第3話
「なぜ、聖女に婚約指輪を渡した?」
「必要ないからです。私は王太子妃になりたくない」
背の高い彼を見上げてはっきりと伝えた。
「殿下。会場に現れた虫騒ぎは落ち着きましたの? ユリアさまを会場に残してきたんですか?」
彼の後ろには護衛兵と侍従はいるが、聖女の姿はない。
「虫は始末した。聖女は老臣や神官たちと共にいる」
「レオンさまがいないと心細いと思います。聖女さまと来賓の方々のためにもさあ、早く戻ってください」
彼の仕事は私を追いかけることじゃない。帰れという意味で、レオンの肩をぐいぐいと押す。するとその手を掴まれた。
「君はこれからどうするつもりだ?」
「自由気ままに旅をして暮らします!」
レオンは眉間に皺を寄せた。
「旅? だめだ危険すぎる」
「大丈夫、平気です。私のことよりも、殿下はさっさと聖女さまとのご婚約を結んでください」
「ユリア嬢とは婚約しない」
今度は私が眉間に皺を作った。
「私との婚約を白紙にしたのは、聖女さまと結婚するためでしょう?」
「ジュリア、聞いてくれ。神獣のさらなる加護を得るためには、聖女と王家の結びを強めよと、神官たちが強く言うから試すだけ。君との婚約破棄は、しかたなくだ」
「はい?」
しかたなくですって? 見せつけるように、さっきまでユリアさまと仲良かったのに?
ゲームでのレオンは聖女にべた惚れだった。婚約はまんざらでもないはず。
「みんなに祝されて、ユリアさまと婚姻を結べそうで良かったですね」
にこりと微笑むと、レオンは気色ばんだ。
「君は婚約破棄を喜んだり、俺が聖女との仲よくなることを良かったと、本気で言っているのか?」
「あたりまえでしょう?」
「俺は、突然この世界に連れてこられた彼女を利用するみたいで反対だった」
「だけど、しかたないから、神官たちに従い利用するお考えなのでしょう?」
レオンは渋い顔のまま言葉を噤んだ。
「殿下、強く握られて痛いです。手を離してください」
言われてやっと気づいたらしく、彼はあわてて私の手を自由にした。掴まれていた手首をさすりながら外へ向かうために回廊を進む。
レオンは侍従と護衛兵たちに「その場で待機、誰も近づけるな」と命令すると、真横に並びついてきた。
「神の加護を得られて国が安定すれば、俺は君と再び婚姻を結びたい」
「は? 冗談でしょう?」
私は立ち止まると、傍に護衛がいないのをいいことに、彼の胸に扇子を突き立てた。きっと、睨み上げる。
「あなたは王太子。ゆくゆくはこの国の王! そんな人が簡単にパートナーを取っ替え引っ替えするものではありません。ご自分の立場をわきまえなさい。この国のためにも、彼女のためにも大切にしてさしあげて!」
「彼女はこの国を救う聖女だ。もちろん大切にす……」
「聖女を利用するみたいで反対だったのなら、その意思を貫きなさい。そもそも、聖女に頼る前に自分でできることがあるでしょう?」
ジュリアは扇子を開いて閉じると床に落とした。意味は『あなたは酷い人ね。お友達でいましょう』だ。
「私は、自分の道は自分で切り開きます。殿下、どうぞ邪魔をしないでくださいませ」
彼に背を向け、ドレスの裾を掴み、玄関ホールを駆け抜ける。
開け広げられた両扉の向こうに我が家の馬車が見えた。この城ともおさらばだと思うと、足が軽い。清々しい気持ちで外に躍り出ようとしたときだった。
「ジュリア」
やっと納得してくれたかと思ったが違った。レオンは再び私に追いつくと、前に立ち憚った。
「俺はこの国の王子の前に一人の男、レオン・ノヴォトニーだ。自分の立場はわかっている。だが、俺が本心から大切にしたいのはジュリア、君だ」
真剣な顔と声だった。彼は私の前で片膝をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます