第33詩 『回顧たる魔術の手作り木板は過去の記事を映し出し盗み失い想い遺す 2小節目』
目眩しのフラッシュを焚いたときのような、刹那的な青白い光耀ののち、スクラップボードの紙面は歴史を巻き戻す。同時に薄汚れたギルド内の
「んー【滅びの歌】関連以外のも出ちゃってるけど、多分これで各年代、バレーノさんが知りたがっている情報は大体貼り付けられているはずだよ。スクラップボードに記憶されているし、コピー用紙みたいなものだから、紙ごと切り取っても大丈夫。好きに使って」
「わーありがとうございますエレナさん」
「いえ、私がってわけじゃ——」
「——それにしても、こんなところに魔法があるだなんて……というか、エレナさんは魔法使い?」
それはバレーノとブリランテから捻出されるマナとは気色が異なる、長期的な発動に向いているらしき混沌とした古き良きマナ……つまりは魔法だ。
「いいえ。これは昔、ジーナさんのご両親が【バルバ】の街の人を募って作ったものらしいよ」
「募った……なるほど、だからこんな立派な、たくさんのマナを感じるのか……ほおー」
「一人、一人の魔力は微々たるものだけど、これだけ精巧な記憶媒介を完成させるのはすごいよ。あと、マナを扱えない私みたいな人でも扱えるシステムもありがたいな……【滅びの歌】の惨劇にも耐え凌いだくらい、頑丈でもあるしね」
魔法とは言っても、大多数の人物は使えない、ないしは使い方を知らない。でもそうなっているのにも理由があって、この世界では武力と魔力は均衡……修得難易度を加味すれば武力に軍配が上がるからだ。
魔力は武力と同様に、使用者の身体や知恵の限界は越えられない。大雑把に例えるなら武力が内的、魔力が外的に作用するだけで、力量そのものには大差ない。
もちろん時代によって変遷があり、最近は対幻獣のために武力を用いた銃剣術が主流だけど、かつては魔力を行使した遠距離かつ持久戦が主流だった時期もある。このスクラップボードは、そんな時代の名残りだ。
「あーもしかして、ここがギルドなのって、このスクラップボードがあるから?」
「そうそう。元々ジーナさんが看板娘として働いていたのもあるけど、いつでも記した過去を遡れるボードって、便利でしょ?」
「……そうかもしれませんね。じゃあそろそろ、拝見させてもらっちゃおうかな」
「どうぞ、遠慮なく」
バレーノはスクラップボードに貼り付けられた記事を見回してみる。様相としてはスクラップブックの拡大版のような見た目で、ジーナが言う【滅びの歌】の前後の内容である一面と記述や、滅び、歌、という単語に引っ掛かった関係のない写真も散見される。
その中には先ほど話題に挙がっていたリセ・キタミに関することや、ウンベルトとエレナさんが居住した経験のある王都の事件についても何個か記されていた。小さなところでは、デモ隊による反王都の歌が唄われたことや、物滅びのクレイと呼ばれる変装の得意な盗賊が捕まって王都を追放されたことなど、【バルバ】には直接的に関係ないものもあった。
「……はあデモに追放ね……あっ——」
どうやらこのスクラップ記事は、【バルバ】の街のみに限定した内容というよりは、【バルバ】の街で発行された新聞や雑誌の記事がベースとなっているとバレーノは悟りつつ、【滅びの歌】とは無関係の、とある王都の一件が逆に目に付いて注視してしまう。
「……関係なさそうなのは排除出来るけど、バレーノさんどうする?」
「ええ? んー……えっと、【滅びの歌】とは話が逸れるんですけど、【バルバ】の街でも王都のことが、こうして報じられるんですね?」
「世界の中心だからね、地方の街でも遅れて報道されるものだよ。しかもバレーノさんが見てるそれは、王族絡みの大事件で、ずっと未解決で、一時は王都そのものが滅ぶんじゃないかって恐れられたくらいだし、報じられて当然だと思うよ……というか、バレーノさんでもその事件は知ってるんじゃない?」
バレーノが注目する王都の大事件というのは、五年前に起きた、現国王の娘であった第一王女、第二王女が忽然と失踪してしまった、王都史上でも指折りの大スキャンダルだ。この二人は未だに発見には至らず、王族とだけあって幾つもの仮説が伝播し、死亡説、殺害説、病死説など死にまつわる説から、財政を工面するために身売りした、攫われた、あまりにも容姿が醜過ぎて替え玉を用意しようとしたなどの陰謀論も渦巻く。
そして情報提供を求めるためか、彼女たちの名前に人となりや趣味が簡潔に記されていて、第一王女と第二王女は一卵性の双子で、名を第一王女がルーチェ、第二王女がルナ。ルーチェは礼儀正しく芸達者で将来的には伴侶に困ることはないとされた少女。一方のルナは正反対な性格で、喧嘩早く御転婆で、細々としたことが苦手の騒々しい少女。
このことから二人は双子なのに、性格の不一致で反りが合わず不仲と断じている。最後に締められたワンフレーズには、せめて将来有望な第一王女ルーチェさえ生きていれば、発見すれば、王都が大混乱することはなかっただろうと太字で記述された。
「……はい。ちょうどわたしが、ブリランテと一緒に吟遊詩人を始めようとする前の時期なので」
「そっか……これは余談だけど、私とジーナさんが大喧嘩した遠因って、この王都での第一王女第二王女失踪事件なんだよね」
「えっ? どうして?」
バレーノが即座に疑問を呈する。
エレナは手持ち無沙汰に、巻かれた包帯から飛び出した髪の毛先を弄りつつ、神妙に、切なげに答える。
「五年前に【バルバ】の街の復興が見込める手筈があったんだけど、王都の混乱の煽りで頓挫しちゃってね。それで大荒れしたジーナさんがウンベルトを酷く絡んで困らせて、私が割って入って、まあ……大変だった」
「……なんというか、わたしがこのことで何かを言う資格はないけど、色々あったのは、伝わります」
「……ごめん。バレーノさんに余計な話しちゃったかも、王都関連のは何個かあるけど消しとくね。【滅びの歌】について、探すんだものね」
「……はい、そうしましょう」
エレナが再びスクラップボードに触れ、紙面の修正と更新を施す。
そんなエレナの双眸を細めた哀愁漂う横顔をバレーノは眺めつつ、励ます言葉が上手く形にならなくて、珍しく発言を飲み込んだ。
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