貴方に希望の花束を

一ノ瀬 夜月

全編

 もう、三ヶ月以上も前の事なのに、頭にこびりついて離れない。


 家族を失ったあの日の出来事をーーー



 想)いや〜、動物園楽しかったなぁ。


 大人になってから行く機会なんて殆ど無かったから、なんかこう、童心に帰ったと言うか、なんというか...



 妻)確かに貴方、俊太よりもはしゃいでいたものね。私には、三歳児が二人いるように見えたわ。


 想)なっ、俊太と同い年は言い過ぎだろう。せめて小学生レベルと言ってほしいな。


 

 俊)パパ、ママ。ぼく、どーぶつえんはじめてだったから、ワクワクドキドキしたよ〜。



 想)そうだろ〜、喜んで貰えて何よりだ。


 でも俺、知っているんだ。一番楽しんでいたのは、一歌だったって事を。



 一)えっ、なんでそう思ったの?



 想)だって君、今日だけで写真何枚撮ったの?軽く百枚は超えてそうな勢いだったけど...

 


 一)少し待って、確認してみるから。


 ...確かに撮りすぎたかもしれないわね。けれど、良いのよ。


 最愛の息子と夫の楽しそうな様子を撮りたいって思うのは、当然の事だから。


 

 想)改めて直に言われると、照れるな。


 

 などと、談笑をしていると二台後ろの車が妙な動きをしている事に気づいた。



 あの車、速度を出し過ぎだ。次の信号まで距離もないし、普通は減速するはず...


 

 もしかして、このままだと突っ込んでくるのでは?という考えが脳裏によぎった瞬間ーーー


      "ドンっ"


 と後方から鈍い音が響いた。その音を聞いた次の瞬間、俺は叫ぶ。



 想)二人ともっ、衝撃に備えろ!!



     "ゴツっ、パリンっ"

 

 車の衝突音と窓ガラスが壊れた音?を最後に、俺は意識を無くした。




数十分後


 

 男)...ますか? 聞こえますか?


 聞こえる場合は、応答をお願いします!瞬きでも、唇の微動でも良いので。



ーー誰の声だ?聞き馴染みのない、男性の声がする。とりあえず、応えないと。



 連続で二回、瞬きをすると、意思が伝わったらしく、その男性は続けて喋る。



 男)意識ありです、これより病院へ搬送します!



 想)...待って、下さい。...妻と...息子は?



 男)同乗していた方ですか?...奥様は先程、出血多量で病院へ搬送されました。    

 しかし、我々が到着した際には、事故が発生してから15分ほど経過していたので、恐らく...厳しいかと。


 

 

 想)嘘、ですよね?だって、一歌が...

そんな...うあぁぁぁっ!!くぅぅぅ...。



 結婚して五年。待望の第一子が生まれてから三年。俺達の幸せは、これからだって言うのに。なんでだよ、なんで今なんだ。




 男)そして、この状況では、口に出すのも憚られるのですが、お子さんも...




 想)何...ですか?俊太がどうしたんですか?



 男)実は、車の下敷きになって、身元不明の死体がありました。


 大きさからして、3〜4歳の子供だと思われるので、それが俊太君なのではないかと。

  


 想)しゅん...た?俊太まで、俺は失ったのか...



 その言葉を最後に俺はしばらくの間、呆然としていた気がする。次に気がつくと俺は、病室にいて、医師から、妻の訃報を聞いた。


 

 本当に最悪な、全てを失った日だった。


       

       ◆◇◆◇◆


 それから三ヶ月以上。いや、101日か。


 漸く墓参りが出来る準備が整ったので、俺は一人、その場所へ向かう。



 電車を乗り継ぎ20分。駅から徒歩15分の場所に、二人の墓はある。


 だが、俺はあえて、遠回りをした。理由は簡単、途中で花屋に寄るためだ。



 女)いらっしゃいませ〜。



 店に入ると、若い女性が元気に接客してくれた。おそらく二十代前半くらいだろうか?


 美人というよりは可愛い系の子で、花の様な柔らかな雰囲気を纏っていた。



 想)...


 

 いざ、花屋に来たは良いものの、どの花束を買えば良いか分からない。   

  

 ーーー仮に、既に包まれているものを買ったとしよう。その行為は、どこか業務的で、俺の二人に対する想いがちっぽけなものの様に思えてしまう。


 かと言って自分で選ぼうにも、俺は花に対する知識を持ち合せていない。


 この状況だと、選択肢は一つしかないか。



 想)すみません、花束を作って欲しいのですが...



 女)はい、畏まりました。ところで、どのような用途の物か、お聞きしてもよろしいですか?


 観賞用?お祝い用?もしくは...



 想)えっと、あの...



 頭では、嫌という程分かっているのに、声に出せない。

 

 妻子の墓参りだと口にすると、その瞬間、堰き止めていた感情が一気に溢れ出してしまう気がする。


 だから言えない、言いたくない。けれど、必要な情報なのだから、言わなくては。



 想)...さい...しのっ


    

     "ポンっ"


 女)言わなくて、大丈夫ですよ。そんな、今にも泣き出しそうな顔で、苦しそうな声で、言わなくても良いんです。  


 

 お客様の想いは十分伝わりましたから...私が貴方にぴったりな花束を、作って差し上げます!



 想)えっ?


 俺が言い終わる前に、彼女は納得して、制作を始めてしまった。

 用途を伝えていない為、どんな花束になるのか、すごく不安だ。



 レジから出てきて、花を吟味し始める彼女。予算の上限も伝えていないので、払えない金額になったら困るな。



 などと考えながら、待つ事15分。どうやら完成した様だ。



 女)お待たせ致しました、こちらが品物になります。



 想)わぁっ、華やかですね。自分は花に対する知識がないので、種類と花言葉を教えて頂けますか?



 女)花は、ガーベラ、ストック、ヒペリカム等を中心に使用しています。



 想)あっ、ガーベラは俺でも知っています。母の日に贈る花ですよね?


 

お祝い用の花を何で今日に...



 女)はい、今回は「希望」という意味に着目して使用させて頂きました。

 

 ちなみに、ストックは「愛の絆」、ヒペリカムは「悲しみは続かない」という花言葉があります。



 想)...全部俺に向けた花?


 詳しく話していないのに、まるで、俺の心の内を覗いたかの様に...何故?



 女)う〜ん、花屋の勘ですかね?


 という冗談はさて置いて、悲しい事があったのは、見ていて分かりました。


 私が質問した瞬間、貴方の表情は変化した。目から光が無くなり、呆然とした様子に。

 何というか、全てを失って絶望し切った様な顔をしていたのです。



 だから私は、そんな貴方にこそ、希望を持って、悲しみを振り切って、前へ進んで欲しいと思ったんです。


 これはそのための第一歩、さあっ、受け取って下さい。


     "ポタッ、ポタッ"

 


 想)...ありがとう。本当に、ありがとう。

君のお陰で、歩き出せそうだ。


 最後に聞かせてくれ。君の名前は?



 み)私は、美花と言います。美しい花と書いて、美花です。是非また、来てくださいね♪



 想)あぁ、また来るよ、絶対に。


                   終

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貴方に希望の花束を 一ノ瀬 夜月 @itinose-yozuki

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