第8話 魔王城の温泉にようこそ

「お次はトイレだよ。さっきの蛇口より凄いと思う」


「あら。確かに美しい便器ですね。しかし便器なら、ラーネット家だって負けてませんよ。職人に特注させた、装飾たっぷりの便器がありますから」


「そう言わずに使ってみてよ。全自動だから、座って用を足すだけでいいから」


「……まあ、そこまで言うのでしたら」


 私はエリザベートが出てくるまで、プニスケと一緒に下で待つ。反応が楽しみ。


「な、な、なんですか、あのトイレ! 水がぴゅぅぅぅって出てきてお尻を綺麗にしてくれて……そのあと勝手に水が流れて便器が綺麗になって……ど、どういうことですか! 水はどこに流れていったんですか!? この町に下水道はありませんよ!」


「トイレを亜空間に繋げた。だから下水がなくても機能するのだ」


「亜空間……概念は知っていますが、たかがトイレにそんな高等魔法を施すなんて……凄すぎます!」


「ふふふ、それほどでもぉ。よーし、次はお風呂を見せてあげる」


「お風呂? うふふ、それはさすがに我が家の勝ちだと思いますよ。ラーネット家には、自慢の大浴場があります。お湯を沸かすのが大変なので、たまにしか使いませんけど……」


 エリザベートは自信ありげに笑う。

 しかし、その自信はすぐに消えてしまった。


「な、な、なっ! 広すぎでしょう、この浴槽! 百人くらい入れそうです!」


「百人は……直立すれば入れるかもね」


「そして広いだけでなく、お湯が次から次へと出ています! もの凄い量! あれも魔法で作っているお湯なんですか!?」


「魔法だけど、さっきの蛇口とは術式が違うよ。探知魔法を使ってみたら、この辺の地下に温泉があるって分かったの。その温泉を召喚してるわけ」


 源泉掛け流しだよ。


「温泉……名前は知っています。様々な成分が含まれる地下水を使ったお風呂で、健康にいいとか……?」


「そっか。エリザベートは温泉に入ったことないんだ。じゃあ、入ってく?」


「ぜひ!」


 というわけで、私たちは一緒に温泉に入ることになった。

 脱衣場で、いざ服を脱ぐ段階になってから、自分が軽率な行動をしているのではと思い至る。

 エリザベートは悪い子ではなさそうだ。だけど私の寝室で深呼吸して栄養補給とか言い出す人物でもある。

 私はエリザベートの前で裸になっても……大丈夫なのか?


「ぷにぃ?」


 なかなか服を脱ごうとしない私を不思議に思ったのか、プニスケが声をかけてきた。


「プニスケ……なにかあったら私を守ってね……」


「ぷに!」


 頼もしい声だ。

 いや、戦闘力は私のほうが上だと思うけどね。

 迂闊に反撃したら、昨日の盗賊みたいにグシャァとやってしまうかもしれないから。

 女の子相手にそんなことしたくない。ぷにぃぃとしたい。


「って、あれれ? エリザベートがもういない……」


 彼女は一足先に浴室に移動していた。


「はあ~~、解けそうなほど気持ちいいです~~」


 エリザベートは温泉に浸かり、幸せそうだ。

 湯船には彼女のスライムのピエールが浮かび、同じく幸せそうに漂っていた。


「ぷににーん」


 スライム仲間と入浴できるのが嬉しいのか、プニスケも湯船にダイブする。

 そして二人で、ぷにぷにーっと湯に浮かぶ。

 うーむ、可愛い……。


「二匹のスライムが仲良くする光景……このまま時間を止めてしまいたいほど素晴らしいです……」


 エリザベートはうっとりとした口調で言う。

 私はホッとする。

 この子はスライムが大好きなだけの、普通の女の子だ。決してヤベェ奴ではない。疑ってごめんよ。

 お詫びというわけでもないけど、私はエリザベートの髪を洗ってあげた。


「こ、この石鹸で洗われると、なんだか髪が元気になっていく気がします!」


「これ、シャンプーっていうの。頭を洗う専用の石鹸だよ。次はコンディショナーつけたげるね」


「ああああ! 髪がサラサラになっていきます……どんな魔法ですか!?」


「魔法じゃなくて、私の故郷では一般的に使われているありふれたアイテムだけど……魔法で召喚してるから、魔法なのかなぁ?」


 というか、ただの石鹸しか使ってなかったのに、こんな艶々なエリザベートの髪こそ凄い。

 それから私たちはスポンジにボディーソープをつけて身体を洗いっこする。

 うんうん。健全な女の子同士って感じで、とてもよい。


 エリザベートは温泉に浸かりながら、色々と質問してきた。

 なぜ魔王城に入れるのか。どこでプニスケと出会ったのか。なぜこれほどの魔法を使えるのか。そもそも、どこから来たのか。

 私はその全てに正直に答えた。


「日本……転生……にわかには信じられません。しかしシロハさんが尋常ならざる力を持っているのは事実です。あなたが魔王なら、ここは本物の魔王城だということになりますね」


「私に話しかけてくるナビゲーターいわく本物らしいよ。誰も証拠を出せないけど」


『はい。ここは本物の魔王城で、シロハ様は本物の魔王です』


 私はナビコの言うことを信じるよ。ただ、周りに証明する手段がないんだよね。


「シロハさんが何者なのか、これからゆっくり見定めることにします。少なくとも、ラーネットシティの害になる人ではなさそうです。そもそもスライム好きに悪人はいないはずです!」


 そういう決めつけはどうかと思うけど、信用してくれるのは嬉しい。

 領主の娘に睨まれたら、暮らしていくのが大変そうだし。それを抜きにしても、エリザベートと仲良くしたいし。


「今日はとても楽しかったです。また遊びに来ますね。図書室の本をジックリ読みたいですし、温泉にまた入りたいですし。ピエールとプニスケさんがじゃれ合っているのを見たいですし」


「うんうん。いつでも遊びに来てね」


 私はエリザベートを城の外までお見送りする。


「あと……もっとシロハさんとお肌の触れ合いをしたいです♪」


 彼女はそう囁いて去って行った。

 ……えーっと、あくまで友達同士のスキンシップって話だよね?

 うんうん。裸の付き合いは、親睦を深めるからね。


『シロハ様。僭越ながら申し上げます。エリザベート様はかなりヤベェ奴なのでは?』


 言わないで!

 基本的にはいい子なんだから!

 話すの楽しいの。もっと仲良くなりたいの。


「ちょっと言動が変ってるだけど、悪い子じゃないよ。そもそも美少女に悪い子はいないはず。エリザベートは美少女。だからいい子。はい、証明完了」


『シロハ様もかなりヤベェ奴かも知れませんね』


 反抗的なナビゲーターだなぁ。

 やれやれ。まだ明るい時間なのに疲れたよ。ビールでも飲むかぁ。

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