第30話 神頼み
小説家への同情ののち、俺たちは「神」を祀っているという施設に足を運ぶことにした。
「……どうしてこの施設は『神』を祀るなどと遠回しな表現をしているんだ?」
「遠回し?」
鳥居と呼ばれる赤い門のようなものを潜り、二人でのんびりと歩いていると、いきなりルーエが疑問を口にした。
「神といえば、この世界の創造神として伝えられている『フソイ』ではないのか? わざわざ個体名ではなく役職名で呼ぶのに理由が?」
「ルーエって無駄に聡いよね」
「無駄にってなんだ無駄にって!」
鬼のような形相の彼女の疑問に対して考えを働かせる。
「聞いた話だと、フソイって神様だけを信仰しているわけじゃないみたいだよ」
「そうなのか?」
「実在していたか創作かはともかく、特定の分野に対する神様だったり、健康とか恋愛とか、そういう神様もいるみたいで、人々はこの施設で各々進行する神様にお願いするみたいだね」
人間は神頼みが好きな生き物だ。
しかし、本来ならばこの世界を創ったとされているフソイに祈るべきだが、たとえば創造神に恋愛の助けを求めるのに違和感を感じる人もいるのだろう。
だから彼らは、文明の発展とともに、反対に神を創造し、そして崇めているのだ。
「……前世の私が部下に異常に敬われていたのも、同じような一面があったのかもしれないな」
彼女は俯き、瞬きの間だけ顔を曇らせたが、すぐにいつもの自信を取り戻す。
その背中に手を当ててやると、ルーエは優しく微笑んだ。
「……ん。すまないな、気を使わせてしまって」
「いいさ。今となっては、お前の孤独もわからないことはないからな」
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
想像はともかく、神の中には人間から昇ったものもいるらしい。
飛び抜けて武芸に優れているもの、膨大な知識をもつもの、人々を熱狂させたもの。
そういった人物は象徴として神に上げられるのだ。
おそらく、ルーエ……アロンは、魔族にとってそのような異次元の存在だったのだろう。
神に対して対等に立とうと思うものはまずいないはずだ。
だからこそ、魔王は孤独を感じ、それが今の俺たちの関係に繋がっている。
「それじゃあ、俺たちも何かお願いしていこうか」
「今の私は一般市民だからな、それもまた良いものだ。ジオは何を願うつもりだ?」
「うーん……」
顎に手を当てて考える。
「…………平和な余生と目立たないことかな」
「…………枯れ果てすぎじゃないか?」
「い、いいでしょ別に!」
住処はあるし、服も自分で作れるし、食料問題にも心配はない。
衣食住さえしっかり確保していれば、あと願うことなんてそうそうないはずだ。
「ルーエは何を願うんだ? 俺に偉そうに言ったからには、よっぽど切実な願いがあるんだろうな」
「そうだな……私は恋愛の神に祈ろうと……思っているよ」
「恋愛?」
よっぽど俺の顔がとぼけて見えたのか、ルーエは呆れて肩をすくめる。
「あぁ。なんだかロマンチックでいいだろう、こういうの? 実際に私たちの距離が縮まるような出来事があれば神の力、なければ自分の力で勝ち取る誇りを手にできるんだぞ」
「自分の力で勝ち取るとか乙女の言葉とは思えないけどいいね!」
ルーエが拳を握ってこちらを睨みつけている。怖い怖い。
境内を歩くこと数分、俺たちは拝殿と呼ばれる場所に辿り着いた。
「この先にある四角い箱にお金を入れて、そのあとにお祈りするみたいだよ」
「金で自分の願いを優先してもらおうという魂胆か? 人間は神を俗的に見過ぎだろう……」
彼女の言いたいことは分からんでもない。
「まぁまぁ。とにかく行こうよ」
「そうだな。私も恋愛の神には存在を知ってもらいたいし、望むところ――いたっ」
コツンっという音がした。
振り返ると、なぜかルーエは拝殿へ上がる階段の前で足を止めている。
「どうした?」
「い、いや、どうしてかここから先に進めないんだ」
その言葉通り、ルーエが前に進もうとするが、どれだけ勢いよくぶつかっても拝殿から拒まれている。
「……もしかしてさ、これってルーエが魔族だからじゃない?」
「あぁん?」
ずいぶんとガラの悪い返事がきた。
「あれか、私が魔族だから願いを叶えてやることはないと。それってつまり種族差別だよな?」
「いや、それは――」
「確かに箱が置いてある場所には到達できなさそうだが、それでも周囲のものを全て破壊すれば可能性はあるよなぁ?」
「待って待って待って! ほ、ほら、俺がお金入れてあげるからさ、そこからお願いしようね?」
本当にマルノーチ一帯を破壊しかねない。
必死に彼女を宥め、なんとか荒ぶる魂を落ち着けてもらった。
再び何かしらが琴線に触れぬよう、急いでお参りを済まし、俺たちはこの場所を後にする。
「全く。少しは見どころのある神かと思ったが、とんだ勘違いだったようだ」
「そんなこと言うなって。それで神様がお願いを聞いてくれたらどうするんだよ」
「感謝する」
「えらく正直な性格で良いと思うぞ」
今日は一日中マルノーチの街を観光していた。
気付けば夕陽が沈みかけていて、心に安らぎを感じる。
これがロマンチックというやつだろうか。
「……なぁジオ」
「ん?」
「こ、この後、二人で夕食をとらないか? 噂で聞いたんだが、夜景を見ながら個室でくつろげるという場所が――」
だが、彼女の言葉はそこで遮られてしまった。
十数メートル先から走ってくる男が叫んでいたからだ。
「魔物の大群が攻めてきたぞおおおおおおおッ!」
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