聖夜にささやかな破滅を
聖夜は、その道を隔てる転換点
「慎也、私たち単なる幼馴染みだよね。クリスマスイブはどうするんだって、どういう事?」
「えっ? おれたち……」
僕はその先を聞けなかった。
蕩けきった、紗貴の顔。
子供の頃から、二家族で一緒にクリスマスを過ごす。
なんとなく、それが決まりだった。
親たちが仲良しで、近所で住み、子供同士も仲がよかった。
もう、ほとんど兄妹のように。
確かに、この距離感は、中学校を過ぎた頃から鬱陶しかったが、紗貴達と過ごす特別な晩。その思いはあった。
父さん達、大人は飲みまくり大騒ぎ。
すぐに、子供達だけでゲーム三昧でもその日は許された。
みんなが疲れて雑魚寝になると、朝になってプレゼントが配達される。
そんな普通。
だが、突然告げられた言葉。
「私たち、単なる幼馴染みだよね」
「えっ。どうしたの突然?」
「せっかく、大当たりの彼と、約束が出来たの。さすが大人よね。キスは上手だし。それに……」
そう言って、紗貴は赤くなる。
「お父さん達には言わないでよね。とにかく、クリスマスイブは、女の子達とパジャマパーティって言ってあるから」
そう言って、でゅふふと笑う。
見た事のない笑顔。
気のせいか、鼻の穴が開いている。
あれこいつ? こんな顔していたっけ?
我が幼馴染みだが、クラスで友達と話をすれば、幾人かは矢野紗貴って、良いよな。「かわいいし、あのバランスが何とも言えん」
そう言って、掌をぐにぐにする奴が幾人か居る。
まあ小説やアニメが好きな、俺達のグループ。
俺は、吉村慎也。実はそこそこモテる。
だが、紗貴の手前。誰とも付き合っていない。
子供の頃から、紗貴の親父さんにもずっと言われていた言葉。
「義男の息子だし、サブカルに偏見が無い。お前なら、紗貴を幸せに出来るだろ」
そう言って、何故か百円をくれる。
「ありがとう。おじちゃん」
「お父さんで良いぞ」
そんな事を言っては、おばさんに叱られるまでが流れ。
「幾らあんたが言っても、本人次第。男は遊んだ分だけ、失恋した分だけ、女に優しくなれる。いい男になりな」
そう言って、おばさんも頭をなでる。
そう、ずっと聞かされてきた、言葉の群れ。
紗貴を幸せに。女に優しく。
それはかなりの重さを持って、僕の行動に影響を与えてきた。
「ねえ、聞いているの? すごいんだから、彼ったら大学生だから車も持っているのよ。ほら」
そう言って、見せられるニヤけた兄ちゃんの顔。その横にはにかんだ笑顔で立つ紗貴。
この顔は見た事ないな。
そうしてぼーっとしていると、背後から指が画面をスライドする。
反応が無いから、紗貴がじれたのだろう。
夕暮れの海岸や神社。
島への遊歩道。
途中に、キスシーンや、ベッドに入った二人。紗貴の胸まで見えているが、向こう側で適当に送っているから気がついていないようだ。馬鹿だったんだな。
撮影された、十八禁な写真。
こういうのを撮るのは、どういう心理なのだろう? リスクとか考えないのか?
ずっとうまく行けば良い。
だが駄目だったときに、リベンジ系や、曝し系など有名だろうに。
あっ。いや。こいつ、この手の画像になっている事に気がついている。
もしかして、見せる事に……。
「あっ」
わざとらしくそう言って、スマホが引き戻される。
もう画面は翌日の、海岸に代わっていた。
多分反応が無いので、じれたのか?
