第74話 ロジャーvs魔人


 魔人は思考していた。

 酷く鈍い頭を動かして、今の状況を探っていた。

 否、呼び出された悪魔は魔物とは違い、高度な知能を有している。

 魔術を使うこともできれば、近接戦闘もこなせる強力な魔物だった。

 それが人間を喰らうことでさらに進化を遂げ、爆発魔術と大剣での攻撃に特化した性能を得たのだ。

 ……しかし、喰らった人間が少し足を引っ張っている。

 不幸なことに贄になってしまった牧師……トマスは人生で本気で取り組んだ事柄がない。

 彼がまともに収めたのは紋章学くらいなもので、その他の「習い事」はアマチュア止まり。

 つまり、彼は糧にするには質が悪すぎたのだ。

 もちろんそのせいで魔人の力が落ちてしまうわけではない。

 ヤギのような頭に湾曲した長い角が2本生えていて、黒い身体には一対の翼が生えている。

 胴のあたりを覆うように白い布を羽織っているのが、かえって魔人の禍々しさを引き立たせていた。

 実力はネームドモンスターと同程度。

 一体で一国を滅ぼすこともできる。

 だが、目覚めて数分のうちは、餌にした人間のせいでまともな判断能力を持っておらず、こうして周囲の様子を気にしているのだ。

 一人の男が魔人の前に立った。

 くるぶしまで達する黒い服をきた男。

 その顔は緊張で強張っていた。

 その身体は恐怖に震えていた。

 その個体に見覚えはなく、なにも特別なことはなかった。

 だが、魔人は彼の顔を見ると地面に降り立ち、ゆっくりと近づいていく。


「……キミ……ィ…………」


 魔人の無意識のつぶやきが、両者の開戦の合図となった。

 副牧師は右手に光の剣を召喚し、魔人は大剣を振りかぶった。


 ・


 魔人が大剣を振り下ろすと、地面が大きく揺れる。

 その一挙手一投足が人間にとって必殺の威力を誇っていて、ロジャーは自分の身体が無事なことに驚きながら戦っていた。

 ジオとの特訓によって、彼は魔人の攻撃を紙一重で躱すことができている。

 さらに速い攻撃にさらされてきたことで、ある程度の冷静さを保ちながら命を繋ぐ事ができている。

 だが、時間にしてはわずか10秒にも満たない。


「…………キ…………ミ……」


 大ぶりの一太刀を避け、ついにロジャーが反撃に打って出た。

 滑り込むように魔人のまたの間を抜けて、光の剣で腿のあたりを斬る。

 当然その一撃はダメージを与えてはいないが、針のように鋭いそれは、確かに魔人に血を流させた。

 約束の時間まではあと15秒。

 ロジャーは体勢を立て直すために後ろへ飛び、魔人は自らが傷つけられたことに激昂しているかのように叫ぶ。


「…………キ………………」


 再び魔人の連撃がロジャーを襲う。

 彼は身を低く、逸らし、転がり、なんとか命を繋ぐ。

 偶然ではあるが、ジオが近接攻撃の避け方を教えたのが明暗を分けた。

 魔人は魔術に特化していて、近接攻撃も強力だが練度はそれほど高くなかったのだ。

 いくら屈強な肉体を持つ魔人といえど、至近距離での爆発魔術は自らにも危険を及ぼす。

 そのため、ロジャーに対して大剣での攻撃を用いるしかなかった。


「い、いけます……!」


 数度の攻撃をやり過ごしながら、ロジャーはそう口にする。


「ジオ先生、私は――」

「………………」


 しかし、彼は気付いていなかった。

 ――魔人の肉体の同期が完了したということに。


「……あっ」


 ようやく真の力を発揮することができるようになった魔人。

 今までとは比べ物にならない速度でロジャーとの距離を詰めると、確実に生命活動を止めるべく横薙ぎに大剣を振るう。

 少しの油断があったとはいえ、ロジャーには避けようのない攻撃。

 信仰と村の平穏のために生きた青年は、ここで命を落とす――はずだった。


「感謝しろ人間。28秒で終わらせてやったから助かったんだぞ?」


 必殺の一撃は空を切った。

 これ以上動くことのできないはずの青年の身体は地面から浮き、勢いよく後方に引っ張られていったのだ。

 ロジャーはそのままごろごろと転がっていく。

 急いで起き上がった彼が見たのは、息絶えた無数の魔物だった。


「ここからは私が相手をしよう。村人の避難は済んだが、もう少し広々とした場所で処刑したいものだな?」


 ルーエが円を描くように指を動かすと、魔人が吹き飛ばされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る