第44話 vsシャーロット

 つい10分前に戦ったジャレッドは布の服を着用していたが、シャーロットはしっかりと鎧を着込んでいる。

 模擬戦だし、おっさん相手にそんなに気合を入れる必要はないと思うのだが、彼女は木剣の手入れをし、身体を適度に動かして入念な準備をしていた。


「先生はもう準備はよろしいですか?」

「……大丈夫だよ。怪我させないように気をつけてね」

「もちろんです。先生の教え子として、成長したのが気持ちや見た目だけではないと証明してみせます」

「あぁ、うん……」


 この返答、多分シャーロットは「俺は強いから怪我をしないように注意しろ」と捉えているのだ。

 実際にはその逆で、怪我をする可能性があるのは俺の方なんだが。


「二人とも、準備はいいか?」


 面白そうに俺の様子を見ていたルーエが審判として二人の真ん中に立った。

 やはり俺とシャーロットの距離は十メートルほど。

 どちらが先に動くのか、それに対してどのような行動を取るのか、互いの初動が重要そうだ。


「それでは、殺し合え!」


 物騒な掛け声は無視して、俺はシャーロットに注視する。

 彼女が身に纏っている鎧は見るからに重そうで、俊敏な動きはできないだろう。

 ジャレッド戦と同じように気を引き、背後に回り込めば勝てるかもしれない。

 だが、この考えが甘かったと俺は次の瞬間理解した。


「では……行きます!」

 

 シャーロットが勢いよくこちらに駆け出した途端、彼女の鎧の背の部分から炎が噴射される。


「――はぁっ!?」


 炎の推進力が彼女の身体を押し、凄まじいスピードでこちらへ突撃してくる。

 右手には木剣、左手は硬く握られていている。


「お覚悟を!」


 シャーロットは木剣で鋭い突きを繰り出し、俺は間一髪でそれを避ける。


「この一撃を躱すとは、さすがです!」

「あはは、ありがと――うっ!?」


 避けたと思って完全に油断していた。

 俺を通り過ぎたシャーロットは、肘から噴射された炎によって身体の向きをすばやく変え、再び攻撃を行う。

 身体を逸らすことで辛うじて回避し、距離を取る。


「それ、めちゃくちゃかっこいいね!?」

「ありがとうございます! 私が考案した戦法です!」

「どんな生活をしたら炎を噴射する鎧とか思いつくんだろうね!」

「私が山を出る日に先生がかけてくださった『常識に縛られるな』という言葉が原点です!」

「すごいね昔の俺ッ!」


 軽快に言葉は交わしているものの、シャーロットは一向に攻撃の手を緩めてはくれない。

 距離をとっても炎によってすぐに詰められ、鍛錬の賜物であろう正確な木剣の一撃が飛んでくる。

 そろそろ俺も反撃しないと彼女のためにならないだろう。

 一連の動きを見ていて彼女の弱点も見えてきたところだ。


「――ふっ! これでどうですか!」


 シャーロットは鎧の推進力を生かして宙を舞い、俺を飛び越す。


「背後からの攻撃か!」


 後方からの縦斬り。

 俺はそれを半身で避ける。

 シャーロットの視点で右、つまり剣を握っている方に避けたことで、彼女は続けて横振りで俺を追うように腕を動かした。

 だが、それを読んでいた俺は後方転回し、着地と同時にシャーロットの首元めがけて木剣を放つ。


「……っ」

「これで勝負ありかな」


 ルーエも頷いているし、どうやら勝つことができたようだ。

 剣を引くと、シャーロットは俺に一礼した。


「ありがとうございました!」

「こちらこそありがとう。かなり鍛錬を積んだんだね」

「はい……こんなにも簡単に敗北するとは思いませんでした」


 彼女は悔しそうに両手を握りしめている。


「あぁ、些細なきっかけでシャーロットの弱点に気付けたんだよ」

「些細なきっかけ……?」


 シャーロットは右手で剣を持っていたが、空いている左手は握りしめられていた。

 これは、普段戦う時には左手でも何かを持っていることを意味している。

 聞き手ではない方で使うなら、繊細な扱いが要求される武器ではなく、身を守るという一点に集中できる盾だろう。

 ならば、今回の模擬戦に限ってはそこが付け入る隙になる。

 訓練を積み、常に戦いに身を置いているであろう騎士という職業柄、戦闘方法は身に染み付いている。

 であれば、剣での迎撃が間に合わない攻撃の場合、無意識のうちに盾で防ごうとするはずだ。

 だが、その手に盾はない。

 もちろんシャーロットもそれを承知していて、左側に相手を入れないように注意していた。

 だからこそ、相手の攻撃を紙一重で交わすことで意識を割かせ、「普段通り」の行動を誘発したのだ。


「……お見それしました。その時々の状況に合わせた柔軟な勝ち方、見事としか言いようがありません」


 説明すると、シャーロットはすぐに頷いて反省しているようだった。

 今回はなんとか勝つことができたが、この戦いが彼女にとって良い経験になると嬉しい。


「……ねえ、ひとつ聞いていい?」

「はい、なんでしょうか?」

「模擬戦だから魔術を使っちゃいけないのはわかるけど、鎧から炎噴射するのっていいの?」

「…………そういえば……そうでした」


 部下から恐れられる騎士団長様は、少し抜けているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る