幻想魔法の学徒隊

渡橋銀杏

第1部

第1話 プロローグ

※この作品は未完成のままで執筆が中断されています

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 小学校と車が一台だけ通れるような道路を挟んだところに一軒の駄菓子屋があった。

 その駄菓子屋の名前は、『おもちゃばこ』

 一階が駄菓子屋で、二階が店主の住居という古いお店ならではのつくりをしていた。


 その中は、まさにおもちゃ箱をひっくり返す。なんて表現がとても似合うほど雑然としている。


 ところどころの柱には、ガムのおまけでついてくるようなシールが貼られ、剥がされた跡が残っている。天井からは誰ももう見向きはしない発泡スチロールでできた飛行機のおもちゃがたこ糸で吊るされている。その商品が『ソフトグライダー』なんて洒落た名前を持っていると知ったのは、つい最近の事だ。


「なつかしいな」


「そうだね。毎日、ここで遊んでいたのを覚えてるよ」


 この一帯は政府がいわゆる都市部に人口が集中することを防ぐために郊外に作られたベッドタウンと呼ばれる地域だ。あたりには住宅ばかりで、ろくな遊び場もない。公園でボール遊びでもしようものなら、車にぶつかって傷がついたらどうするんだ。騒がしくすれば、うるさくて眠れないなどの苦情が届く。そのせいで、公園ではボール遊びは禁止され、昼間ですらも騒ぐことはできない。

ひどく窮屈な場所だった。


 そんな状態では、当然のことだが子供たちの大半が家でゲームをして遊ぶ。ゲームの質はどんどん向上し、様々な種類のものが世にごまんと出回っているのだ。声をあげることも、ボールを使う事もできない外なんかよりもよっぽど魅力的である。

だが、そういったところで取り残されたのが、亜蓮とつむぎだった。


 二人はともに親が厳しく、ゲームを買ってもらうどころか友達の家で遊ぶことすらも許されなかった。昔、携帯ゲームを友達に借りて公園で遊んでいたところを、スーパーに買い物へ行っていた母親に見つかって大目玉をくらったことを覚えている。いくらゲームが楽しくても、もしも両親に見つかれば叱られるという状態では集中して楽しむこともできない。


 亜蓮は自然と同じくゲームを持たない近所の堂場つむぎと一緒に過ごしていた。


 そんな二人の遊び場が、この『おもちゃばこ』だった。


「おじいちゃんは元気にしてるのかな」


 店主の優しそうな顔が鮮明に思い出せる。名前は知らない。こっちから聞くこともしなかったし、向こうから名乗ることも無かった。名前とはあくまで記号で、何かを判別する時に使うものだ。二人にとって彼は、駄菓子屋のおじいちゃんはたった一人、彼だけだ。


 年齢も知らない。おそらく生きていれば八十代だろうけど、正直にいって六十代以降の人はみんな同じ顔に見える。彼がどこかであのときと同じように、元気に笑っていてくれればいいなとは思う。


「きっと、雪奈ちゃんと一緒に仲良く暮らしているよ」


 雪奈。こちらも名前だけで苗字は知らない。彼女が駄菓子屋のおじいちゃん、その孫娘であることは知っている。いつも駄菓子屋に入り浸る二人を、優しい姉のように可愛がってくれたのだ。型抜きのコツも、分数の足し算も、友達と仲直りする方法も彼女が教えてくれた。


 きっと将来の就職面接で「尊敬する人物は?」と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは彼女の顔だろう。ただ、そんな名前をいきなり出しても面接官も困るだけだろうから両親とか福沢諭吉あたりの名前を適当にあげることも予想できる。僕は彼の事を『学問のすゝめ』を書いたことと、一万円札の人ということしか知らないのに。


 僕は、つむぎと雪奈。駄菓子屋のおじいちゃんと過ごした日々が好きだった。人生で一番幸福な時間と言うと、少し違う気もするけれども。ただ、あの古臭い駄菓子屋が間違いなく小学校時代の居場所だった。自宅よりも、学校の教室よりも、ひいては習っていたパソコン教室よりも過ごした時間は短いけれど、間違いなく最も気のおける場所だった。 


 しかし、そんな場所も大人の都合一つで奪われてしまう。


 目の前にあるのは、この田舎ではそれなりに高級そうなマンションだった。ちょうどマンションの入り口付近にあるのは、さらなるマンションの建設計画と、入居者募集のポスターが貼られた掲示板。


