おっさん、観光する
第29話 非常識探検隊
ビギニングのダンジョン攻略を手伝うという依頼から数日。
俺とルーエはマルノーチ探索に繰り出していた。
山から出てきたばかりで色々な依頼をこなすのはキツイだろうとレイセさんが判断してくれたのか、ともかくしばしの休息。
だが、自宅にこもっているだけでは都会に出てきている甲斐がないとルーエが言うので、こうして片手に肉の串を持って歩いているのだ。
「……んん! ジオよ、この肉は何の肉だ? 柔らかさといいハッキリとした味付けといい、さぞ高名な戦士の肉だと思うのだが……」
「人間の肉とか食べないから。普通に牛じゃないの?」
店主は「肉串」としか言っていなかったが、まさか人間のものではあるまい。
せめてオークやそこらの魔物の肉だろう。
「でも、確かにとんでもなく柔らかいよな。魔族はこういうの食べないのか?」
「私たちも牛は食うが、ここまで手が込んだものはそう口にできるものではないな。そもそも食に対する探究心が薄いんだよ」
「あぁ、戦う方に関心が強いわけか」
新書と言われていた本の中にはいくつも戦闘関係のものがあった。
魔族は戦いに通じているからこそ、その本の有用性を理解し、危険なものだと判断できたのだろう。
田舎に住んでいないはずの彼女が俺と同じくらい食べ物に興味を持っているのも当然だったのだ。
「……牛だとしても、どうやって硬さを変えているんだ? 脅迫……?」
「むしろ緊張で硬くなっちゃうでしょ、それ。やっぱり餌とか適度な運動とかが必要なんじゃないかと思うよ」
「怠けてばかりいる肉と鍛えた肉は、一見すると同じようにデカいが、その本質は全く違うからな。そういうものか」
「そう、なのかも?」
怠惰な生活でついた胸の肉とトレーニングによって作り上げた胸筋。
服を着てしまえば共に同じような膨らみに見えるということだろうか。
外見状同じに見えても、一度服を脱げば、戦えば力の差は歴然。
「……それにしても、ずいぶん肉の硬さにこだわってるね」
「もちろん、いつかお前に食べさせてやりたいからな。良い妻は夫の胃袋を支配すると聞いたことがあるしな」
「支配……?」
食べ物に怪しい術式を混ぜられて胃からコントロールされてないか、それ。
次に訪れたのは博物館だ。
「ここは何をしているところなんだ?」
「えーっと……」
レイセさんにいただいた街のガイドブックに目を走らせる。
「ここは、マルノーチ出身の戦士や魔術師、ほかにも有名な人たちのゆかりの品を展示している場所みたいだな」
「展示って、もう死んだ人間のものをか?」
俺が頷くと、ルーエは怪訝そうに目を細めた。
「……一度戦が起こればたちまち破壊されてしまうのに、なぜ死者の物を残す必要がある? 仮に効果があったとして、それこそ集中狙いされてしまうだろう」
武器は使うものだし、もういない人間の所持品を飾ってどうするのか、という質問は極めて正当だ。
「人間は、人間の歩みを間近に感じたいんじゃないかな。ただ戦って、奪って、破壊するだけだと魔物と変わらないだろう?」
「博物館が存在することで、獣から遠く在ろうというわけか」
「ちょっと難しく考えすぎるかもしれないけどね。でも、博物館があることが戦争をしないという決意表明かもしれないよ」
「歴史を破壊することは本意ではないのだな」
正直、説明としては穴だらけも同然だったのだが、彼女はひとまず納得してくれた。
それからは俺に質問もせず、ふんふんと頷きながら展示物を見つめている。
俺も鑑賞に集中してみたが、かつて村に侵攻してきた魔物を撃退した戦士の魔剣だの、魔術師の歴史に名を残した人物の使っていた杖だの、錚々たる展示物が並んでいた。
マルノーチは国と比べると小さい街ではあるが、特定の分野に秀でた人物は多かったようだ。
「――おお、これは有名な料理人の使っていた道具か。これは小説家の……なぁジオ」
「ん?」
どうしても理解できない事柄にぶち当たったであろうルーエ。
彼女が見ている展示物の前に歩いていくと――。
「どうして人間は、他人が他人に当てて書いた手紙を保管して、さらに展示しているんだ? もしかしてこいつは大罪を犯していて、その罰として死後も辱められているのか?」
「あぁ、うん…………その可能性もあると思うよ」
解説文を読んでみたが、これに関しては俺もルーエと同じような気持ちだ。
仮に、俺が誰かに当てて書いた手紙が展示されていたとして、この文章がおかしいだとか、文字が汚いだとか言われ続けるのは耐えられない。
面白いジョークが後世にまで残るなら話は別だが。
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