第8詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 7小節目』

 ギルドを後にしたバレーノは、ウンベルトの付き添いの下、徒歩圏内にある宿屋まで案内される。そこは荒廃し欠けの【バルバ】の街に同化したような、ギルドよりも一層老朽化する黒焦げた木製の支柱が、建造物としての形状をなんとか保っている。

 曲がりなりにも宿屋なので敷地面積はそこそこ広く、宿泊スペースは十部屋にも及ぶ。だが一部諸々の理由で使用禁止の部屋があったりで、実質三部屋程度しか使えない。辺りには木屑がすすとなってフローリングに点々とした汚れを生み出し、室外からの破片などのゴミがなだみ、そもそも宿屋の主人がいない。これから泊まるかも知れないと流し見しただけでも、お世辞にも清潔かつ、また泊まりたいと望める空間とは到底言い難い。


「泊まるなら部屋は、なるべく真ん中にある部屋を使ってくれ。外側の部屋は……例の災害で半壊した後に造り直されていない箇所があって、とても人が住めるところじゃない。あと内側の部屋は無事だったんだが、シャワーなんかが壊れたままで結局二度手間になる」

「色々大変なまま、なんですね」

「まあな。何はともあれ、お前が【バルバ】の街の罪深き禁則破りであろうとも、別に死罪というわけじゃないから一応寝床の提供だけはする……もし泊まるところがないならの話だが。こんなところ、客観的に考えても宿屋としては物足りない場所だからな」

「……ここか【バルバ】の街、一番の宿屋……ということであってますか?」

「ギルド同様、こちらも唯一の宿屋だ。そもそもこの十年、まともに泊まろうとした旅人も居なかったから、もはや宿屋と呼んで良いのかも分からんが……」


 ギルド長の制定した禁則事項に触れた建前上、バレーノという旅人を手放しで歓迎するわけにはいかず、本来なら宿屋を提供することなく街外へと門前払い……なのだが、【バルバ】の街からの制裁を待つ当事者でもあるため、おめおめと街の外へと逃すわけにもいかない。

 つまりこの宿屋は苦肉の策なわけで、ただの旅人なら劣悪な環境でしかないのだが、バレーノの立場の悪さに託けた格好となる。


「んー……まあ、何もないよりは良いかな。この大荷物の置き場にはなるだろうし、野宿よりは気長だもんね……シャワーあるし?」

「お気楽だな、お前は」

「ご主人も居ないなら、このブリランテで演奏のし甲斐もあ——」

「——ないっ。お前、保留になったからって図に乗るなよ」


 ウンベルトの睥睨がバレーノに突き刺さる。吟遊詩人として様々な人たちと歌を唄って触れ合って来たバレーノといえど、思わず一歩退がるくらいの威圧があった。瞬時にお互いの力量さが表面化されたみたいに。


「ちょっとちょっと、顔が怖い怖いっ。冗談じゃないですか〜今のは」

「冗談のつもりなら笑えないが。お前がこうしていられるのは、ガキどもに蹴り飛ばされた幸運があったからだということを忘れるな……あとあんまり俺を苛つかせるなよ?」

「はあ……さっきからそんな風に不機嫌だと健康に悪いですよ。ウンベルトさん、少し痩せすぎだとも思いますし、ストレスは適度に発散して行きましょう? あと良く食べましょう」

「誰のせいでストレスを感じていると思っているんだ。お前がこの街を訪れなければ、こんなことになっていなかったんだがな」


 虚ろ視線で嘆息を吐くウンベルトは反論しつつも、彼よりも若年の女性であるバレーノに痩せすぎと指摘されたことを気にしてか、それとなく頬骨から輪郭をなぞるように摩る。

 ハリツヤのない荒れた肌、剃り残しだらけの乱雑な髭。ストレスのせいか、軽度の栄養失調のせいか、寝不足のせいか、【バルバ】の街の衰退具合に比例した容貌だ。


「あっ、そういえば。わたしがここについて来たのって謝りたかったからなんですよね。ほら、転んじゃったご老人の方はギルドにいらしたけど、大泣きしてたどこかの娘さん? と吠えてた猟獣? は居ませんでしたね? どこに居るのか、ウンベルトさんは知っていますか?」

「お前に説明する必要もないと思うが……まあ良いだろう。まず……泣いていた娘っていうのは、俺の娘だ」


 少々言いづらそうにウンベルトはバレーノに伝える。痩せぎすで精神的負担が絶えなさそうな体裁が、不器用な大人の男性のジレンマのようにバレーノは感じる。


「へぇー? お子さんが……ウンベルトさんって既婚者なんですかね?」

「……ああ。娘はまだ生後一ヶ月ほどで、昨日この街に女房と一緒に戻って来たばかりだ。【バルバ】にはまともな医者がいないからな。隣街で出産することになっていたんだよ」

「一ヶ月? 一ヶ月って言いました!? それってかなり大変な時期じゃないですか! え? わたしに付き添ってる場合じゃなくないですか!? 早く娘さんたちのところへ帰ってあげた方が——」

「——そうしたいのは山々だよ。だが俺が家に残ろうとすると、女房からは仕事を気にされたのか、邪魔だって言われて追っ払われたんだよな。一体どうするのが正解なんだか……娘の泣き声は聴こえたが、家には女房が居るし、近くで見張ってたってバレるのも信頼してないみたいだろ……さっき言った猟獣はギルド長が使役していて、害獣から身を守ってくれたり、規則に違反した人物を捕まえたりもする優秀な獣で、ドッグと言うんだが、吠えたということはなんらかの問題が生じていたのも分かっていたし、目の前で長老が転倒したから介抱することになったのも……いや、全部言いわけにしかならんか、情け無い。というか、お前に話過ぎたな」


 大袈裟に咳払いをして、ウンベルトは話を打ち切る。バレーノは推し量ることしか出来ないけど、ジーナとピーロの諍いを物憂げに見守っていたあたりから、ウンベルトの苦悩の一端が垣間見れたような気がした。


「……溜め込んでますね」

「お前が気にすることじゃない」


 加えて安易に痩せすぎやら、ストレスを発散やら、ムードを和ませるためとはいえ、ちょっと野暮な冗談を言っちゃったのかなと俯きながらバレーノは内心で謝る。

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