 この辺りは、日本最大の不動産会社である『宍戸不動産グループ』に目をつけられて土地の買占めが始まったのだ。もちろん、それ自体は悪いことじゃない。マンションができて人が集まれば、きっと周りに便利なものがたくさんできるだろう。ただ、その土地開発計画に必要な場所に、『おもちゃばこ』の土地が含まれていたことが問題だった。


 結局、僕たちが知らないままに話は大人の間で進み、『おもちゃばこ』は建物ごと宍戸不動産に売却されて取り壊された。もう、僕たちの小学生を彩った場所は、記憶の中にしか存在しない。


 だけど、僕にとっての彼は今もまだ、駄菓子屋のおじいちゃんだ。


 つむぎとかつて『おもちゃばこ』があった場所で邂逅していたのがつい昨日のことだとは思えないほど、僕は変化に戸惑っている。ちょうど昨日の夜に父親の運転する車でつむぎとともに県境をまたいで最寄りの空港に向かった。


 そして、空港から飛行機に乗って二時間の移動。とりあえずその日の寝床であるカプセルホテルで寝泊まりし、そこから更にバスや電車を乗り継いで、ようやく目的地への送迎バス乗り場に到着したのだ。移動だけで合わせて十時間以上もかかっている。


 もちろん、送迎バスの中で眠りたかったのだが、隣でつむぎが涎を垂らしながら左肩に体を預けて来る状態では、眠りたくてもそうはいかない。そもそも、バスが通るのがほとんど山道で揺れが激しい。窓際に座る亜蓮が眠れば、窓ガラスにがんがんと頭をぶつけることになるだろう。


 バスに揺られながら外の景色を眺めていると、桜の花が蕾をつけていた。


 桜という花は少し時期がずれていると思う。まだ蕾の状態、つまり、ここから芽吹く人たちの象徴のような存在である。が、その蕾は花を咲かせるのは卒業式が終わり、春休みが訪れた時である。そして入学式や始業式には散ってしまっている。もう一週間だけでも早く、もしくは遅く花をつければいいのになあと亜蓮は思う。


 もちろん、温かい場所に行けば話が変わってくるのかもしれない。隣で眠るつむぎと、そんな話をした気がするけれど、それがいつかは覚えていない。


 車内は静まっていた。新学期や新しい学校への期待よりも、緊張が先に立っているのだろうか、それとも最初から期待などしていないのだろうか。いや、それは無いはずだ。


 車内には亜蓮たち二人を含めて五人の乗客がいる。亜蓮は左の最後部に座っているので、全員の後頭部は見えるが、バスが停車するか誰かが振り向かない限りは、他の乗客がどんな表情をしているのかを伺うことはできない。


 ただ、生徒たちが入学を心待ちにしていようが、億劫に思っていようがお構いなしに、バスは一定の速度で進む。大きなカーブがある山道を一定のスピードで、大きな揺れを感じさせることも無くただ山の景色だけが変わっていく。


 運転手がゆったりとした声で、


『次は、学園前、学園前、バスが完全に停車してからお降りください』


 このバスの行き先は学園前というバス停しかない。いわゆる、学校指定のシャトルバスだというのに、運転手はまるで市バスのようにアナウンスをする。まあ、別に変っているなというくらいの感想しかないし、彼の仕事に対するこだわりなら、働いたこともないような亜蓮が口出すのは失礼だ。


 亜蓮達の通う高校――私立帝王高等学校までの通学路はこの一本道しか無いのだ。


「おい、ついたぞ」


 亜蓮が二回ほどつむぎの体を揺さぶると、彼女は寝ぼけ眼をこすりながら体を元にもどした。別に寄りかかられて緊張するような関係性でもない。


 学園前のバス停に到着すると、ぞろぞろと未来の生徒たちが降車する。

その流れに乗って亜蓮たちもバスから降りた。


「……さて、行くか」


 亜蓮は自分の目の前にある校舎を見上げた。


「もしかすると、ここに雪奈ちゃんがいるかもしれないんだよね」


 つむぎの言葉に、亜蓮は無言で頷いた。つむぎはこっちを見ていなかったけれど、きっとその行動はわかっていただろう。


 亜蓮は決意を新たにすると、目の前に建つ校舎へと足を踏み入れた。

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