第11話 風神の覚醒者 キララ

カレンは妹を追いかけ穴の底へと落ちてゆく。本当なら飛び込むことすら躊躇う場面かも知れないが、カレンは迷わなかった。この世界に来てから同じクローバーチームの仲間には本当に恵まれていた。みんながとても優しくしてくれるからこそ普段はなかなか心を開かないカレンもすぐに溶け込むことができたのだ。だがこの世界にいる本当の家族はしずくという存在たった一人だけである。そしてカレンは分かっていた。穴に落ちてしまったしずくをクローバーのみんなが放っておくはずがない。必ずみんなも助けに来てくれると。その予想通り皆も可憐に続いて穴に飛び込んでいた。穴で落ちている途中に彼女は嬉しくなっていた。こんな素晴らしい仲間に出会えた事に。この関係は絶対に手放してはならないと心から思っているのだ。


穴の下まで落ちるとすぐ隣にはしずくが倒れていた。

「しずく!」

カレンはすぐに駆け寄り彼女を抱き抱えるが意識が朦朧としている。どうやら頭から落ちてしまったようだ。体力は42%まで一気に減少していた。キララ以外の他の皆も穴の下へとたどり着いてゆく。これからどうするかと全員で考えていると、奥の空洞から何かが聞こえてきた。何かの叫び声が。奥からやってきたのは、ユズとミカが戦っていたあの蜘蛛型モンスターだった。蜘蛛はそのままカレン達に襲い掛かろうとする。


しかし、それと同時に風神を起動させたキララが降ってきた。キララは蜘蛛に大きな一撃を与えると蜘蛛は後退した。

「皆!大丈夫!シドが二人を呼びにいってくれた!僕たちはこいつを足止めできればそれでいいんだ。カレン、しずくは?」

「さっき頭から落ちてしまったらしい。まだ意識が朦朧としているから指揮は無理だ。私が皆を取り仕切る!」

カレンはしずくをそっと床に寝かせると自分は前に出る。

「キララ。シドが戻ってくるまで約何分だ?」

「どんなに早くても30分はかかると思うよ。でも僕たちの役割は撃破じゃなくて足止め。賞賛はあると思うよ」

それを聞くとカレンは少し頭を傾け皆に向かって叫ぶ。

「確かに足止めは簡単だ。だが、こんな蜘蛛一匹におめおめとおじけ付いていては私達クローバーの名が廃る!ここでこいつを倒してこその私たちではないのか!こいつを倒し笑顔でシドを待っているのが本当の強者ではないのか!」

内心カレンは迷っていた。この蜘蛛は間違いなく強敵である。しずくも戦闘不能なこの状態で本当に勝ち目はあるのか。だからこそ彼女は叫んだ。皆の気合いを高める為に。絶対に皆で生き残るために。カレンの言葉に皆の集中はさらに高まった。しずくを守りながらキララが中心となって蜘蛛に攻撃を始める。

「キララ!そのまま突っ込め!他は側面から攻撃開始!」

カレンの指示に従って皆は蜘蛛と戦っていた。彼らの絆があるからこその連携はとても素晴らしくエネミーが相手であっても余裕で勝てるほどであった。彼らの体が万全の状態だったなら。


蜘蛛は突然しずくに向かって蜘蛛の糸を放った。しずくを守っていたボーダーの二人が庇うが蜘蛛はそのまま雫に突進してゆく。キララ達アタッカーは戻ろうとするが間に合わない。いつもの彼らなら間に合っていたかも知れないが朝から戦いっぱなしの彼らの体力はもう限界を迎えていた。

「しずく!!」

カレンがしずくを覆うように庇うと、蜘蛛はしずくとカレンの二人を奥の空洞へと突き飛ばしてしまった。皆はすぐに二人を追おうとするが雲が邪魔になって先に進むことができない。しかも奥からは8匹の小さな蜘蛛まで現れた。蜘蛛は再びキララたちアタッカーに襲いかかってきた。小さな蜘蛛達は先ほどまでしずくを守っていたボーダー二人に襲いかかっていた。二人は先ほどしずくを庇った時に体に張り付いた糸が邪魔でうまく攻撃することができない。8匹の蜘蛛は容赦なく二人に襲いかかっている。アタッカーは助けに行こうとするがエネミーの蜘蛛は彼らを通そうとはしなかった。そして遂にボーダーの体力は限界に近づき警告音が鳴り響いた。

「クソ!!どうすれば...」

その時キララはある会話をふと思い出していた。ツルギ先輩が教えてくれた武器の覚醒についての話を。



「A級武器っていうのはね、ただ起動させるだけが強さじゃないんだ。その武器に認められた者は覚醒した武器を使うことができる。覚醒すると俺みたいに髪の色が変わるんだ。まぁ武器を解除したら元に戻るんだけどね」

ツルギ先輩は僕とシドに優しく、そして少し照れながら覚醒について話してくれた。

「でもごめんね。肝心の覚醒するための条件ってのが俺にもわからないんだよ。気がついたら俺も覚醒しててさ。あぁ本当にごめんよ。せっかくわざわざ俺のために時間を作って聞いてきてくれたのに...やっぱり俺って教える才能ないのかな...」

ツルギ先輩はいつもこんな風だった。戦っている時は本当にかっこいいのにそれ以外の時はものすごく気が弱い。

「いやいや、先輩はすごいと思いますよ?戦ってる時なんて俺たちとは別次元の強さなんですから」

「僕たちの面倒もちゃんと見てくれますし、尊敬だってしてますよ」

「へ!? 尊敬! いやいや俺なんてそんな器じゃないから...」

その時は覚醒なんていつか運が良かったらきっとシドがそうなるんだろうと思っていた。自分自身、あまりこれ以上強くなりたいという欲求が無かったからだ。最初の頃ならまだしも最近は危険なんてほとんどない。僕単品がこれ以上強くならなくても、ボス戦だってきっとうまくいくと思っていたのだ。

 だが今は違う。ここでみんなを死なせてしまったら何の意味もない。誰か一人でもかけてしまったら、もう今のような関係には戻れない。絶対に負けるわけにはいかないのだ。キララは蜘蛛を攻撃し続けたが、状況は悪くなっていく一方だった。

アタッカーの皆は司令塔を失い、連携が取れなくなっていた。ダメージも喰らいはじめている。このままではボーダーの二人だけではなくアタッカー全員の体力も危ない。体力は寝ない限り絶対に回復しない為キララは焦り始めていた。



そして災厄の時は訪れた。ボーダーの二人の体力は0%になり二人は光に包まれ消滅してしまう。キララは悲鳴をあげる。キララの目には涙が溢れ出していた。自分は仲間を守れなかった。司令塔の二人もどうなったか分からないままボーダーの二人を死なせてしまった。カレンとしずくも既に消滅してしまっているのなら4人も守ることができなかった事になる。そんな事実にキララは立ち尽くしてしまったのだ。


キララの涙が風神についたその時、風神の光は強くなった。そしてキララの周りには風が吹き荒れている。キララは悟った。今コイツは覚醒したのだと。だが今頃覚醒したところでもう意味が無い、そんなことを思いながらキララは再び蜘蛛へ向かって走り出していた。彼の動きは覚醒前とは全く違っていた。今のキララの強さはツルギやメイにも匹敵するかも知れない。だが、キララの頭の中にはもはや何の感情も無かった。シド達のことも忘れてしまっているかも知れない。もう目の前の敵を倒す事しか考えていなかったのだ。


シドとメイとツルギがこの部屋に到着したのはそれから10分後のことだった。

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