第35話 宴

 街のすぐ近くであっても、夜間の外出は危険である。

 昼間よりも魔物の活動範囲が広がるからだ。

 人間と同じような視界を持つ個体だけでなく、夜目が効くものも多い。

 だが、今日ばかりはマルノーチの外では大きな宴会が行われていた。


「「「「「かんぱ〜〜〜い!」」」」」


 約百名にも及ぶ冒険者達が誇らしげに手に持ったコップを掲げる。

 一度、二度はどうなるかと思われた魔物との死闘も、全ての冒険者が五体満足のまま終わることができた。

 特に熾烈だったのは巨大なオークとの戦いだが、若い冒険者の言葉で心を一つにした彼らの前には敵ではなく、今では恐怖の塊だったオークは格好の食材と化している。


「ちょっと大味だけど、オークの肉って意外と美味しいんだなぁれ

「……うむ。ただ焼いただけのオーク肉が前の肉串に勝てるとは思っていなかったぞ」

「それはほら、みんなで外で食べるから美味しいんでしょ」

「確かにな。ならば、あちらで騒いでいる人間達はさらに良い心地だろうな」

「汗水垂らして倒した魔物だからね」


 今回の影の功労者であるジオとルーエは目立つことを嫌い、集団から少し離れた場所で、振る舞われた食事を楽しんでいた。

 幸いにも、今回の二人の働きは、視線の先で馬鹿騒ぎを繰り広げている冒険者達にはバレていない。

 彼らは「たまたま近くに居合わせなかった凄い人」くらいの認識を持っていた。


「流石にあの時は助け舟として魔術の一つでも使おうかと思ったよ。そんな必要はなかったけどね」


 ジオの言葉を聞いて、ルーエは真剣な眼差しを向ける。

 

「……それなんだが、私は少し見直したぞ」

「何を?」

「あの新米の冒険者パーティをだ。てっきり、ジオに教えられたことはもう忘れていると思っていた。だが、相手のためを思って発せられた言葉は心に残り、さらに伝播していくものなのだな」


 嬉しそうにルーエは笑ったが、ジオは腑に落ちないように首を傾げている。


「ははは! わからないか! ……つまり私はお前に惚れ直したってことだよ」

「とりあえず褒められてるってことで良さそうだな。なぁ、食事の続きは家にしないか?」

「なんだ、腰の調子が悪いのか?」


 図星を突かれたようで、ジオは苦笑いする。


「バレたか。帰ったらちょっとマッサージしてくれよ。だいぶマシになったけど、しばらくは安静にしてた方が良さそうだ」

「しょうがないな、人間の老いというやつは。ほら、肩を貸してやろう」

「悪いな。……よいしょっと……あー痛い」


 ひっそりと会場を後にしたジオとルーエに気付いたのは、今日の出来事をまだ夢のように感じていたビギンだけだった。

 彼は陽炎のようにゆらめきながら去っていく二人の姿を見て、尊敬の念に胸を膨らませる。


「……かっこいい…………」

「ビギン…………どうしたの……?」

「変な方向見て、もしかして討ち漏らした魔物でもいた?」


 ビギンは首を振ると、満面の笑みで二人へ言った。


「僕、目標を見つけたんだ。こんな人になりたいって目標が!」

「おうおう誰かと思ったら威勢の良い新人じゃねぇか! よく生きてたな!」

「なに、目標とは随分生意気じゃねぇか。聞かせてみろよ、俺たち全員に!」


 あまりに若々しく希望に満ちたビギンの声に、熟練の冒険者達が集い始める。


「そういや、例の書の守護者様だっけ? あの人は今回何をしてたんだろうな!」

「もちろん俺たちの力になってくださったのは間違いないけど、イカしたポーズで現れた時以来見かけなかったよなぁ」

「ま、いてくれるだけで心強かったけどな!」

「それよりも、洞察賢者って知ってるか? なんでも俺たちに助言をくれたお方はそう呼ばれてるらしいぜ」


 自分から聞いておきながら、ビギンの話を聞こうとしていたことなど一瞬で忘れてしまった冒険者達。

 彼らの耳に届くようにビギンは声をあげる。


「僕、その洞察賢者様の正体を知っていますよ!」

 

 自らの決意表明に恩師の偉大さをアピールするチャンスだと気付いたビギンは、ダンジョンの攻略のことを含め、ジオについての物語を語り始めたのだった――。

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