしてみる。

ラプエルの機能の一つだ。検索によって安全かどうかがわかる。


「マガノダケ。エンターナ原産のキノコ。形はシイタケに似ており、わずかな光量で色彩しきさいが変化するため、肉眼では動いているように見える。食用」

「へえ、食用なのか……これが」


 これこそ、ラプエルの機能の一つだ。検索によって安全かどうかがわかる……のだが。

「……マジで言ってる?」


 スキャンしたのはダメもとだった。いやだって、今の説明だと異世界原産のキノコが検索エンジンに引っかかったってことだよな? いやいやいや、流石にそんなわけ……。


「食用」


 俺が苦々しい顔をしてキノコを元の位置に戻すと、ラプエルがもう一度教えてくれた。そういうことを聞き直したかったわけじゃないんだけど。


「……つーかこれ、食用なのか」

 色合いろあいが毒々しいし、何よりラプエルの説明通りと言えばそうなのだが、動いている。そう見えるだけと言われればそんな気もするが、今すぐこれを口に放り込む勇気はなかった。


「……仕方ない、他に食べられそうな物でも探すか」

「食用です」


 背負い直したラプエルが、やけに俺にこのキノコを食わそうとしている。

 食わないって。……とりあえず、まだ。

 


 それから更に、体感二時間半後。俺はマガノダケのある倒木の元へ戻ってきていた。


「……二時間も歩き回って、見つかったのはこれだけかよ」

「現在の時刻は十四時です。実際の歩行時間は五十八分となります」

「…………」


 ラプエルに返事を返すことなく、手元の成果に視線を降ろす。右手の中ににぎられているのは、水筒すいとう代わりにしている浄水器じょうすいきに入った水一リットル。ここから少し離れたところで川を見つけたのだ。ラプエルの周辺機器の一つ、瞬間浄水器が早速役に立った。


 水の確保ができたことは大きい。服を今着ているスーツの一張羅いっちょうらしか持っていないために、川に飛び込んで魚やかにを探すのは断念だんねんせざるを得なかったが、釣り竿ざおや罠を手に入れれば、簡単に食料を得ることも可能かも知れない。……そこまでは良かったのだが。


「他に食べられそうなものといえば……なぁ」


 この森、食料らしきものがキノコしかなかった。しかも二種類のみ。

 一つはこのマガノダケ(なんか戻ってきたら緑色になって))。

 もう一つは松茸まつたけっぽい形に、新鮮なエノキのような純白。ヒガンダケ

(ラプエル曰く、昇天するほどおいしいキノコ。人生に一度しか味わえない美味しさ)。江戸時代のフグかよ。


 既に腹が減り切って胃が痛くなってきた俺に、選択肢は残されていなかった。

俺は渋々、スーツの内ポケットからライターを取り出し、

「……焼いてしまえば食えないこともないか」

「マガノダケは熱に弱く、加熱すると栄養素が壊れるのでオススメできません」

 ……なん、だと?


「いや、キノコは生だと食中毒を起こすって聞いたことが……」

「マガノダケはマッシュルーム同様、生のまま食べることが可能です」

「マジかよ」


 ごくりと息を呑む。森の空気が美味しい。……もう今日はいいんじゃないかな。別に今すぐ食べなくても死ぬわけじゃないし、浄化済みの水だってある。


「食用」

「さっきからやけに食べさせようとしてくるよね⁉」

 勢いのまま、もうどうにでもなれと、青色に変色しつつあるキノコにかぶりつく。


 ……味は意外とクリーミーで美味しかった。

 食感は思い出したくもない。

 ただ、これだけは言わせてほしい。あれは絶対に、口の中で動いていた。

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