第二話 小さな魔女

 放課後。

 昇降口を出て見上げた空は雲ひとつなく、あきれるくらいに青く、眩しい。


「かなえ、元気だしなよ」


 茉莉まりが私の顔を覗き込みながら明るい顔で言う。

 私は空を見上げたまま黙っていた。


 今日、ホームルームで学芸会の劇の役を決める話し合いがあり、私は一つ役をもらった。

 不本意なヤツを。


「でもある意味重要な役だよ? 私なんて落選。小道具づくりだし」

「私も落選が良かった……。きっと本番で失敗するに決まってるし……うう」

「そんなことない! せっかく舞台に立てるんだから頑張ろう! 草葉の陰から応援しているぞ!」

かえってこーい」


 茉莉はすぐ悪い方に考えがちな私をいつも引っ張り上げてくれる頼もしい親友。

 だけど流石に今回、劇の主役に一緒に立候補なんてしてくれなくても良かったなぁ。そのうえ言い出しっぺが落ちるってどうなの?


「主役はどうせ無理だから心配してなかったけど、せめて茉莉と一緒に何か役をやれるなら良かった……」

「かなえは私がいないとダメだなぁ」


 茉莉がよしよし、と手を伸ばして私の頭を撫でる。

 きっと茉莉は家族よりも私の頭を撫でている。


「お世話をかけます」

「私がやりたいからやっているの。親友でしょ」


 茉莉が親友でいてくれて本当に嬉しい。

 私はさっきまでのユウウツが胸の中でサラサラと溶けていくのがわかった。


「あ、見て。陸上部がみんなで走ってる。おー、早い早い」


 茉莉が天気がいいからと言いグランド側を通ると陸上部の練習時間にあたった。


「そんな早いわけないよ。この時間はまだウォーミングアップなんだから」


 正直あんまり見たくない。私はグランドを見ずに答える。


「さすがは元陸上部だね。でもほら、一人すごい早いのがいるよ」

「うそっ?」


 思わずグランドを見ると、確かに一人全力疾走している男子がいた。


「伊勢くんかぁ」


 あれは陸上部で一番足が速い男子。隣のクラスの子だ。


「相変わらずペースめちゃくちゃだなぁ。ウォーミングアップは筋肉を温めるんだって散々言ったのに全然治ってない」


 おりゃー! と声が聞こえてきそうな勢いで走る伊勢くん。

 相変わらず楽しそうに走るなぁ。


「でも、かなえの言うことは結構聞いていたんだよね。女子のトップだったからかな。それともかなえが世話焼きさんだからかな?」

「お世話焼きはそれこそ茉莉でしょ」


 そう言うと茉莉は照れつつもちょっと得意げに笑う。

 茉莉のお世話焼きは変に奥ゆかしくない。だからこそいい意味で遠慮がいらないからとても気安い。


 視線の端で伊勢くんががむしゃらに走っている。

 彼はある意味問題児。

 悪い子じゃないけどスイッチが入ると周りが見えなくなる。

 でも一生懸命なところはまぁ嫌いじゃない。


「応援してきたら? そういえば顧問の先生、かなえがマネージャーしてくれたら伊勢くんも言う事聞くから助かるって言ってたじゃん」

「もう関係ないし」


 そういいつつも視界の端から伊勢くんの走る姿を外せなかった。

 相変わらずだけど、なにかおかしい……?


「どう?」

「どうって……ペース配分を相変わらず考えてないね。でも、それくらいスタミナがあるからすごい。ただ、今のフォームを見ているとなんかおかしいような……。疲れてる?」


「ほうほう」


「小学生で八百メートルやっているのは珍しいからライバルがこの辺に居ないのも問題だよね。だから確かにアドバイスする人が欲しいところで」


「ふむふむ」

「……って! いやいや! もう関係ないから!」


 思わず声が大きくなり、私ははっとグランドを見る。

 誰かの視線を感じた気がした私は顔を背けて早足でグランドから離れた。


「やっぱりかなえは私なんかよりちゃんと人を見ているし、見られているよ」


 茉莉は私を追いかけながらつぶやいた。


「茉莉?」

「じゃあまた明日。遅れないでねー」


 茉莉はぱっと明るく笑い、私を追い越すとそのまま校門を通り抜け、手を振りながら行ってしまった。

 静かになると少し寂しくなる。


 ああ、黙っていると劇のことを思い出しちゃう!


 帰ったら明日まで寝ちゃいたい。

 そんな気分でつま先を観察しながら歩いていたその時。


「うわぁ……」


 ふと、小さい歓声のような声が聞こえて顔を上げる。

 するとコンビニのガラス窓に茶色いヒトデが張り付いているのを見つけ、思わず足を止めた。


「ああ、あれも季節限定で今日までかぁ。見落としてたなぁ」


 ヒトデが喋った。


 と言うかそれはローブを被った女の子だった。なぁんだ、と私はその子を見ながら歩きだす。

 すぐ後ろまで近づくと随分小さい。低学年かな。


 まぁ、私と比べれば同年代の子はだいたい小さいけどねっ!


 平均より高い身長を何度呪ったかわからない。

 嫌な気分が湧き上がってしまい、視線を引き剥がして後ろを通り過ぎようとしたとき。


「わあぁ、あれが『ちょっとリッチなふわとろマスカルポーネスフレ』かぁ」


 言葉と同時に突然、黄金色の丸いスフレが目の前にぽん、と現れた……気がした。



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