第19話義弟side
「考え事は余所でなさってください」
執事の冷たい言葉にハッとした。
そして同時に「まずい」と感じた。
「し、仕方なかったんだ……命令で……そう、王太子殿下の命令だったんだ。僕だって本当はあんなことしたくなかったんだ……」
そう、あれは命令だ。
王族の命令。
しかも王太子殿下が直接命じたも同然だった。
僕はただ、その命令に従っただけだ。
だから……だから僕は悪くない。
「さようですか」
執事の目はどこまでも冷たい。
僕の言い訳など取るに足らないと言わんばかりに。
あ……。
彼だけじゃない。
他の皆も冷めきった目で僕を見ている。
公爵家の子息として。
この家の息子として今までにない冷ややかな視線にゾッとした。
何か言わなければ。
でも一体何を?
言葉がでてこない。
足がガクガク震える。
息苦しい。
胸の奥から酸っぱいものが込み上げてくるのと共に、自分自身の何かが壊れる音が聞こえた気がした。
「帰りはお気を付けください」
慇懃な挨拶をしてくる執事の顔を見て理解した。…………終わったのだ、と。膝が崩れ落ちるのと同時に涙が流れ出た。そんな僕をまるで荷物を運ぶかのように使用人達の手で馬車に押し込まれた。
バタン。
公爵家の門が閉まる音が聞こえた。もう二度とこの屋敷には戻ってこれないのだと確信した瞬間だった。
生家の子爵家につくと実父から殴られた。そして母と兄たちから罵声を浴びせられた。
「お前は何てことをしたんだ!!」
「ブランシュ様を陥れるとは……お前は自分の立場を理解していないのか?!」
「ブランシュ様が王太子妃になるからこその養子縁組だったんだ!!それを……それを……」
怒りに顔を歪める両親や兄弟たちを前にして何も言えなかった。
後から知った事だが、僕は公爵家と養子縁組を正式に執り行われていなかった。なんでも、義姉が嫁いで世継ぎを産むということが前提の話だったため正式な書類を交わしていなかったそうだ。交わしたのは
ははっ。
僕はそんな事も知らずに公爵家の子息だと自惚れていた。
そもそも僕は中継ぎでしかなく、王太子と義姉が結婚して第二子が授かればその子供が正式な跡取りなのだと兄から説明された。
なんだそれは。
僕は知らなかった。
きっとそれが顔に出ていたのだろう。
「公爵家で説明を受けなかったのか?」
「色々と言われた気はするけど……」
「子供ながら頭の良さを買われたんだ」
「それは知っていたよ。だけどまさか中継ぎだったなんて……」
「当たり前だろう。直系の総領姫であるブランシュ様がいるんだ。彼女の子供が公爵家を継ぐ。そういう約束で王太子殿下の婚約者になったんだ」
「義姉……「ブランシュ様だ」……ブランシュ様が王太子殿下と結婚したいといったんじゃないの?」
「はっ?! 誰がそんなバカげたことを言ったんだ!!?」
「ち、違うの?」
「当たり前だろう!! 王妃殿下の実家はしがない伯爵家だ。後見人とは名ばかりのな!! だからこそ王家が公爵家に頼み込んでブランシュ様を婚約者にしてもらったんじゃないか!!! そうでなければブランシュ様が王家に嫁ぐ訳がないだろう!!! 後ろ盾の弱い王太子殿下はブランシュ様と婚約したからこそ今の地位があるんだ!!!」
嘘だろう?
王太子殿下の話と違う。
義姉に付きまとわれて困っていると。
義姉が王太子殿下に惚れ込んでいると。
「はぁ……ま、その様子じゃあ、知らなかったみたいだな。お前が誰に唆されたのかも何となくだが分かった」
溜息交じりに吐かれた兄の言葉は冷たく響いた。
失望した目で見てくる両親よりも、兄の呆れた目が僕にとっては一番堪えた。
前提条件を最初から間違えていたのは僕だった。
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