春の収穫

そうざ

A Surprise Harvest

 フリマアプリに『たけのこ売ります」とのページを見付けた。季節感のない生活に、微かな春の風が吹いた気がした。

 憧れの一人暮らしは始まったものの、身分は冴えない浪人生。予備校の支度とアルバイト探しの両天秤に揺れているだけの毎日。食事は自炊と決めてはみたが、決めただけでは進まない。

 スーパーで見掛けた筍は、そこまでして食べたいかという価格だった。だから、スマホに表示された『一本たったの百円』の謳い文句に乗ってみる事にした。


『販売は現金のみ、我が家まで取りに来て頂ける方に限定しています』

『どちらも了解しました』

『ありがとうございます。こちらの住所は○○県××市△△町1-2-3です』

『今度の日曜日の午後は如何でしょうか?』

『対応出来ます。お待ちしています』


 事前のやり取りはスムーズだった。先方の所在地は徒歩で一時間も掛からない。二、三本ならば歩いて持って帰れるだろう。


 当日は生憎の悪天候だった。

『申し訳ありません。本日は雨脚が激しく、筍を掘るのは困難です』

『では、また後日お願いできますか?』

『大変申し訳ありません。もう筍のシーズンは終わりです。また来年のご利用をお待ちしております』

『一本もありませんか?』

 程なく『該当のページは削除されました』と表示された。


 地図サービスで所在地の衛星写真やパノラマ写真まで確認して準備していたのに、やっと重い腰を上げたのやる気を殺がれた。

 写真にはこんもりとした竹藪が映し出されている。住宅地から奥に入った場所のようで、周辺に民家は疎らだった。

 歩いても一時間。

 只みたいな値段。

 最後の質問を無視された。

 筍のシーズンはぴたっと終わる訳ではないだろう。

 


 思った通り、日が暮れると全く人気ひとけのない場所だった。

 表通りから曲がりくねった小径こみちに入ると、突き当りに先方の家があった。室内の灯りさえよく見えない程、庭木に埋もれている。世界全体の静寂が集まったみたいだった。

 完全犯罪には打って付けの立地だ。

 懐中電灯にタオルを掛け、なるべく目立たないように竹藪を進む。夜風に煽られた笹の葉が細波さざなみのように鳴いている。

 光の輪の中に突然、焦げ茶色の柱が現れ、ぎょっとした。成長し切った筍だった。其処彼処そこかしこに屹立している。

 これが雨後の筍という奴か。

 これはもう食材とは言えない。やっぱりシーズンは終わってしまったのか。

 相変わらず笹はささめいている。大勢の人間が我勝ちに噂し合っているような錯覚を覚え、鳥肌が立った。見渡せば、巨木のような筍が取り囲んでいる。

 引き返す事しか出来なかった。

 降り積もった笹の葉は滑り易い。その事実を知った瞬間、前のめりに転倒した。懐中電灯が光を撒き散らしながら闇に吸い込まれた。

 呼吸が出来ない。鳩尾みぞおちに当て身を喰らった感覚だ。

 笹の私語ささめきは止まない。

 ――受験に失敗したらしいよ――

 ――しかもこそ泥に成り下がって――

 ――そこまでして食べたいかね――

 筍の成長は早い。それが雨後であれば尚更の事。


 翌朝は風のない春霞だった。

 地権者の老者はこの時期、竹藪の巡回を日課にしている。筍のシーズンは終わっても、まだがある。

 無数の筍が剣山のように林立する中を進むと、人影が俯せの姿勢でのが見えた。

「また一匹、掛かりおったわい」

 芽時色めどきいろの鋭い槍先が、青年の鳩尾からせなへと貫通している。

 老者は仰ぎ見た。

 無数の筍が数多あまた人間こそどろを貫きながら天空を目指している。

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春の収穫 そうざ @so-za

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