第7話 知らない世界

「なに、だれ? あんな女、知らない」

 探しに出て、やっと見つけた。


 でも、蒼空は知らない女と仲良くしている。


 そこには、私の知らない光景があった。

 女が隣に座ると、彼の顔に手を当てる。


 少し喋って、キスまで……

 その瞬間、五十トンはありそうなハンマーで、頭を殴られたような衝撃が来た。

 私がキスされたことを喋ったせいで、やけになってナンパ?

 そんなに…… 私のこと……


 でも、この短時間で拾うって。

 蒼空って、ひょっとしてモテるのぉ?


 はっ、そうね。私が好きなんだもの、他の女にもてないはずはない……

 『男はしきいまたげば七人の敵あり』と言うけれど、逆に好きになる人間だっているとしたら、あと六人は居るという事。


 あの一瞬の気の緩みが切っ掛けで、蒼空は外に出て、かわいそうだからと、きっと神様からナンパ師? 遊び人?の称号かジョブを受けたのね。

 ああでも、自分に非があるから、あの聖域に近づけない……


 大体あそこに行って、なんて言うつもり……

 彼女はうだうだ考えているが、たぶん『ファーストキスは蒼空なの。寝ているときに奪っちゃったの。ごめん。』

 多分それで終わる話だった。そう、この時に行動を起こしていれば……


 だが手をこまねいているうちに、二人の話は進み、連絡先とIDの交換をすませる。

 やはり進路希望は、同じ大学だった。

 健康科学を中心に、実技や栄養学、そして経営まで授業のコマを取れる。

 全部やると、夜間部のコマにまで割り込むので、大学へ本当に勉強をしに行く事になってしまうが仕方が無い。

 取得単位数もすごいことに。


「じゃあ、試験頑張ろうね」

 そう言って立ち上がる。

 無論、きっちり脳内シミュレーションを繰り返した、お別れ間際のキスからハグを実行するためだ。


「ああ、そっちも、相談に乗ってくれてありがとう」

 そう言うと、彼女は赤い顔のまま少し腰をかがめる。

「―― 鈍感ね、私、君のことが好きなの」

 言ってやったぁ、からのぉ、驚いている彼にキス。

 今度はもう少し濃厚に……

 そしてハグへ、どう見事な展開。完璧だわ私。

 でも、今晩は寝られないかもしれない。


 なごり惜しいが離れて、最後にご挨拶。

「連絡をしてね」

 スマホを指さしながらの、ニコッと笑顔。


「あっああ、ありがとう」

 展開について行けず、放心状態の蒼空。

 二回もキスされて、抱きつかれた。

 ふわっと柔らかく、良い匂いがした。


「彼女が、俺を好き? 鍬間 葉依里すきま はいり……」

 スマホに残る、彼女の名前とアドレス。

 笑顔の彼女。写真がアイコン。

 ファイルを送り、登録した。


 そう女の子がやる、マーキング。

 彼氏の家へ行くと、シャンプーを置いたり、調味料を置いたり、色々する行為。

 鈍感な男は、次に出来た彼女に、これが原因で速攻振られることがある。

 スマホでも、色々と技があるらしい。


 男は、そんな事を思いもしないし、興味が無いから、理解できないんだよ。


 蒼空はすっかり、色々な事が頭から吹っ飛び、どうでも良くなって、そのまま家へと帰る。


 それの少し前に、ショッキングな出来事を見て、絶望をしながら蒼海も家に帰った。

 飛び出したときの、蒼空は、きっと今の私と同じ?

 その後ナンパをして、軽いお姉さんを引っかけて……

 きっと、あの一瞬で彼女を作っちゃったんだ……


「あんたお隣で、晩ご飯作るって言っていなかった?」

 お母さんに聞かれて、はっと思い出す。

「ご飯、おかず…… あっ、今日はスープが駄目だから閉店なの」

 とっさの言い訳。


「そうなの? 変な子」

 何気なく、お母さんが言った変な子が、胸に刺さる。

 そんなにショックだったのかと、それならもっと強引にきてよとか、その晩はぐるぐる考えた。



 ―― 蒼海は好きだ、子供の頃から一緒にいて、どんな性格かどんな奴か……

 でも、そう思っていたのは俺だけで、あいつには自分の世界があって、キスをするような相手がいたんだ、強引に関係を壊してなんて事をしたって、あいつは絶対こちらを向かない、意地になって、離れるだろう。あいつは…… そう言う性格……

 それは、あいつが目の前からいなくなると言う事。それはきっと我慢が出来ないほど辛い。


 なら、あいつがいつか結婚をして、目の前でいちゃついたって、横で笑っていよう。俺の中で、恋人候補から外して…… 家族…… そうだよ、妹だと思えば良い。


 『帰り着いたよーん』という、ネコがくねくねして踊る妙なスタンプをじっと見つめる。

 無論すぐに返事は書いた。

 緊張をして、言葉が浮かばず、『今日はありがとうでござった』とまあ妙な言葉を送ってしまった、修正しようとしたらすでに既読が付いて、『くるしゅうない、お気になさらず』などという、お侍さんのスタンプが来た。


 なんとなくそれを見て、ほっこりする。


「そうだよ、あいつは妹、幾ら好きでも、好きになっちゃいけない相手。俺は……」

 スマホを眺める。

 今まで居なかった、面と向かって好きと言われた。


 まあ無論小学校の時から、横にあいつがいたから、誰も近寄ってこなかったのだが、あいつはきっちり自分の世界を創っていた。

「なんかズルい…… それに悔しいなあ……」


 そしてその晩、お休みと言って、彼女のキス顔が送られてきたが、その背景に、部屋着のミニスカートで大股を広げ、おバカそうな顔でよだれをたらし爆睡している愛菜の姿が映っていたが、そっと保存をする。

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