放課後の出来事は、理解する為の時間

「あっ…のっ…」

「?」


 やっと声をかけてくれた。

 放課後はほとんどの人は部活や塾に直行だったり、友達と遊びに行ったりする為、誰もいなくなる。

 今教室にいるのは、俺とゆきだけ。

 ゆきは俯いている。

 数十秒の沈黙の後。


「嫌いになった?」

「えっ」


 目をパチパチと瞬きした。

 きっと、あの態度を自覚しているようだ。

 なら、やらなきゃいいのに。

 そう思うが、彼女に何かあるからだろう。

 頭をかいて、俺はこう言った。


「そんなことで嫌いになったら、夏休みの時間が嘘になるだろ」

「…てことは、つまり…」

「嫌いになんかなってないよ」


 すると、ゆきの目に涙が溜まる。


「な、泣くなし!」


 慌ててブレザーのポケットからハンカチを出して渡した。


「あ、あり、がとう」


 ゆきは泣いてしまった。

 今にも声を出してわんわん泣く寸前だ。


「ううっ…この学校にいるなんて、知らなかった…」

「言ってないからな」

「同じクラスになれて、嬉しい…」

「俺もだよ」

「でも、でも、でもー…!」

「あー、声出して泣くな、落ち着けって」


 隣の席の椅子を彼女の後ろに置き、座らせた。


「ううっ…ううっ…」


 泣き止まないな、こりゃ。

 頭を撫でて、落ち着くまで待った。



「取り乱してごめんなさい」

「大丈夫大丈夫」


 15分くらいで泣き止み、落ち着きを取り戻した。


「良かったよ、また会えて」

「私も嬉しいよ」


 教室に入って来た時は衝撃的だったが、また会えて、同じクラスになったからには、もっと話せると思うと嬉しくなる。


「あのね、お母さんが再婚したんだ」

「うん…」


 これは真剣に聞かないといけないと思い、俺は彼女と向かい合うように座り直す。


「それで夏休みこの地域に引っ越して来て、転入先にこの学校を選んで」

「うん」

「暇だったから図書館に行ったら、君に会ったー…っていう感じ」

「なるほどな」


 そういうことだったのか。

 いろいろあったのだろうな。


「本当は引っ越し嫌だったけど、君にー…弦翔ゆずと君に会えたから、大丈夫になったから、ありがとう」


 心がじんわり温かくなる。

 とても優しい気持ちになる。


「こちらこそ」


 もっと、ゆきのことを知りたくなった。

 まずは、あの態度について聞いてみよう。


「あのさ、朝のホームルームの時、なんで不機嫌だったの?」


 そこを聞かないと、なんか進めそうにはないと思った。

 だから俺はゆきに質問をした。

 すると彼女は俯いてこう言った。


「朝、弱くて…」

「えっ」


 つい間抜けな声が出てしまった。

 ゆきの顔はみるみる赤くなる。


「朝、起きるの苦手で…ご飯食べずに来たから、機嫌悪かったの!」


 深刻に捉えた俺はバカだなと思った。

 良かった、もしかしたら、朝に何かトラブルに合ったのかと心配したが、そういうことなら共感出来る。

 俺もたまに朝起きれなくて、親に起こされてしまうと不機嫌になるからだ。


「そっか、なら安心というか、俺も朝弱い時あるから分かる」

「そうなの?意外」

「あはは」


 よし、最後にこの質問をしよう。


「ヘッドホンはどうして身に付けているんだ?」


 するとゆきは首にかけていたヘッドホンをゆっくりと耳に装着した。


「これでも会話は出来るんだよ」


 優しい声で彼女は続きを話す。


「高音がどうしても耳に負担がかかるっていうか、キーンッてなるんだ」


 知らなかった事を、彼女は俺に話す。


「あと、うるさい所は苦手で頭がおかしくなる感じがするから、この特殊なヘッドホンをつけてるんだ」

「そうだったのか」

「静かな図書館は大丈夫だし、あの花火大会は我慢出来そうと思って持ってこなかっただけ。遠くの場所から見たじゃん?距離があったから大丈夫だったよ」

「無理しなくても…」

「ううん、良いの」


 ゆきは椅子から立ち、俺に1歩近づいた。

 ドキッとした。



 ドッドッドッと強く、激しくなる鼓動。

 落ち着けと念じて、顔に出ないように平静を装う。


「ありがとう」


 一言、絞り出した。

 これが精一杯だ。


「どういたしまして」


 可愛く笑う彼女を見て、淡く儚くなる。

 甘酸っぱさとは、こういうことか。


 俺は、ゆきに、恋を、している。

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