死刑台から始まる異世界事件簿〜名探偵なんて小説の中だけにしかいない、所詮ファンタジーな存在です〜

髭眼鏡

プロローグ

 男の目の前に死体が転がっている。


 それも一つではなく。


 ミステリ小説においてはよく、『冒頭には死体を転がしておけ』と言われる。いきなりインパクトの強い場面で読者は興味を惹きつけられ、期待感を持たせることができるからだ。


 男、森田修二もりたしゅうじもそこそこにミステリ小説は嗜んでいた。その死体がどのように殺され、どのようなトリックが使われているのか。そこから紡がれるであろう物語の匂いに、思わず胸を高鳴らせたものだった。


 ただ、目の前のこれは違う。


 辛うじて人間と分かる程度の惨たらしい死体。焼け爛れ、炭化して、風に吹かれるだけでボロボロと崩れ落ちていく。きっと地獄の炎に灼かれてしまったのだろう。


 それが数百体。


 彼の目の前の景色を埋め尽くしている。


 この死体に謎はなく、殺されるべき理由もない。ただ無為に死ぬためだけに、殺された。もしこの筋書きを描いている者が居るならば、そいつは間違いなく悪趣味だ。


 空は赤く染まり、大地は黒く侵されている。


 森田は躊躇なくそれを踏み砕いて進む。ザリ、ザリ、と心地の悪い感触と虫唾が走るような不快な音が耳朶じだを打つ。それでも彼は歩みを止めない。地獄の淵を歩いていく。


「何処へ行く、矮小わいしょうなるものよ」


 頭上から声が聞こえる。森田は面倒くさそうに頭を上げた。赤銅色の鱗に覆われ、巨大な両翼を広げた生物が鎮座している。


 ドラゴン。


 この絶望を生み出した張本人。


 何かを守るように立ちはだかったそれは、獰猛な牙を剥き出しにして森田を見ている。爬虫類の如きその目は冷たく、乾き切っていた。


「ここから先は地獄の入り口。生者がこれ以上進むことは許されぬ」


 ふっ、と森田は失笑する。まだここは地獄ですら無かったのか、と。


 三千あまり居た討伐軍は、すでに半数が死んだ。ならば向こう側にはここよりも夥しい死体が、大地を埋め尽くしているのだろう。


「どいてくれ。お前に用なんてない」


 森田はただ一言そう告げて、前へと進む。ひたすら、ただひたすら真実に向かって。


「ならばここで死ぬが良い!!」


 ドラゴンの咆哮。


 瞬間的に口内の光が高まり、周辺の空気を焼き始める。軍を焼き払った超超高温度の炎が、森田ただ一人に向けられている。食らえば間違いなく影すら残らないだろう。


 だがそれは放たれることなく、急速に温度を失っていく。


「馬鹿な!!」


 ドラゴンは驚愕の声を上げる。この世界の頂点たる存在、ドラゴン。その攻撃を妨げられることなど本来あり得ないのだ。


 しかし、森田はさも当然と言った様子で、立ち止まることなくドラゴンの横を通り抜ける。


「知らないのか? 探偵の推理パートは何者にも妨げられない。見たことあるか? 推理披露中に横っ腹刺されてる奴」


「た、探偵?」


「そうだ、俺は探偵の森田修二。知らないなら教えてやろう」


 そう言って、森田は懐からカードのような何かを取り出し、ドラゴンの方へ無造作に投げつけた。


「ぐわあああぁぁぁあああ!!」


 すると突然、ドラゴンがのたうち回って苦しみ出した。翼をメチャクチャに羽ばたかせ、尻尾をビタンビタンと勢いよく地面に打ちつけて、駄々っ子のように暴れる。


 そのあまりの勢いに、森田は思わず吹き出した。さっきまでの覇者の風格などまるで無かったかのように転げ回るものだから、その滑稽さがツボに入ってしまったのだ。


「じゃあな。生きていたらまた会おう」


 くつくつと笑いながら別れを告げ、とある人物の下へと急ぐ。


 そうしてたどり着いたのは、黒焦げの死体の山の前。ふぅ、と森田が息を吐くと、死体の中の一つが微かにびくんと肩を震わせたのが見えた。


「よう、また会ったな。ちっ、全くとんでもねぇな! お前のせいでえらい目こいたぞ、こんちくしょう!」


 森田が語りかけても、それは頑なに動かない。往生際悪く、自らが追い詰められたことを認められないのだ。自分の計画が露呈するはずない、自分が捕まるはずがない。人間は往々にして、自分だけは大丈夫という無意味な自信を持っている。


 だから、森田は真実を突きつけることにした。計画の穴を、アリバイ工作の不十分さを、トリックの矛盾を。


 探偵役の、探偵役だけに許されたあの台詞で。


「犯人は、お前だ」

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