第2話 出会い
「おっと、刺客なのに死角があっていいのかい?」
その言葉が聞こえた瞬間、私の脳内では自分の短い人生が走馬灯のように流れ出した。
「レイセ。お前の名前はレイセというんだよ」
父の包み込むような優しい声を思い出す。
私の家は貧しくも裕福でもない、中流の典型のような家だった。
職業選択の自由はあり、かと言ってなんでもできるほどの自由もない。
幼い頃から何事も人並み以上にできた私は、羽開いて飛び立つことよりも、地面に根を張る木になることを選んだ。
冒険者のような、人生逆転も夢ではないが、その一方で命を落とす危険のある仕事ではなく、冒険者ギルドの受付に就職したのだ。
街の近くに魔物が現れれば屈強な冒険者が助けてくれるし、自分は雑務をこなすだけでいい。
幸いにも粗暴な冒険者は少なく、あまり警戒する必要もない。
このまま私は平穏な暮らしを続け、適当な相手と結婚してのんびりとした余生を過ごすのだ。
そう思っていたのに――。
「レイセ・ツィオーネくん。君にはモールス山にいるらしい、先代魔王を倒した書の守護者……つまり勇者を探してきてほしい。あわよくば先生として――」
「…………ギルド長、脳みそ落としてきたんですか?」
レイセ・ツィオーネ、勤続4年目にして初の暴言である。
だが、ギルド長……ボスリーさんは私を叱ることはせず、むしろ申し訳なさそうにしていた。
大柄で口の周りに髭を蓄え、いつも余裕な表情で私たちに的確な指示を出してくれるボスリーさん。
彼がこんなにも狼狽えているのを見るのは初めてだ。
「いや、できることなら私も行ってほしくはないんだが……ちょっと今、手を離せる冒険者がいないんだよ。ほら、最近魔物の活動が活発になってるじゃない?」
「だからって、死の山とか言われてる場所に受付の私を行かせるんですか!? 髭が耳から脳内に入っておかしくなってません!?」
「さっきから独特な罵倒の仕方だね!?」
モールス山。
その麓には村があるが、そこから先へは誰も行こうとはしない。
なぜなら、一歩山中に入ったが最期。
勇者や魔王すら手を焼くと言われている恐ろしい魔物が数多く闊歩しているというのだ。
そんなところに私が一人で行く?
寝言は寝てから言って欲しい。
「君が考えていることはわかるよ。でも、確か結界術とか得意だったろう? 最近まで誰も知らなかったが、あの山には結界が張り巡らされているようなんだ」
「……結界が?」
結界は術者を中心として発動する魔法。
つまり――。
「……誰かが中にいるってことですか?」
「そうなんだよ。ここ一年くらい結界が解かれた様子もないし、多分誰か住んでいると思うんだよね。それで、先代魔王が討たれた場所が麓の……」
「あぁ……そうでしたね……」
二人の間に沈黙が訪れる。
ボスリーさんは手を合わせてそれを吹き飛ばし、言葉を続けた。
「レイセくんは戦闘力もその辺の冒険者より高いし、流石に死の山の魔物には勝てないだろうけど、逃げることくらいはまぁ……できるよね?」
「いや適当な予想で言わないでください髭むしりとりますよ!?」
「危なっ!? 言いながら手伸びてきてるよ!?」
身の危険を察知して身体が自主的に動いたのだ。
「ともかく頼むよ! 結界内に入って30分くらい様子を見て何もなければ帰ってきていいからさ!」
「……入り口付近から動かなくても?」
「もちろん。私も元々乗り気じゃなくてね、ギルド長同士の会議で決まっちゃったんだ。とりあえず結界内に入ったっていう事実があれば後は他のギルドがやってくれるだろうから、ね!?」
「はぁ……ちなみに私に何かメリットは?」
雇用されている身なのだしメリットもクソもないが、一応聞いてみることにした。
「大抵の条件じゃ私は――」
「給料2割増し」
「行きます! 行ってきます!」
ということで私はモールス山に向かい、結界を、私一人分の幅を一時的に解除して侵入した。
本来なら私にどうこうできる精度の結界ではなかったが、数年おきに必要なメンテナンスを忘れているのか、かなり劣化していたために人々に見つかったようだ。
だが、まさかそんな物忘れで勇者が見つかるはずもない。
何か深い理由があるのだろうが、今の私に思考は必要ない。
山内はとてつもない広さで、木の一本からスケールが大きすぎる。
ここは山というより、もはや巨人の住まう異世界だ。
そして、山に入って5分ほど歩いた時、早くも危機が訪れた。
1匹で国一つを滅ぼせるというタイラントドラゴンが眠っていたのだ。
不幸中の幸いというか、ドラゴンの眠りは浅くない。
このまま息を整えて、ゆっくりと結界から出れば良い。
追われたとしても逃げ切れる可能性は高い。
私の実力が足りずに一人分の隙間しか作れなかったことが功を奏したようだ。
大丈夫、まだ死なない。
私は家族を養っていくんだから、死ねない。
よし、あと一回深く息を吸ったら振り向いて――。
「おっと、刺客なのに死角があっていいのかい?」
あ、死んだ。
聞こえたのは人間の声だが、こんな危険な山に生息している以上、人間のはずがない。
人を殺しまくって食べまくって言葉を覚えた魔族とかそういうオチだ。
つまり私は死ぬ。
振り向くまもなく死ぬし、振り向いた瞬間視線が下に落ち、棒立ちになった私を見つめている。
そうして切り落とされた私の首を嬉々として掴み、魔族が喰うのだ。
……でも、死ぬでにはまだ時間があるかもしれない。
ほんの少し、0.1秒ほどの猶予が。
人生に残された最後の一瞬を家族への祈りに使うとしよう。
どうか、私の家族が幸せに暮らせますように。
そしてあわよくば、こんな死地に追い込んだクソギルド長を社会的に抹殺――って、さっき何か聞こえなかった?
刺客なのに死角がどうとか……え?
なにそのつまんない親父ギャグ?
いや違う、おそらくこの声の主は自分が何を言っているのか理解していない。
人間を喰って語彙を得て、私を嘲笑うために適当に人語を発しているのだ。
どういう場面で使うのか――このギャグは何処で使っても自分の評価を下げるだけだろうが――知らない。
場に適していない言葉が、普段なら鼻で笑い飛ばせるつまらないギャグが余計に恐怖心を煽る。
自分の生命の痕跡を残すためか、私は無意識のうちに絶叫していた。
魔族に殺されるか、目覚めたドラゴンに殺されるか。
死ぬことに変わりはないのに、全力で声を上げていた。
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