嘘をつきあう

3-1. 嘘をつかれた店主

「い、今の!?」


 ヒルダの表情にパッと華が咲く。逸る気持ちはヤマも同じだ。

 どちらともなくうなずき、息を呑む。

 おっかなびっくり、クリスマスプレゼントの箱を開ける子供のようにソワソワと、二人は壺を覗き込んだ。


 歓声が上がった。


「ヤマ! 見えてる!?」


「あ、ああ! 夢じゃない! たぶん!」


「たぶんは余計! ねえねえ、私が取っていい!?」


「どうぞ、お姫様」


「ふふん、その呼び名、今だけは無礼講で許してあげましょう!」


 勇ましくヒルダのつかみ上げたそれは、その潰れた円形の金属片は、朝日を浴びてあざやかな黄金色に輝いていた。

 紛れもなく王国に流通する本物の金貨だ。それも「価値燃やし」で手に入れたくすんだ金貨ではなく、磨き上げられた黄金だ。


「おお……」


「わたし、自分の手でお金を稼いだのって初めて……」


「俺もだ」


「こんな金貨一枚でも嬉しいものね……労働の喜びってやつかしら?」


「労働……ではない気がするが……ま、いっか」


 そのまましばらく二人して一枚の金貨に見入っていた。

 金貨に描かれた王妃――たぶんヒルダのずっとずっと先祖の誰か――の顔が忘れられなくなるくらいまじまじと。

 それからふと、ヤマはあの壺に意識を戻した。金貨をしまっておこうとしただけだ。

 が、そこで見たものに言葉を失った。


「ヤマ? どうしたのそんな死にかけの魚みたいにパクパクし――」


 ヒルダもまた二の句を継げなかった。

 二人の呆然と見守る先で、じゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃら……壺からあふれかえる金貨という金貨。何百もの古の王妃の瞳が、どこか慈愛のこもった微笑みで、遠い子孫の若者たちを見つめていた。


「ど、どうしよっか?」


 今やあたりの床にまで散らばっている金貨をすくい上げるヒルダ。

 もう金貨の"噴出"は止まったらしく、嘘みたいな静寂が満ちている。


「金貨のベッドでもやる……?」


「さいってー」


「とりあえず拾うか」


「そうね……なんだかここまでフィーバーすると現実感がないけど……」


「お城の金庫ならこんなのの比じゃないだろ?」


「そんなもの眺める趣味なんて無かったわよ」


 粛々と拾い集めると、少なくとも平民がまる一年は遊んで暮らせそうな額があった。

 ずしりと重い袋を爆発物みたいに扱いながら、ようやく現実感が出てきたらしいヒルダが震える声で訊いた。


「で改めて、どうしよっか……?」


「軍資金は集めたんだ。ここからいろいろとやってくんだよな?」


「そ、そうだけど……」


「けど?」


 暫定・頭脳担当のヒルダがうつむき、ぼそりと告白する。


「まだ何も考えてないです……目先のことに一生懸命だったから……」


「ま、まあ、考えてないのは俺も一緒だし」


「でもヤマはちゃんと軍資金を稼いだじゃない! あぁ~! 私ってなんにもしてない! ごめんなさい! 無能でごめんなさい!」


「誰もそこまで言ってないから! ううむ、けど豪遊するってわけにもいかないしな」


 今のヤマたちにとって現金は武器だ。未来を切り拓くための剣だ。

 それを確かな計画もないままいらずらに消耗するわけにはいかない。それは自らの戦力を目減りさせる行為だから。

 が、一つだけ。どうしても使いたい金の先がヤマの脳裏に浮かんだ。


「あのさ……金を分けてあげたい人がいるって言ったら嫌……だよな?」


「また"お人好しのヤマ"さん?」


「違う! いやまあ、違わないかな? 分けてあげるっていい方があれなら、お礼って言ってもいいんだが」


「詳しく話してくんなきゃわかんないわ」


 それもそうだとヤマは頷いた。


「ほら、もともとあのハクビって店主に騙されてた老夫婦がいただろ? 今回の俺たちの成功は、あの人たちがいてくれたからだし……あの人たちが、言っちゃ何だが、騙されていてくれたおかげなんだ」


 彼らがいなければハクビを知ることはなかったし、壺について知ることもできなかった。

 だが、彼らは今も借金を抱え、実際にはただの壺を崇め続けているはずだ。


「結局俺たちはハクビの詐欺を止めたわけじゃない。裏を取って自分たちだけ儲けただけだ。だから――」


「もういいわ」


「ヒルダ! 頼むよ!」


「勘違いしないで。情報提供者への謝礼は当然だわ。私も賛成」


「本当か! おまえが優しい奴で良かったよ!」


「やめてよ、優しいのはヤマでしょ。私は……思いつきもしなかった。昔からそうだった。民のための命なのに、私はいつでも自分のことばかりで――」


 彼女が落ち込み始める前にヤマは立ち上がる。

 ヒルダの抱えているもやもやをいつか受け止めてあげたいと思った。だがそれは今ではない。少なくとも今この時では。


「とりあえず、あのサロンに行ってみるか」


 ひょっとしたらサロンの貴族たちに金を無心する老夫婦がいるかもしれない。

 そんな光景は見たくなかった。彼らはただ金を持っていなかっただけだ。それだけで人が罪人みたいに頭を下げるのを、見たいはずがない。


 ……が。


 サロンに着いたヤマの目に飛び込んできたのは、全く想像だにしない光景だった。


「頼む、後生じゃぁあ! ほんの少しでも金を恵んではくれぬか! 金を!」


 そこで頭を下げていたのはあの老夫婦ではなく、彼らを騙していたはずのハクビだった。

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