第4話 魔王城に来た

 私は魔王城の前に立っている。

 これが本物なのか偽物なのか分からないが、せっかく町のそばにあるのだ。近くから見上げたい。


「白亜の城だ……格好いい……」


 私はその白さに目を奪われる。私の肌といい勝負の白さだ。

 それにしても、何百年、もしかしたら何千年も雨風に晒されているのに、この美しさは異常だ。封印と関係あるのかな?


「あれ? この扉……普通に動くじゃん」


 私が正門を両腕で押すと、ギギギと音が上がる。

 外壁と同じで白色を基調とした内装だ。正面ロビーの天井にはシャンデリアがぶらさがっていて、床は赤い絨毯。

 長年放置されているのに、ホコリっぽさを感じない。

 私が内装に見とれていると、突然、扉がひとりでに閉じた。


「ちょ、ちょっ! 閉じ込められた!?」


 私は慌てて扉を引っ張る。が、コンクリートで固められたようにビクともしない。

 ……こうなったら蹴飛ばしてでも開けてやる。


『やめてください、魔王様。あなたが本気を出したら扉が壊れます。話が終われば普通に開けるので、壊すのはやめてください。ここはあなたの住居ですよ』


「だ、誰!? どこにいるの!」


『私はどこにもいません。あるいはどこにでもいます。あなたの心に直接話しかけています。私は魔王様のナビゲーターです。あなたが魔王城に辿り着いたことで、ようやく声を届けられるようになりました。お帰りなさいませ、魔王様』


 若い女性の声が聞こえる。無機質な声色。

 確かに、鼓膜が空気の振動を捉えているのではなく、頭に直接伝わってくるような不思議な感覚だ。


「魔王のナビゲーター? 私が魔王?」


『はい。あなたは、かつて邪神と天使に肉体を滅ぼされた魔王です。その魂は異世界に飛ばされました。幾度も転生を繰り返し、ようやくこの世界に帰ってきたのです。私はこの魔王城で、あなたの帰還を待ち続けていました』


 なんと。

 私は遙か大昔、この世界で魔王をしていたのか。巡り巡って日本でOLをして、そして再び魔王城に帰ってきたらしい。

 信じがたい話だけど、すでに信じがたい経験をいくつもしているので、取りあえず受け入れよう。


「この世界でもネット通販を使えたり、怪力だったりするのは私が魔王だから?」


『怪力は魔王様の能力です。そして魔王様は膨大な魔力も有しています。しかしネット通販というのを私は存じ上げません』


「そうなの? ネット通販っていうのは……早い話、私がさっきまでいた地球って世界のものをこっちに召喚できるの。なんでも召喚できるわけじゃないけど……こんな感じ」


 私は缶ビールとイカソーメンを取り寄せてみせた。


『それは凄い能力ですね。おそらく魔王様が世界を越えたことで、偶発的に発現した能力でしょう』


「へえ。すると私だけの能力なんだ。オリジナル! 凄い! そういうことならネット通販って呼び方じゃなく、もっと格好いい名前をつけなきゃ」


『僭越ながら、能力名の候補を私が出してもよろしいでしょうか?』


「おっけー。むしろ助かる」


亜魔領域あまりょういき、というのはいかがでしょうか? 亜は亜空間。魔はもちろん魔王。領域は、その紙で作られた箱を指します』


 亜魔領域……亜魔アマ領域ゾーン……。

 商標とかに引っかかりそうな気がするけど、ここは地球じゃないからいいか!


「よし、採用。ネット通販の品を召喚する能力の名前は、アマゾーンだ!」


『いえ。アマゾーンではなく、あまりょういき……』


「アマゾーン!」


『魔王様がそれでいいなら、それで結構です』


「……ナビゲーターさん。ちょっとガッカリしてる?」


『いえ。私に感情はありません。お気遣いなく』


 本当かなぁ?


『それよりも魔王様。この魔王城を案内したいのですが、よろしいでしょうか?』


「うん。お願い。ところで魔王様じゃなく、名前で呼んで欲しいなぁ」


『かしこまりました。かつて魔王様はスノーホワイトと呼ばれていました。今はどのようなお名前でしょうか?』


「佐藤白羽だよ。あ、苗字をあとにしたほうがいいのかな? シロハ・サトウ」


『サトウ……シュガーですか?』


「確かに砂糖と佐藤は同じ読み方だけど、シュガーって意味じゃないよ。佐藤はサトウだよ」


 私は普通に日本語を話してるつもりなのに、こっちの人と会話が成立している。魔法的な力で翻訳されてるんだろうけど、微妙なニュアンスの齟齬が出てきた。


『サトウという苗字にシュガーの意味はない。承知しました。ですがシュガーのほうが可愛いと思います。シュガーホワイトと名乗ってはいかがでしょうか?』


「いかがでしょう、って言われても。改名する気はないよ。けど……確かにシュガーホワイトって可愛いかも。異名にしようか。魔王なら異名くらい必要でしょ」


『採用していただきありがとうございます、シロハ様。ここぞというとき、魔王シュガーホワイトと名乗っていただけると幸いです』


「ナビゲーターさん、喜んでる?」


『いえ。私に感情はありません』


 本当かなぁ?


「それにしてもナビゲーターさんがシロハって呼んでくれてるのに、こっちがナビゲーターさんって呼ぶのはなんだかなぁ。あなたの名前を考えよう。安直だけど、ナビコってのはどうかな?」


『私には感情も人格もありません。名前など不要です』


「そう言わずに、ナビコ」


『私に名前をつけるなど、無意味な行いです』


「ナビコちゃん。ナ~~ビコちゃぁん」


『……せめて呼び捨てでお願いします』


「ちゃん付けに照れた?」


『私に感情はありません』


 なんか嘘くせぇんだよなぁ。

 まあ、とにかく、よろしくねナビコ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る