少し睨んで、あっかんべーをしながら教室を出て行った。
むろん、鞄を持って。
「今日は、二十二日金曜日か?」
夕日に染まる教室で、ぼーっと座り。
人が居なくなるのを待っている。
何故かは分からない。
当番でもないし…… ただ動けなかった。
そんなに、ショックが大きかった訳でもない。多分だが。
確かに、僕たちは恋人同士でもない。
話はあったが、婚約者でもない。
ただ、身近だった人間との関係が変わった。
うん。――それだけだろう。
ぼーっと見る黒板。
目が何故か、紗貴の名前を掲示物の中から探そうとする。
何故かは知らない。僕にも分からない。夕暮れからよりに移り変わる特殊な時間。世界は一瞬紫になる。その教室で……僕はただ、黒板に向かい座っている。
「ねえ。慎也君、どうして泣いているの?」
そう言って覗き込んだのは、幾度か僕に、好きだと言ってくれた女の子。
葵木 佳那(あおき かな)。
「えっ。泣いてなんか」
そう言って、手で拭うと確かに濡れていた。
「本当だ。なんで?」
暗くなっていく教室で、身じろぎもせず。ただ涙を流していたらしい。
佳那は友人と帰ろうとして、俺に気がつき、「その時見えたのは、なにか消え入るような雰囲気で、心臓が止まるかと思った」と言ってくれた。
「そうか。自分では分からなかったけれど、何か来るものがあったのかな?」
「それで、どうしたの?」
彼女は、さっきまで紗貴が座っていた席に座り、こっちを向く。
何故正座? ああ、背もたれのパイプのせいか。
「ねっ。話すと楽になるかもしれないよ」
そう言って手を握ってくる。
何だろう。暖かい何かが伝わってくる。
とりあえず、今までの恒例行事。
それをパスした、紗貴の話と見せられた写真の事。
「それって、遊ばれているよね。きっとご主人様の命令シリーズね。変な人って居るらしいから」
「それってなに? 」
「まあセフレとか? 本命には言えないし、出来ないけれど、別れても良い女なら、無茶が言えるじゃない」
そう言って、何かを思い出す様に。彼女は続ける。
「うーんとね。友達だけど、親御さんの問題で、売りをしている子が居るのよ」
そう、前置きをする。
「するとね、おもちゃを入れて歩いてこいとか。最初は誰も居ないところで、良いけど写真を撮れって。むろん下着なしとかで。でねひどい人だと、誰かに見せてその反応を教えろとか」
「えっそれって。本当に?」
「そう。詳しくは聞いていないけれど。あるみたいよ」
彼女はそんな話を、真剣に教えてくれた。
そして僕はその日、彼女の温かい手を離したくなくって、暗くなった教室を出るときキスをする。
そして、今度は彼女からキスをしてきて、一緒に教室を出た。
そして、クリスマスイブ。
紗貴が、大きめのバッグを持って、歩いて行くのを見送る。
その顔は、ウキウキしていたあの時とは、何か違ったような気がしたが、紗貴の事はまあ良い。
その後、家に来た親父さんにぶつぶつ言われる。
「おまえ、高校生なら、紗貴を捕まえとけよ。連れと遊ぶって行っちゃったぞ。全く」
まあその後は、大人同士で飲み会からのゲームか麻雀へと突入をする。
紗貴が居ないだけの普通。
俺は、二階へ上がり、カメラ通話で佳那と乾杯をする。
そして、数日後。
紗貴の家で、かなり激しい親子げんかがあった。
そして、挨拶もそこそこに、紗貴達は引っ越して行ってしまった。
親は、何も言ってくれない。
ただ原因は、紗貴が何かをしたのか、されたのか。
それが、警察沙汰になったと言う事だけ。
学校も当然転校をしていた。
そして、幼馴染みは、僕の前から姿を消した。
で、葵木 佳那は今僕の横で笑っているが、彼女が友達と話している言葉を聞く。
タチアオイの花言葉は「野心」「大望」「豊かな実り」なの。
それを叶えるのが、私なの。
「無事に慎也を手に入れて、私はハッピー。今年のクリスマスは最高だったわ」
彼女も、僕の前から、居なくなった。
ああ。僕だけは、知っているが、すぐに忘れるだろう。
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あーうん。メリークリスマス。
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